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3-1 浮上する黄昏れ
第105話 確と鈍行でも
しおりを挟む馬車は街の表門を抜けサウドから北西の方角にあるという漁村ハーベイへ続く街道を進んでいる。
朝のひんやりとした澄んだ空気、ゆっくりと通り過ぎ行く景色を眺めながら、御者台で手綱を握るマリンの隣に座り、新鮮に映る道程に少しの冒険心も躍る。
マリンは今回、初めて単身でのサウドへの行商だと言っていたが、馬車の扱いには慣れているようで、普段から商売の手伝いにしっかりと働いているのだろう事が窺える頼もしい姿が垣間見える。
具体的な成果については、サウドへ持ち込んだサンマンマは完売したようで、持ち帰る在庫は飴が数瓶と村の民芸品が少々といった様相で、露店の方も順調に終えられたようだ。
今回の警護任務は、そんな行商を終えたマリンを村まで送り届ける事が冒険者としての俺の役割となる。
サウドからハーベイまでは現状のペースで半日程度の距離らしく、脅威となり得る魔物についてもローウルフがせいぜいといったようなので、警護に関しては問題無さそうだ。
んぐんぐ──「ホッ……」
マリンから貰った飴を頬張っている。
「リーちゃんはホンマ甘いもん好きやなぁ」
「ホー(テキ) ホーホホ! (タベモノ!)」
嘴で鋭くつつく真似をしている。
「魔物と戦うには甘い物が必要ってこと?」
「ホ」
「そっか~」
リーフルの返答の仕方を考慮すると、特別に甘い物を食べたがるのには何か理由があるともとれる。
飴やラムネ等、糖分が脳の働きに良いという話は現代日本でよく耳にした情報だが、リーフルが果物等の甘味を欲しがるのは単に味が好みなだけでなく、もしかすると時折発揮してくれる不思議な力の源となるような、栄養面での何らかの関連性でもあるのだろうか。
「なんやリーちゃんとヤマちゃんって、ふつ~に会話してるなぁ。羨ましいわぁ」
「伝わってくる言葉自体は少ないんだけどね。あとは感覚的なものだよ」
「そうなんや。うちもそんな読心術みたいな能力があれば、商売ももっと上手くいくねんけどなぁ~」
マリンが天を仰ぎ、ため息が漏れ出る。
「いや、悲観するような事は無いと思うよ? 単身サウドできっちりと売り上げてるんだし、十分凄いんじゃないかな?」
「ふふ、励ましてくれてありがとう! やっぱヤマちゃんは優しいなぁ」
「でも、今回に関しては商材が良かっただけの話やん? 勢いで共同経営の事も切り出してみたものの、ダナさんは経営の方には携わらんって言うし、責任重大や……」
確かにマリンの分析は正しいと思う。
サウドでは新鮮な魚を手に出来る機会が少ない訳で、選択した商材がサンマンマの時点で、凡そ捌き切れる事は約束されているようなものだ。
だが重要なのは、彼女のその殊勝な態度の方で『一人でもやれる!』と驕りが出たり『商売なんて簡単だ』などと実力を過信しない冷静な判断力は、如何にマリンが優秀で頼もしい商人であるかを表しているように思う。
「俺はセンスバーチに行ってたしね。その様子だと、大体の話は纏まったのかな?」
「うん。ギルド通りのあの空き店舗に賃貸借契約して店を構える事になってん。経営者はうちで、メインは朝、夕までの魚を中心とした軽食を提供するカフェ形式でな。ダナさんはかき氷と飲み物担当、うちは仕入れと金勘定って感じの話になってんねん」
「なるほど。じゃあ結局のところはマリちゃんのお店って事になるんだね」
「せやねん。でもまだ調理する人を見繕えてなくて、箱自体はほとんどそのまま使えそうやから、看板作るだけでいけそうやねんけどな~」
「って事はまたすぐサウドに戻る予定なの?」
「うん。今帰ってるのも、お父さんと打ち合わせする為だけのようなもんでな。野良の伝書鳩屋さんやといまいち信憑性に欠けるし、何よりうちが直接帰らなあかん理由があんねん」
少し眉間にしわが寄り、心なしか手綱を握る手にも力が入っているように見える。
「厄介事──例の話に関係ありそうだね」
「あは、ホンマ鋭いなぁヤマちゃんは。そう、今うちのお父さんは、"毒蛇"に頭から飲み込まれようとしてるとこやねん」
「毒蛇……」
(恐らく物の例え。マリちゃんのお父さんのような経営者──重責に就く人間を狙いそうな輩と言えば、詐欺師、或いは宗教家ってところか)
「……なぁヤマちゃん。ヤマちゃんは"神様"っておると思う?」
「えっ!?……いや、その……」
マリンが発した単語に心臓が大きく跳ねる。
この世界においてその存在を間近で、はっきりと、会話まで交わしたことがあるのは恐らく俺一人だけだろう。
俺の出自を怪しんでの言葉では無いだろうが、マリンの質問には動揺せざるを得ない。
「ある日ふらっと一人の男が村にやって来てん。名前は"グリフ"って言う首に太い蛇の剥製を巻いて黒いコートを着てる、いかにもな男でな」
「どこから情報を仕入れたのか、うちのお父さんが村で一番権力を持ってるっていう事を知ってるみたいで『あなたに幸を、村に繁栄を授けに天界より参りました』言うて、村に居座るようになってな」
「それはまた……でもどうして? 聡明なマリちゃんのお父さんなんだから、そんな怪しい人物の言う事なんて鵜呑みにしないはずだよね?」
「うん、もちろんお父さんはそんなアホやない。でもな、起こしたんよ。いくつかの『奇跡』を」
「奇跡?」
「ある時『神からの啓示です。これより数刻の後、この納屋は猛火に包まれるでしょう』言うて、保管してある魚を移動するように指示してきたことがあってな。うちらも半信半疑ながら万が一に備えて移動させたんよ」
「そしたらホンマにその納屋が火事になってしもて。もし魚を移動させてへんかったら大損害になるとこやったっていう事があってな」
「ふむ……そのグリフって人は火事の時はどこに居たの?」
「それがなんと、うちらの目の前。世間話で探り入れよう思てた矢先の出来事やって」
「アリバイがあるんだ……他に不審な人物の目撃情報とかは?」
「ううん、な~んにも。火事が起きた瞬間を目撃した人はおったんやけど、突然火の手が上がって、周りには不審な人影も何も無かったって」
「──ところで『アリバイ』ってなに?」
(ぐっ、やらかし……注意してるつもりでも、どうしてもなぁ)
「え、え~っと、不在を証明する意味合いの言葉というか。言葉とかを創作するのが趣味なんだ~アハハ……」
「えー?……ヤマちゃんって難しい趣味してんなぁ」
明らかにこちらを訝しむ目つきで腑に落ちていない様子。
接している感覚では、マリンは頭が良く察しも良い人物なので、完全にはごまかせていないのだろうが、空気を読みそれ以上追求しようとしない彼女の優しさには救われる想いだ。
「そ、それよりも! 『飲み込まれる』って言ってたよね。つまり、その奇跡を境に、お父さんはそのグリフって人に傾倒しちゃってるって事でいいのかな?」
「うん、ヤマちゃんの言う通り。あれ以来お父さんはあの男に色々と相談して物事を決めるようになってしまってな。このままじゃうちの家はあの男に乗っ取られてしまうんちゃうかと心配やねん」
「マリちゃんは信用してないんだね」
「だってそう思わん? 天界や神様がどうのって非現実的な事言うたり、見るからに怪しい恰好もそう。何より、あの他人を蔑むような冷え切った気持ちの悪い目つき。絶対何か仕掛けがあるに違いない!」
「そうだね。話を聞いた限りじゃ怪しいね」
「元々そろそろ一人でサウドに行商に出てみるつもりではおってん。けど、今の状況でお父さんを置いて離れるのも心配やん? でもうちの力だけではあの男の化けの皮を剥ぐ事は難しそうで……」
「それで頼りになりそうな冒険者探しも兼ねて、一か八かサウドにやって来たんだ?」
「うん、思い切ってサウドへ行って良かったわぁ。頭の切れる冒険者──まさかお婿さんまで見つかるとは夢にも思てへんかったけどな!」
そう言いながらこちらを向き微笑んでいる。
冗談を交えながら努めて明るく振舞ってはいるが、内心では父親の事が心配でたまらないはずだ。
そんなマリンが藁にも縋る想いで俺を頼ってくれているのだ。
ならばその期待に応えるべく、冒険者として市民の困り事の解決に邁進するのみ。
俺は特別頭が切れる訳では無いが、情報収集には自信がある。
村に着いたら情報を収集、精査し、パズルを組み上げるが如く真に迫れば、自ずと答えも導き出せるだろう。
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