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2-2 回帰と変心
第60話 メンテナンス
しおりを挟むリーゼス様から見舞金として頂いた金貨五枚。
俺が受注出来る範囲のクエスト報酬では、基本的にその日暮らしのような生活なので、纏まった金額が懐にあるというのも珍しい。
今後の事を考え貯蓄に回すなり、何かしらで運用益を出せないかを考えたり、使い道としては色々とあるのだろうが、今回のところは既に決まっている。
預けている"懐炉"の修復代も同じ金貨五枚という話だったので、魔導具店へやってきた。
「こんにちは~」 「ホ~」
「いらっしゃい──」
「──! あんた! 無事だったんだね……」
商品の手入れをしていた魔導具店の店主フォトンが驚きの表情を見せている。
「あ、はい。フォトンさんも俺の事をご存知だったんですか」
「おや? 言ってなかったかい。魔導具や魔導書を扱ってる関係で、ギルドとはそれなりに付き合いがあるんだよ」
「それにしても何があったんだい? 事件現場はそりゃあ酷いもんだったと聞いているよ」
「ええ、あの日は……」
俺の身に起こった事をフォトンに説明する。
「……ふむ。あまり外界とはつるまない事で有名なエルフ族が……あんた運が良かったねぇ」
「本当に随分とお世話になってしまいまして。それにしてもエルフ族の方々は凄いですね。色々な魔法を駆使する所を目にしました」
「あんた魔法に興味があるって言ってたもんねぇ──それはそうと、帰って間もないし病み上がりでもあるんだろう? 代金を用意する時間も無かっただろうに。今日はどうしたんだい?」
「その、色々とありまして……魔法は諦める事になりました。今日は件の見舞金で、懐炉の代金を支払いに来たんです」
「そうなのかい? 私としては魔導書も買ってくれた方が夕飯に一品増えて嬉しいんだけどねぇ」
「ハハ……」
「ちゃんと修理は済んでるよ。思っていたより触媒が安く手に入ったから、代金は金貨四枚で大丈夫だよ」
「それは助かります。よかったなぁリーフル」 「ホ」
代金を支払い懐炉を受け取る。
「って事は懐炉はその鳥ちゃん用なのかい。はぁ~、随分と過保護なもんだねぇ」
「昨年思い知りましたが、サウドの冬は寒いですもんね。部屋に何か熱源が一つでもあれば、俺にも恩恵はありそうですし」
「確かにね。宿の部屋じゃ薪は焚けないものねぇ」
「何か入用ならまたおいで、お得意様になってくれれば私もあんたも寂しくないね、ふふ」
「そうですね、また来ます。ありがとうございました」 「ホ~」
◇
魔導具店を後にした俺は、その足でサウド随一の鍛冶屋、鍛冶工房イーサンへとやってきた。
名前の通り"イーサン"という鍛冶職人が経営する鍛冶屋で、弓や短剣の手入れ等俺だけに限らず、この街の冒険者であれば誰もがお世話になっている老舗だ。
扉の奥から金属を打つ音が聞こえてくる。
「こんにちは~、お久しぶりです」
工房手前側の部屋には数々の武器や防具が整然と陳列されており、並ぶ無機質な装備品達とは裏腹に、商談スペースは清潔でいて工房の窯から来る熱による暖かさで、ぬくもりの感じられる雰囲気だ。
「おぉ! ヤマトじゃねえか。お前はしぶてえ野郎だな、ガハハ!」
豪快な話し方をするこの人物。
この国の王であるアンション王、そのお膝元である首都ジ・アンションにて数年に一度の頻度で開かれるらしい武器防具等装備品の見本市兼品評会において、緑賞──一番の意──を受賞し『王認特級鍛冶師』の称号が贈られた、権威ある鍛冶師がこのイーサンだ。
「ご心配おかけしました」
「なぁに、冒険者にピンチはつきもんだ。まぁ、お前さんの用心深さは有名だし、それ程悲観してもなかったがよ」
「──おーい、リオン! ヤマトが戻って来たぞ~!」
「はーい! 師匠?」──
「──っておいおい、ヤマト‼ リーフルも……心配したぜ、ったく」
彼の名は"リオン"。イーサンの下で修業中の見習い鍛冶師だ。
俺がこの世界に転移して来た頃に同じようなタイミングでリオンもまたイーサンを訪ねサウドへとやってきたらしい。
同じ新参者で年齢も近いという事もあり、彼には共感するところが多く、シシリーやキャシーと同じく付き合い自体は長い方だ。
冒険者として活動を始めて以降、俺の装備はイーサンでは無くリオンに世話になっている。
というのも、イーサンの造り出す装備品はどれも見事な一級品で、当然の事ながら金額もそれ相応だ。
もちろん万人に向けて造られた二級三級の汎用品も工房では販売されているが、それでも新米冒険者には中々手が出しにくい値段となる。
俺の基本的な装備は師匠に用立ててもらったものがほとんどだが、同じ新米として、リオンを応援したい気持ちもあったし『リオンの修行に付き合うのなら格安で面倒を見てやる』とのイーサンの提案もあり、その後の矢の補充やメンテナンスに関してはリオンを頼っているのだ。
「ごめん。すぐには帰って来られる状況じゃなかったんだ」
「そっか。まあとにかくお前が無事ならなんでもいいよ。危うく俺の貴重な修行相手を失うところだったぜ」
口ではそう言うが、リオンが少し素直ではない性格なのを知っている為、俺を心配してくれていた事は表情から見て取れる。
「はいはい──今日はこれ、ロングソードを見て欲しくてさ」
ロングソードを手渡す。
「お?? いつもの短剣は?」
「事件の詳細──までは聞いてないよね。俺の短剣は証拠品として押収されちゃってて」
「そうなのか。でもよ、ロングソードなんて扱えるのかよ? 短剣なら新しく用意するぜ?」
「えっと……」
(こういう時説明に難儀するんだよな……)
加護のおかげで筋力が増えたなんて事を主張しても、出先で頭をやられて帰って来たと思われるだけなので、黙っておくことにする。
「うん、ありがとう。でも短剣の方は汎用品でいいや。今は予算があんまり無いし、出来合いの安いのを一本もらうよ」
「それで、今後はロングソードも慣らしていこうと思ってるんだ。短剣だと厳しい事も多くて」
「まあ慎重なお前の事だから大丈夫だろうけど、背伸びのし過ぎは禁物だぜ?」
「うん、弁えてるつもりだよ。ロングソードの整備が終わったら、森で訓練合宿でもしようかと思ってるんだ」
「なんだよ、珍しいな? 随分と前のめりじゃん」
「う~ん……強くなりたい訳じゃないんだ。けど、せめてリーフルだけは守り切れるようになりたいんだ」
「……それもそうか。リーフルはヤマトだけが頼りだもんなぁ」
リオンが慈しみ深い表情でリーフルの頭を撫でている。
「ホホーホ(ナカマ)」
「──だな。リオン、どうやらヤマトはいつになく真剣だ。そいつ、気合入れて仕上げてやれ」
「こりゃあお前も負けてられねえな?」
傍で商品の手入れをしていたイーサンがリオンに発破をかけている。
「師匠……ヤマト、任せとけよ! 必ず唸らせてやる!」
「期待してるよ」
冒険者としては微々たる進歩かもしれないが、安全を重視する俺にとって、短剣からの脱却は大きな変化だ。
もっと強い魔物を、もっと難易度の高い仕事を。そんな理想は俺の性分じゃない。
多くは望まない。ただ一つ、リーフルだけは何としても守り切りたい。
リオンならその願いの一助となってくれるはずだ。
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