平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

文字の大きさ
1 / 190
1-1 第二の人生

第1話 平凡冒険者の日常

しおりを挟む

(今日の仕事クエストも無事に終わったな)

 ギルドの受付嬢にクエストで指定された薬草等の納品が完了した。

「毎度の事ですけど、ヤマトさんの納品される品は状態が良くって素晴らしいです!」

「それにクエストでのミスも、今まで一度もありませんし」

「ありがとうございます」

 会釈程度の微笑を返す。

 彼女は毎度そう俺を褒めてくれるが、恐らくやる気を削ぐことの無いようにという世辞の一種だろう。

 自分には特別な才能も有能を証明する技術も、そう思える根拠は何も持ち合わせていない。

 ただ訪れるその日一日を必死にこなす事を意識しているのは事実だが、褒められると実際悪い気はしないものだ。


 陽が沈みかける頃。普段より早く仕事を終わらせた俺は、ギルドに併設の酒場のカウンターへと向かう。

「いつものをお願いします」

 肌は浅黒く、坊主頭で恰幅のいい店員に銅貨を三枚支払う。

 男性はおもむろに、カウンターの下により分けていたパンや肉のクズ──残飯が入った袋を取り出し俺に差し出す。

「毎日飽きないねぇ」

 男性は顔見知りが故の苦笑混じりで俺にそう言う。

 袋を受け取りギルドを後にする。

 そして夕焼けで橙色に染まる町並みを横目に、いつものように露店が立ち並ぶ中央広場へと足を運ぶ。

「おう、いつもの兄ちゃん。ちゃあんと取ってあるぜ」

「いつもすみません」

 礼を言い、いつもの路地裏へと歩き出す。

 この世界には『魔物』と呼ばれる人間に対して好戦的な生き物が存在する。

 その中に、地球のうさぎに良く似た"ラビトー"と言う名前の、鋭く鋭利な角が生えた魔物がいる。

 俺のような駆け出しの冒険者でも楽に討伐出来る部類の強さでかつ肉が美味いということで、この街では一般的に用いられる食材の一つに数えられる。

 毎日通うこの露店の主人が販売しているのが、そのラビトーの肉の串焼きとスープだ。

 商品として客に提供する以上、ある程度形と量は揃える必要があるらしく、その切り取られた必要のない部分を安く譲ってもらっているのだ。


 俺には些細な趣味がある。

 何故わざわざ金銭を支払いを買って回っているのかというと、町の路地裏に住み着く野良猫や野良犬達にエサをやるためだ。

 俺は動物が好きだ。

 この世界には魔物と呼ばれる凶暴な生き物が存在するが、馴染みある自然動物も存在する。

 そんな動物達にエサをやることが喜びなのだ。

「お~い。今日も持ってきたぞ~」

 存在を知らせる鈴を鳴らしながら路地裏に呼びかける。

『にゃ~ん』 『ゴロゴロ』 『ワフッ!』
 鈴の音に釣られた野良達が続々と集まってくる。

 素直に撫でられる子や、ツンとしている子。

 自分の分をさっさと平らげ他者の分を横取りしようとする子など、色々と個性があり見ていて飽きない。

『自分のペットでもねぇ動物に、身銭切って食い物恵んでやるなんざバカじゃねぇのか?』

『野良猫や野良犬がこれ以上増えたらどうしてくれるんだい!』

 ギルドの冒険者や町のご婦人方はそう口にする。

 以前は、野良達が露店の商品を盗み食いしたり、子供が噛みつかれたりと、ちょっとした街の問題になっていたそうだ。

 なのでエサをやりだした初めの頃は、その様子を目にした人々によく罵倒されたものだ。

『なんか最近野良達が大人しいよな』

『糞尿やら毛やらの掃除もある程度場所が決まっていてやりやすいわ』

 だが近頃はこの俺の趣味が町の美化、治安に貢献していると認めてもらえたのか、エサやりに対して罵倒されることは無くなった。


 一日の楽しみを終えた俺は、家代わりの定宿へと帰る。

 この町には宿屋が三軒あり価格帯によって住み分けがなされている。

 俺の定宿は松竹梅で言うところの"竹"に当たり、三階建ての宿の外観は、素朴な黒い色合いの平らな屋根に白い壁、値段も設備も普通そのものだ。

 何故竹にしているかと言うと、単純に枕との相性が良かったことと、その価格だ。

 仮に松を選んでも宿泊代が跳ね上がるといった事は無いのだが、一日の稼ぎに限界がある以上節約出来る所は節約したい。


「お帰りヤマトさん。今日も無事帰ってきたわね」
 
「ただいまシシリーちゃん」

 帳場の娘が迎え入れてくれる。

 特段美人ではないが肩ほどの長さの赤茶色の髪が良く似合う、愛嬌のある子だ。

「これ、今週の分。今渡しておくよ」

 そう言って袋に入った金をシシリーに渡す。

 この国の貨幣は金貨、銀貨、銅貨の三種類に分かれており、それぞれの価値を日本円に換算すると、十万円、千円、百円といった具合だ。

 俺が手渡した一週間分は、銀貨十七枚と銅貨五枚。

 素泊まり一泊三銀貨が正規の値段なのだが、定宿としなかば住み着いているようなものなので、一泊につき銅貨五枚分割り引いてもらえている。

「今日は夕食用意する?」

「うん、頼むよ。部屋で食べるね」

「たまには食堂で私と一緒に食べれば?」

「今日はいつもより少し早く帰れたから、に時間を多くかけるよ」

「そっか~……定期的にやってるみたいだけど、何か意味あるの?」

「俺にとっては大事なことだよ」

 シシリーとの馴染みの会話を終え夕食分銀貨一枚を追加で手渡し、三階の一番奥、いつもの自分の部屋へと帰る。

 背負う弓や腰に帯びる短剣を置き、壁に立て掛けながらふと思い返す。

「そういえば、もう一年程経つのか……」
しおりを挟む
感想 237

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情され、異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

外れスキル持ちの天才錬金術師 神獣に気に入られたのでレア素材探しの旅に出かけます

蒼井美紗
ファンタジー
旧題:外れスキルだと思っていた素材変質は、レア素材を量産させる神スキルでした〜錬金術師の俺、幻の治癒薬を作り出します〜 誰もが二十歳までにスキルを発現する世界で、エリクが手に入れたのは「素材変質」というスキルだった。 スキル一覧にも載っていないレアスキルに喜んだのも束の間、それはどんな素材も劣化させてしまう外れスキルだと気づく。 そのスキルによって働いていた錬金工房をクビになり、生活費を稼ぐために仕方なく冒険者になったエリクは、街の外で採取前の素材に触れたことでスキルの真価に気づいた。 「素材変質スキル」とは、採取前の素材に触れると、その素材をより良いものに変化させるというものだったのだ。 スキルの真の力に気づいたエリクは、その力によって激レア素材も手に入れられるようになり、冒険者として、さらに錬金術師としても頭角を表していく。 また、エリクのスキルを気に入った存在が仲間になり――。

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...