平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

文字の大きさ
2 / 190
1-1 第二の人生

第2話 猫と転移と

しおりを挟む

「今日もお利口に待っててくれたか?」

 仕事を終え帰宅し、うさぎやデグー達に話しかける。

 二十六歳。独身歴がそのまま年齢の、平凡なサラリーマンをやっている俺の唯一の楽しみは、自分のペット達と触れ合うことだ。

 ケージの掃除、エサの補充、水替え等々に多少の煩わしさも覚えるが、可愛さの方が勝るので苦にはならない。

 一番好きな動物は猫なので本心では猫が飼いたいのだが、家賃の事や通勤距離などを考慮すると、どうしても小動物までが許されたアパートにしか縁が無かったのだ。

 実家にいた頃も両親が動物嫌いだったせいで、自分の部屋で飼えるハムスターやインコなどの小動物しか飼う事は許されなかった。

 それでも長年猫と触れ合いたいという欲求が溜まっていた俺に、ある機会が訪れた。

 会社の同僚で同期の女性社員。坂本さんに休憩の雑談時、とある相談を受けたのがきっかけだ。

「大和君、猫好きだったよね?」

「うん。愛くるしい見た目とは裏腹に気分屋なところが最高だよね」

「ならさ、今週の日曜日空いてる? 私の住んでる所の地域猫の活動、手伝ってみない?」

「地域猫の活動? そんなのあるんだ。どういう事するの?」

「具体的には、その地域の野良猫の種類とか数とかを調べたりエサをあげたり、不妊去勢手術をするために捕まえたり。色々ね~」

「要するに、野良のまま人間と共存できるように管理しようってことなのかな?」

「そうそう。で、今週欠員が出ちゃって。猫が好きななら大和君どうかなって」

「ふむ……」

「猫と触れ合えそうだし、やってみようかな」

「マジ⁉ じゃあ日曜日よろしくね!」


 その一件をきっかけに地域猫活動にのめり込むようになった俺は、休みとなると精力的に参加し、猫と触れ合いたい欲求を満たす日々を送っていた。


 とある地域猫活動中の昼下がり。近所の公園に新顔の野良が居るという情報を耳にした。

 耳がカットされていないと言っていたので、恐らく不妊去勢手術が未然の個体だ。

 早速情報のあった公園に赴き、動物病院へと連れるべく、滑り台の脇や茂みの裏の空間に捕獲機の設置をしていた。

 捕獲機に自身の住所と氏名を記し準備をしていると、情報にあった特徴と一致する猫が公園の前、車道の反対側からこちらに渡り来る様子に気が付いた。

 猫が道路を横断しようと駆け出した刹那、けたたましいクラクションを発しながらトラックが接近する。

「──ヤバいッ!」

 飛び出した猫の顛末が頭を支配した瞬間。無意識に足が回りだし──

 ◇

「ここ……は……?」

 身に覚えのない浮遊感と共に不思議な温もりを感じる。

 足元は雲海のようなものに覆われていて、遠くにプラネタリウムのような星空が広がっている。

 この世の理とは違う空間にいることを、本能が教えてくれる。

「やあ大和くん。さっきはありがとう! 助かったよ」

 年の頃は十四、十五歳程に見える、古代ローマ人が纏っていたような白い服を着た少年。あるいは少女が話しかけてきた。

「えぇっと……君は?」

「そうだね、自己紹介をしよう。君が分かりやすいように言うなら、僕は神様ってとこかな」

「神様……? え……実在したんだ……」

 先程自身の本能が告げた現状から、意外にもすんなりとその存在を信じられてしまう。

「正確に言えば"存在"はしない。アストラル体っていうのかな? つまり、この世の意識の集合体って感じだね」

「アストラル体? 集合……? 難しいな……」

 言葉だけは聞き覚えのある単語だが、中身についてはさっぱりなので深く追及する気は起きない。

「まぁ僕の事は神様って思ってくれればいいよ。君は、大和希。二十六歳の日本人で、動物が好きな平凡な人……だよね?」

「はい、その通りです。私は何故ここに?」

「はは、急に丁寧な口調になったね。そう、君は選ばれたんだ。世界の意思に」

「神様らしいので一応恭しくするべきかな、と。それよりも、世界の意思……ってどういうことですか?」

「君はさっき猫を助けようとトラックに身を投げ出したよね? しかも君の意識とは関係無く」

「そうでしたね……ええ、自分でも驚きました」

「あの猫はね、この世界の意思の御使い。記録者ってとこかな」

(記録者……? またよく分からない単語が……)

「よっぽど動物の事が好きじゃないと出来ない献身だよ、それって。良い意味で平凡だし。だから君なんだ」

「んん……? まあ選ばれた理由については理解に努めます。それで、俺は何に選ばれたんですか?」

「君にはある惑星に転移してもらうんだ。今の君は、地球でトラックに轢かれて命を落としてしまう寸前。そこで時が止まってる」

「えッ……⁉ か、神様の力で助けていただくことは出来ないのでしょうか?」

「悪いけど無理。しちゃいけないんだ」

 どこか恐怖すら覚える威厳を感じる表情でそう断言している。

(む……? 引っかかる物言いだな……でも聞いても答えてもらえそうな雰囲気じゃないよなぁ)

「そうなんですね……残念です……」

「──あっ……残された私のペット達はどうなるのでしょうか」

「ちょっと待ってね……フムフム」

 神様らしい人物が目を閉じ額に指を当て、何やら集中した様子で沈黙している。

「──ああ。君の両親は動物があまり好きじゃないみたいだね。だったら会社の同僚の坂本って女性に、面倒を見てもらえるように僕が導いてあげるよ」

「えっ……そんな具体的な事が瞬時にお分かりになるんですね」

「神様だからね! 大体分かるよ~」

 明るい声色で飄々とそう語っている。

 自身のイメージする神様とは些か異なる人となりだが、高圧的な物腰よりは安心出来るので有難い。


「話を戻すけど、君には"レシレン"という名の惑星に転移してもらうよ。そして君に望むことは一つだけ。その惑星にをもたらして欲しいんだ」

 曖昧な事を指示される時。その中身は面倒事と相場は決まっている。

 俺は訝しげに神様を見つめる。

「はは、疑問はもっともだね。変化については特に意識しなくても起こると踏んで君を選んでるから、新しい人生を全うしてくれるだけで大丈夫」

「そうですか。じゃあ普通に暮らせばいいんですね」

「そうだよ~。それに御使いを助けてくれたお礼として、君には動物の加護を贈ろう。あ、アイテムBOXってスキルもあげちゃおっかな!」

「よくわかりませんが、頂けるのならありがたく頂戴します」

「なんせ向こうレシレンにありのままの君で転移しちゃったら、色々と厳しいと思うからね~。役に立つと思うよ」

 なにか不穏な事を言っている気はするが、気にしたところで恐怖が増すだけだと自分に言い聞かせ押し黙る。

「加護やらスキルやらの事は、後で体験して把握してね」

「──それじゃ、転移始めちゃおっか!」

「えっと……疑問もまあ残りますが、ペット達をお願いできるということなので頑張りたいと思います」

「……またお会い出来ますか?」

「ん~……世界の意思について意識してれば、そのうち会えるかもね」

「──じゃ、元気でね~!」

 体が透けていく──思わず目を瞑りたくなる程のまばゆい光が全身を包む。

 視界がぼやけ意識を失う寸前。見えた神様の表情は俺を慈しむような笑顔で、とても印象的だった。
しおりを挟む
感想 237

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします

雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました! (書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です) 壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜

自来也
ファンタジー
人間が好きすぎて魔界を追放された元・魔王。 世界を救って燃え尽き気味の元・勇者。 派手に振られて落ち込んでいる精霊王。 逆セクハラが過ぎて追放された千年狐。 可愛すぎて人間が苦手になった真竜。 戦場のトラウマで休養中の傭兵――。 そんな“最強だけどちょっとズレてる”面々が集まる、 異世界のちょっと変わった施設《弱者の庭》。 異世界転生してきた平凡な青年・アルキは、 このゆる〜い最強たちの管理人に任命されてしまった。 日常はバタバタだけど、どこかあたたかい。 そして――住人が一人、また一人と“卒業”を迎えていく。 傷ついた彼らと過ごすのんびりスローライフ。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

執事なんかやってられるか!!! 生きたいように生きる転生者のスローライフ?

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった中学生、朝霧詠無。 彼の魂はそのまま天国へ……行くことはなく、異世界の住人に転生。 ゲームや漫画といった娯楽はないが、それでも男であれば心が躍るファンタジーな世界。 転生した世界の詳細を知った詠無改め、バドムス・ディアラも例に漏れず、心が躍った。 しかし……彼が生まれた家系は、代々ある貴族に仕える歴史を持つ。 男であれば執事、女であればメイド。 「いや……ふざけんな!!! やってられるか!!!!!」 如何にして異世界を楽しむか。 バドムスは執事という敷かれた将来へのレールを蹴り飛ばし、生きたいように生きると決めた。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

処理中です...