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春
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柔らかな雨が降る中、エアリノスの葬儀は執り行われた。
参列者は、プランタン家、伯爵、夫人以下使用人、アルトストラトュース家当主、夫人とシエル、エアリノスの友人たちと、3人の聖女たちで、皆一様に哀しみを浮かべている。堪えきれない嗚咽と涙が、エアリノスが愛されていたこと、もうこの世にはいないことを参列者たちに実感させ、より哀しみは深くなる。
1人1人、別れを告げるたび、棺の中が花で埋まっていく。
父母である伯爵夫妻は言葉もなく、憔悴している。侍女のナディールは、ずっとごめんなさいと謝っている。エアリノスの友人たちと、3人の聖女たちは、ひたすらどうしてと繰り返している。
本当にどうして、こんなことになったのだろう。
お別れをしてあげなさいと促され、棺へ近寄る。
清められ整えられた遺体は、眠っているだけのように見えた。
頬に触れる。瞼は閉じられたまま。ゆっくり唇に触れる。
初めての口接けは、冷たかった。
寝静まった王宮に、影が1つ迷いなく歩いている。不寝番はすべて眠らされ、行く手を阻むものはいない。
やがて目的地にたどり着く。扉を開け、静かに閉めた。
寝台に近づくと無駄に豪奢な上掛けを投げ捨て、実に平和そうに寝ている男を素早く拘束する。照明がなくともその程度は造作もない。両手を縛られた痛みにだろう、男が目覚める。
「な、これは何だ?! くっ、何故両手が動かない!」
「お目覚めか? 第二王子ヴット=エスタシオン」
「何者だ?! いや、聞き覚えがあるぞ、その声!」
「俺が何者かなんてどうでもいい」
「狼藉者が侵入しているぞ、誰かおらんのか?!」
「無駄だ」
護衛も不寝番も周りに駆け付けられるものはいない。どれだけ大声を出そうが、シエルを邪魔するものはいない。
「な、何をするつもりだ?! 俺は王族だぞ?!」
「そうだな。だから?」
「王族に何かすれば、お前もお前の家もただでは済まんぞ?!」
「だから?」
声を荒げるでもない、淡々としたシエルに遅まきながらヴットは危機感を覚えたようで。
「わかった! お前の望むものは何でも与えよう! 領地でも金でも女でも、」
「…望むものは何でも?」
「あ、ああ! だから、」
「……では、エアリノス=プランタンを返してくれ」
「…は?」
「俺の望みはそれだけだ」
「いや、待て! あの女、もしかして死んだのか?! 何故!!」
「…何故、だと…?」
抑えていた怒りが噴き出す。感情のままに殴りつければ、大げさな悲鳴が漏れた。
「…お前が、それを言うのか」
「…ひぃったすけ、たすけて」
「エアも、そう言ったんじゃないのか?」
声として出すことは叶わなかっただろうが。
「あ、あの女は何もっ」
「黙れ」
再び力の限り殴りつける。
「たしゅけ、たしゅけてく…なんでも、するから、」
「安心しろ。命までとりはしない」
ただ不要なものを無くすだけだ。これから被害者を増やさないために。
「な、なにを…やめ、やめろ、ひっ…ぎゃああああああああああ!!!!!!!!!」
男性機能を無くした第二王子の絶叫が、王城に響いた。
「─────…エア」
雨に打たれながら佇むシエルの他、この墓地に今は誰もいない。
「ナディールから、伝言受け取ったよ」
遺言という方が正しいのだろう。幸せになって、とは随分残酷な言葉だ。
「エアの好きな花を、持ってきたかったんだけど…もうここにしか咲いてないんだ」
国中の花が、一斉に枯れたらしい。まるで春の聖女に殉じるかのように。
エアリノスの墓の周囲にだけ、花は咲き誇っている。
「この手は少し、汚れてしまったけど…」
エアのところに、いけるだろうか。いけるといい。
「愛してる、ずっと…」
─────そうして、白い花が赤く染まったのを、雨が洗い流す。
─────*─────*─────*─────*─────*─────*─────*─────*─────*─────*
エアリノスがいなくなってから降り続けている雨は、春としては異常気象ともいえることだった。適度に降雨があるものの、穏やかに過ぎるのが春という季節。
当然、この雨による影響は少なくなかった。
「宰相閣下、大変です! 北の村が土砂崩れで半数埋まりました!!」
「花だけでなく、作物も悉く枯れているとのことです!」
「何?! 何故だ?!」
「宰相閣下!」
「今度は何だ?!」
「南で洪水が…!」
「何だと?!」
これらの天災が、春の管理者がいなくなったことによるものだと、人々が気付いたのは次の季節になってからだった。
了
*春はこれにて終幕。本格的なざまぁはこれからでしたが、もういいかと。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
参列者は、プランタン家、伯爵、夫人以下使用人、アルトストラトュース家当主、夫人とシエル、エアリノスの友人たちと、3人の聖女たちで、皆一様に哀しみを浮かべている。堪えきれない嗚咽と涙が、エアリノスが愛されていたこと、もうこの世にはいないことを参列者たちに実感させ、より哀しみは深くなる。
1人1人、別れを告げるたび、棺の中が花で埋まっていく。
父母である伯爵夫妻は言葉もなく、憔悴している。侍女のナディールは、ずっとごめんなさいと謝っている。エアリノスの友人たちと、3人の聖女たちは、ひたすらどうしてと繰り返している。
本当にどうして、こんなことになったのだろう。
お別れをしてあげなさいと促され、棺へ近寄る。
清められ整えられた遺体は、眠っているだけのように見えた。
頬に触れる。瞼は閉じられたまま。ゆっくり唇に触れる。
初めての口接けは、冷たかった。
寝静まった王宮に、影が1つ迷いなく歩いている。不寝番はすべて眠らされ、行く手を阻むものはいない。
やがて目的地にたどり着く。扉を開け、静かに閉めた。
寝台に近づくと無駄に豪奢な上掛けを投げ捨て、実に平和そうに寝ている男を素早く拘束する。照明がなくともその程度は造作もない。両手を縛られた痛みにだろう、男が目覚める。
「な、これは何だ?! くっ、何故両手が動かない!」
「お目覚めか? 第二王子ヴット=エスタシオン」
「何者だ?! いや、聞き覚えがあるぞ、その声!」
「俺が何者かなんてどうでもいい」
「狼藉者が侵入しているぞ、誰かおらんのか?!」
「無駄だ」
護衛も不寝番も周りに駆け付けられるものはいない。どれだけ大声を出そうが、シエルを邪魔するものはいない。
「な、何をするつもりだ?! 俺は王族だぞ?!」
「そうだな。だから?」
「王族に何かすれば、お前もお前の家もただでは済まんぞ?!」
「だから?」
声を荒げるでもない、淡々としたシエルに遅まきながらヴットは危機感を覚えたようで。
「わかった! お前の望むものは何でも与えよう! 領地でも金でも女でも、」
「…望むものは何でも?」
「あ、ああ! だから、」
「……では、エアリノス=プランタンを返してくれ」
「…は?」
「俺の望みはそれだけだ」
「いや、待て! あの女、もしかして死んだのか?! 何故!!」
「…何故、だと…?」
抑えていた怒りが噴き出す。感情のままに殴りつければ、大げさな悲鳴が漏れた。
「…お前が、それを言うのか」
「…ひぃったすけ、たすけて」
「エアも、そう言ったんじゃないのか?」
声として出すことは叶わなかっただろうが。
「あ、あの女は何もっ」
「黙れ」
再び力の限り殴りつける。
「たしゅけ、たしゅけてく…なんでも、するから、」
「安心しろ。命までとりはしない」
ただ不要なものを無くすだけだ。これから被害者を増やさないために。
「な、なにを…やめ、やめろ、ひっ…ぎゃああああああああああ!!!!!!!!!」
男性機能を無くした第二王子の絶叫が、王城に響いた。
「─────…エア」
雨に打たれながら佇むシエルの他、この墓地に今は誰もいない。
「ナディールから、伝言受け取ったよ」
遺言という方が正しいのだろう。幸せになって、とは随分残酷な言葉だ。
「エアの好きな花を、持ってきたかったんだけど…もうここにしか咲いてないんだ」
国中の花が、一斉に枯れたらしい。まるで春の聖女に殉じるかのように。
エアリノスの墓の周囲にだけ、花は咲き誇っている。
「この手は少し、汚れてしまったけど…」
エアのところに、いけるだろうか。いけるといい。
「愛してる、ずっと…」
─────そうして、白い花が赤く染まったのを、雨が洗い流す。
─────*─────*─────*─────*─────*─────*─────*─────*─────*─────*
エアリノスがいなくなってから降り続けている雨は、春としては異常気象ともいえることだった。適度に降雨があるものの、穏やかに過ぎるのが春という季節。
当然、この雨による影響は少なくなかった。
「宰相閣下、大変です! 北の村が土砂崩れで半数埋まりました!!」
「花だけでなく、作物も悉く枯れているとのことです!」
「何?! 何故だ?!」
「宰相閣下!」
「今度は何だ?!」
「南で洪水が…!」
「何だと?!」
これらの天災が、春の管理者がいなくなったことによるものだと、人々が気付いたのは次の季節になってからだった。
了
*春はこれにて終幕。本格的なざまぁはこれからでしたが、もういいかと。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
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