平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

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2-2 回帰と変心

第58話 悲喜こもごも

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 顔を見て安心するなんて経験は初めての感覚だったように思う。

 もちろん疲労を伴う行程であったことは事実だが、ドグ村を発つ際も、ウンディーネ様の泉でコカトリスと対峙した後も、心軽いあの脱力は感じなかった。

 それは早朝の待ち合わせのはずが寝坊し、昼前まで寝入ってしまっていた現状がその事実を雄弁に物語っている。

 急ぎ準備を整えラインの宿泊している部屋を訪ねると彼は、急ぐことも無いとキノコを煮出したお茶をすすりながらゆったりと部屋でくつろいでいた。

 そんなライン──エルフ族の様子を見ると、このまま一緒にのんびりとキノコティーを頂きながらリーフルと過ごしたい気持ちにも駆られるが、冒険者としての責任から懸念事項が多く、なんとも重い足取りだった事はラインに申し訳ない想いだ。

 一週間ぶりのギルドの扉。後ろめたさから恐る恐る押し広げる。

 昼時という事もあり冒険者の姿はまばらで、室内はまどろんだ雰囲気に包まれ比較的静かだ。
 受付の方へと目を向けると、いつもの後姿を発見した。

「こんにちは~……」
 
「はい~、ご用件を……‼──ヤマトさんっ?!」

「すみません、ご迷惑をおかけしました」

「ヤ、ヤマトさん! 本物?! お化けじゃない⁉」

 キャシーがカウンター越しに勢いよく俺の顔や身体を確かめてくる。

「ほ、本物ですよ! リーフルも元気です!」

「ホホーホ~(ナカマ)」

「リーフルちゃんも……」

「お互いに積もる話がありますので、応接室をお借りしても?」

「え、ええ……そうですね……なんだか安心して気が抜けちゃいました」

 見るからに気の抜けた様子のキャシーが力無く椅子に座り込む。

「……ヤマトさん。この度は当ギルドの不手際で多大なるご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした」

 ふいにキャシーが立ち上がり、深々と頭を下げている。

「え……いえいえ。その辺りは俺からも説明させてもらいます」

「本当にごめんなさい……では応接室の方へ」



「ワンワン!」

「ホ~──バサッ」

「ハッハッハッ──ワフッ!」

「ホ~」

 リーフルが子犬と戯れている。

「……へぇ~、番犬ですか。予算が付いたんですね」

「ええ。窮地から復活したという縁起も担げますし、何よりも未知の緑翼の皆さんの嘆願がありまして」

 ダムソンの手により酷い目に遭ってしまった子犬は、ポーションのおかげで経過も良く、ギルドで番犬として飼う事になったそうだ。

 よくよく見ると、まだ子犬ではあるが胸元から胴にかけての豊富な毛量と首周りの白い毛と全体的なシルエットから、種類は恐らくシェットランドシープドッグなのではないかと思われる。

 昔ペットショップで軽く聞いた話を思い出すと、牧羊犬としての歴史を持ち不審な相手には吠えてけん制するという利口で勇気ある行動をとるらしく、性格に関しても警戒心が強く愛情深いらしいので、成犬の見た目の美しさも相まって、ギルドのマスコットとしてはうってつけの犬種だと思う。

「あの子猫も孤児院に引き取られたんですね。安心しました。シシリーちゃんにミルクの作り方を伝えておいてよかったです」

「ヤマトさん、罪深いですよ~?……シシリーちゃんの様子ったら見ているこちらも辛くなってくる程でした」

「毎日ギルドを訪れては『ヤマトさんは? ヤマトさんの何か情報は?』って……」

「──そうだ! 罪と言えばですね! ヤマトさんが背負う重~い罪の賠償の話なんですが!」

(うっ……私刑の話か……)

(もしかして拘留されるのか……? いや、街を追い出されるとか……)

「──待て待て! まずは釈明させてくれ、ヤマトは何も悪くない──どころかエルフ族を救った英雄なんだ!」

 静観していたラインが咄嗟に俺を擁護するように話に割って入ってきた。

「いえ、ラインさん。ありがとうございます。でも俺のした事は私刑に該当するのは事実だと思うので……」

「そんな馬鹿な事があるか! 断固抗議する‼」

(ラインさん……ありがとう)

「あのぉ~……何のお話です? 私は『こんなに心配かけたんだから、私にもアクセサリーの一つでも買って欲しい』と看板娘ジョークをですね……」

「なっ……! なんと紛らわしい! ここまでヤマトがどんな重りを曳いて帰ってきたと──!」

 どうやらラインはキャシーが大袈裟に振舞う性格の人物だという事を知らないらしく、少し面食らってしまったようだ。

 だがこのタイミングでこのジョークは、その事を知っている俺でさえ肝が冷える。

「……キャシーさん、言い回しがちょっと……でしたね。ハハ……」

「そ、そうですよね。ごめんなさい。私もヤマトさんが無事で、驚いたやら嬉しいやら……パニックになってしまいました」

 さすがのキャシーも焦りの表情を見せている。

「まったく……で、もちろんヤマトは大丈夫だな? 本人の口から聞いただけで、客観的情報を俺は持ち合わせていないが、人となりを知れば明らかだ」

「正当防衛。ヤマトの話に偽りなどないのだろう?」

「ええ、おっしゃる通りです。ダムソンの件については統治官様から直接お話がありますので、詳細についてはその折に」

「でも一つはっきりしている事は、ヤマトさんは全くの無実で、何の罪に問われることもありません」

「そもそもこちらの不手際でダムソンの脱獄を許し、ヤマトさんにご迷惑をおかけしたというのは、諸々の状況から明らかですし」

「それどころか街ではこの一週間、ヤマトさんの無事を祈る話題で持ち切りでしたからね。ヤマトさんを慕う冒険者の方々も捜索に奔走されてましたし」

(なんだか自分が思ってたよりもずっとみんなに心配をかけてたみたいだな……)

 この世界にやってきて一年と少し余りしか経っていないにも関わらず、日本に居た頃と比べると遥かに高い頻度で人の死を見聞きしてきた。

 冒険者という仕事柄、魔物にやられたのであろう遺体を発見したり、何々の誰々が逝ってしまったという話を聞いたりと、特段珍しくも感じなくなる程には。

 だから今回の事だって淡々と処理されていくものだと思っていたのだが、どうやら俺の感覚は少し鈍ってしまっていたようだ。

(謝罪行脚しなきゃか……手土産代……)

 想われていた事への喜びと、迫る出費の脱力感が胸に沸き上がる。
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