137 / 190
3-1 浮上する黄昏れ
第106話 探偵ミミズクと平凡助手 1
しおりを挟む正午を過ぎ、空高く昇る陽の光を眩く反射する美しい淡い桃色の砂浜に並び座り、久しぶりの海を眺めている。
脇を通り過ぎる小さなカニや、色とりどりの丸い小石。
穏やかに打ち寄せる心地よい波の音や、グラデーションがかかった深い青の海面は、まるで自分が美術館の主役を飾れそうな名画の中にでも入り込んだかのような錯覚に陥る。
つい先ほど、目的地である漁村ハーベイの全景を望める少し離れた場所へとやってきた。
てっきり早々に厄介の解決に向け実家を訪ねるものと思っていたのだが、マリンの誘いから、一先ずこの海岸に腰を下ろし昼食を取っている。
ここから窺える村全体の造りはとても優雅なもので、海岸に向かうなだらかな傾斜のある地形には鮮やかな橙色の屋根が密集して立ち並び、海上には縄で繋がれた白いこじんまりとした作業船が数艘見える。
仕事で来ているのであまり緩む訳にはいかないが、正に風光明媚な美しい景観に、多少の観光気分が湧き出るのも致し方無いだろう。
「綺麗やろ~? ヤマちゃんにこの景色見せてあげたかってん!」
「そうだね~。でもいいのかな? こんなにのんびりしてて」
牛の赤身の干し肉を切り分けリーフルに差し出す。
んぐんぐ──「ホッ……」
「ふふ、まぁそんな硬い事言わんと。うちのささやかな夢の一つぐらい叶えさせて」
膝に抱くリーフルの頭を撫でながら楽し気にそう話す。
「夢って?」
「ふふ~ん! こうやって好きな人と、この砂浜でのんびりお茶するのが小さい頃からの夢やってん」
快活に微笑み、真っ直ぐ俺の顔を見据えながら答える。
「そ、そうなんだ……」
気恥ずかしさからこちらを見つめる視線から逃げてしまう。
はっきりとした好意を寄せられている以上、俺としても全くの不感という訳にはいかないもので、異性としての意識は少なからず持っている。
突然の出会いに唐突な宣言ではあったが、"一目惚れ"とはそういうものなのだろうし、マリンには他に裏も無く、リーフルの事も可愛がってくれている。
一方当事者の俺としては、それに応えられる気持ちがある訳でも無く『あなたとは一生可能性がありません』と明確に返事が出来る訳でも無いというのが現状だ。
態度を明らかにしない狡さに後ろめたさも覚えるところではあるが、軽々な決断を下すことも出来ず、全く意気地の無い男だと、お得意の慎重さが恨めしくも思えてくる。
(こんなだから二十七にもなって、恋愛の一つも出来ないんだろうなぁ……)
「……ヤマちゃん、別に焦らんでええんよ? うちはそんなヤマちゃんやから惚れたところもあるんやし」
俺の表情を読み解いたのだろう。
察しの良いマリンが、思いやりを口にしてくれる。
「マリちゃん……」
「でも覚悟しときや~! 最後にヤマちゃんを手に入れるのは、この大商人マリちゃんやで~!」
「ホホーホ~! (ナカマ!)」
事情が理解できているのかは分からないが、何故かリーフルも右翼を広げやる気を見せている。
「ふふ、リーちゃんも応援してくれるん? 優しい子やなぁ!」
マリンがリーフルを抱きしめる。
「アハハ……」
一人の女性がこちらに歩み寄って来た。
「あらマリちゃん、帰ってきてたんやね~」
「あ、おばちゃん! 今日も散歩~?」
「せやで~。毎日歩かんと、足腰弱ってまうからなぁ」
女性が足をさすりながら明るく答えている。
「あら、隣の人はどなた? 見た感じ冒険者さんみたいやけど」
「初めまして。サウド所属の冒険者のヤマトと申します。こっちは相棒のリーフルです」
「ホ~」
「なんとまぁ可愛らしい鳥ちゃんやこと! 頼もしい所からはるばるよう来なはったなぁ。マリちゃん、サウドで何かあったんか?」
「ううん、ちゃうよ。おばちゃんも知ってるあの男を成敗しよう思てな。ヤマちゃんはその助っ人やねん」
「あ~、あのグリフっちゅう男な。私も胡散臭いとは思てんねんけど、ラウスさんは何を考えてはんねやろなぁ……」
女性が怪訝そうな表情で呟いている。
「"ラウス"はうちのお父さんの事やで」
マリンが小声で耳打ちしてくれる。
「なるほど……あの、マリちゃんが村を離れている半月程の間、その男について何か変わった事はありませんでしたか?」
「う~ん、目立った異変は何もあらへんよ──あ、でも、ラウスさんが『凄い力の持ち主や!』言うて、あの男を空き家の一軒に住まわすようになってな~」
「私らはその凄い力言うんは見た事無いんやけどな。ラウスさんはえらい信用してるみたいでなぁ」
「──あ、せや。飴ちゃん食べる?」
女性が小瓶から飴を取り出し渡してくれる。
「ど、どうも」 「ホホーホ(ナカマ)」
「まぁ何にせよ私ら村のもんは全然信用してへんし、なんかあったらすぐ相談しに来るんやで、マリちゃん」
女性が慈しみ深い表情でマリンの頭を撫でる。
「うん! ありがとうおばちゃん。 でも大丈夫やで! うちが連れて来たこのヤマちゃんは、サウドでも随一の冒険者と誉れ高い、頼りになる男やねん!」
「ホーホ! (ヤマト!)」──バサッ
二人が腕を広げ、大仰に宣言している。
「ちょ、ちょっとマリちゃん!」
焦り、小声でマリンに訴える。
「大丈夫やって。これぐらいのハッタリかましといた方が、後々協力も得やすいもんやで」
女性に気取られぬようマリンなりの目論見を答える。
「へぇ~! ホンマかいな! サウドで随一とは、一体なんぼすんのよ~、はっはっは」
「ふふ~ん! うちの旦那さんになる予定の人やから、特別価格で請け負ってもらえてるんやで~?」
マリンは冗談めかしそう言っているがその実、今回支払われる予定の警護任務に対する報酬は、相場の四倍程と、この厄介事の件も加味された値段となっている。
ギルドが斡旋するクエストの正否を問う範囲が警護任務のみとなっているのはマリンの配慮によるもので、俺が進んで協力してあげたいと想う理由の一つだ。
「まぁマリちゃん! 行商だけや無くてお婿さんまで見つけてくるなんて、さすがラウスさんの娘やなぁ!」
「──おっと。そういう事ならお邪魔虫はちゃっちゃとおいとましよかな。後は若い二人でごゆっくり~。はっはっは」
そう言い残し、にやけ顔の女性が散歩の続きに立ち去った。
(矢継ぎ早の関西弁の応酬……圧倒されるな)
「おばちゃん今日も元気一杯やなぁ」
「ホホーホ(ナカマ)」
「そうだなリーフル。優しそうな人だったね」
「あのおばちゃんはご近所さんでな。飴ちゃん作るのがすごい上手な人やねん」
「へぇ~。飴屋さんって事?」
「ううん。飴ちゃんはこの村の郷土料理みたいなもんで、商売用に作ってるんじゃなくて、御茶菓子として楽しむ為にそれぞれの家庭が作ってる物でな」
「魚以外にも何か村の特産が欲しいな~と思って、今回試しにサウドで販売してみたって訳やねん」
「なるほど」
「……ハァ~……いつまでもこうやってヤマちゃんとのんびりしてたいけど……それは悪党退治が終わってからやね!」
マリンが立ち上がり、いよいよ問題と向かい合おうという気概を見せている。
「ホ」──ス
リーフルが肩に戻る。
「そうだね。まずはそのグリフって人に面会してみよう。俺達がどう立ち回るべきかはそれからだ」
砂を払いながら立ち上がり、遠景の村を見つめる。
いざ仕事に取り掛かると思うと映る景色も違って見えるもので、先程まで抱いていた絵画のような印象からは一変し、まるでサウドの森に納品物の採集に行く時のような緊迫感を覚える。
砂浜に残る二人の足跡は、村の中腹目掛け進み行く。
71
あなたにおすすめの小説
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜
自来也
ファンタジー
人間が好きすぎて魔界を追放された元・魔王。
世界を救って燃え尽き気味の元・勇者。
派手に振られて落ち込んでいる精霊王。
逆セクハラが過ぎて追放された千年狐。
可愛すぎて人間が苦手になった真竜。
戦場のトラウマで休養中の傭兵――。
そんな“最強だけどちょっとズレてる”面々が集まる、
異世界のちょっと変わった施設《弱者の庭》。
異世界転生してきた平凡な青年・アルキは、
このゆる〜い最強たちの管理人に任命されてしまった。
日常はバタバタだけど、どこかあたたかい。
そして――住人が一人、また一人と“卒業”を迎えていく。
傷ついた彼らと過ごすのんびりスローライフ。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
執事なんかやってられるか!!! 生きたいように生きる転生者のスローライフ?
Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった中学生、朝霧詠無。
彼の魂はそのまま天国へ……行くことはなく、異世界の住人に転生。
ゲームや漫画といった娯楽はないが、それでも男であれば心が躍るファンタジーな世界。
転生した世界の詳細を知った詠無改め、バドムス・ディアラも例に漏れず、心が躍った。
しかし……彼が生まれた家系は、代々ある貴族に仕える歴史を持つ。
男であれば執事、女であればメイド。
「いや……ふざけんな!!! やってられるか!!!!!」
如何にして異世界を楽しむか。
バドムスは執事という敷かれた将来へのレールを蹴り飛ばし、生きたいように生きると決めた。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる