平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ

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3-5 生業の園

第117話 圧倒の果て 1

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 快晴にさえずる野鳥の営みを目覚ましに早数刻。

 先程の戦闘からさほど時は経過せず、緊迫の瞬間はいつも弛緩の隙を突き訪れる。

「──ホッ (テキ)」

 リーフルが右翼側を見つめ何者かの存在を呟いた。

「そうか、リーフル」

「ロングは?」

「…………自分には何も。奇襲は無さそうっす」

 若干あごを上げ、より鼻腔から情報を得やすいような姿勢をとった後に頼もしい報告を返してくれる。

 ロングの鼻が捉えられない距離と臭いの強さ、そしてリーフルのみが聞き取れる規模の音量。

 となれば考えられるのは大型種未満の脅威であり、候補は絞られる。

「分かった、みんな戦闘準備を。Pシフトは維持、撃ち漏らしは状況に応じてお願いします」

「了解っす」 「あいよ」 「は~い」

 三者三様に準備を整え右翼側に意識を向けている。

(まずは射線を通す)

 魔石を長弓へ装着しリーフルが報せる方向に矢を放つ。

 木々を易々と切り裂く鋭利な風を纏う矢が、まるで見通しの悪い森に穴を開ける。

 風が過ぎ去ると同時に数匹の悲鳴が上がる。

(少しは巻きこめたか)

 コンポジットボウに持ち替え再び魔石を装着し弓を引き絞る。そして迫る驚異の正体に全神経を集中させる。

「──見えた、ロー三!」

 敵性の正体を叫ぶや否や、まばらに残る下草を飛び越え二匹のローウルフが時間差をつけてこちらに飛び掛かる。

 俺はその二匹の間に照準を定め矢を放った。
 
 矢は手前の一匹の脇をかすめ直進し、風の刃によって二匹のローウルフの体が乱雑に千切れ地面に落下する。

(もう一匹!)

 弓を仕舞いロングソードを抜き放つ。

 一対一に持ち込んだ多少の安心を盾に、飛び掛かるローウルフの牙にいつも通り刃を合わせる──。

「──はい、一匹はお持ち帰りよ~」

 ふいに気の抜けたベルの呟きが聞こえたかと思うと、眼前に迫るローウルフが空中で不自然に硬直し脚を僅かにばたつかせている。

「え? なにが……」

 振り返り視線を向ける。すると、ベルの手元から薄っすらと視認できる細長いロープのようなものが伸びローウルフを縛り上げていた。

「ふふ、偉いでしょ。あなたが言ってたチリツモって奴よ」

 ベルが楽しげにそう言いながら空中で静止しているローウルフへ手をかざす。

 そして何かを引きはがすかのような動作をとると、まるで放り投げられた人形がそのまま落下するようにローウルフが足元に転がった。

「は、はあ……」

「──そ、そうだ。ロング、リーフル?」

「…………自分には何も」

「…………ホ (イク)」

「追撃は無し……ありがとう二人共」

「都合五、六匹ってとこかねぇ。お疲れさん」

「ベル、助かりました。それと、さっきの魔法は……?」

「四番の事? 大体はこれと──」


 偉大なる先人たちが刻む尊き標である、サウド南東の湖へと恵を運ぶ清流に沿うルートを北上する。

 手付かずが故の木々の密度であったり、不気味さがその様相を強める雰囲気であったりと、さすがに中域もそろそろ後半へ差し掛かると、鞘に添え備える手の強張りも増している。

 そう遠からず目的地に舵を切りオリジナルを進む事にはなるが、今は人の轍すら無い暗闇を行くより余程確実だ。

 ビビット曰く俺の脳裏に浮かんだ映像から推察するに、深域に根付く一際空高くそびえ立つ巨木を目印とした地点からさらに踏み込んだ場所に、目的の花畑は存在するだろうという話だった。

 ある程度近付けば中域からでも木に登り見渡すとその巨木は視認できるらしいので、それまでは現状を維持する事を優先し行進を続ける。


 浅域ではウォーミングアップを兼ねた自由行動をとり、互いの情報共有や様々な想定を模した動きを馴らしつつ進み来た訳だが、ここからは生存率を強く意識した立ち回りが重要だ。

 先頭を行くのは俺とリーフルで、今回の肝であるビビットとベルを挟みロングは殿を務める。

 現在俺達が維持するPシフト。これは、PRESERVE──温存を意味する単語の頭文字から取った言葉だが、索敵を得意とする者がパーティーに存在する場合に成せる陣形の事だ。
 
 今回のメンバーで言えば、獣人特有の鋭い嗅覚を有するロングが凡そ二十、三十メートルの範囲を嗅ぎ分ける。

 そして、鳥類の中でも一二を争うと言われる程の聴覚を持つミミズクのリーフルが、それ以上の知覚可能な限りの距離からその脅威についてを探ってくれている。

 そんな心強い二人からなる索敵体制を敷き一定距離を移動。そしてまた索敵し、といった歩みを繰り返し、可能な限り先手を取り相手の威勢を奪い、こちらの損失を最小限に抑える。

 体力の温存を主眼に置いた陣形ではあるが、Pシフトの本質はリスク回避にあると言えるだろう。


(このまま川沿いを進めば、ビビットさんの言う最後の休憩がとれる場所に着く)

(……大丈夫。二人の集中力も間に合うはずだ)

 しかし趣が違えばこうも無機質に感じられるものだろうか。

 植物と湿気が織りなす澄んだ匂いは、ただ異質を感じ取るための基礎として。

 木々の囁きを奏でる爽快な微風も、天候を計り知るための装置として。

 普段であれば潤い豊かに感じ取れる情景も、求める目標と不釣り合いな高望みの間に揺れる俺には、どこか他人事に思えて少し自嘲してしまう。

 さらには索敵から得られる情報とは別に、思考を浸食する想定も厄介だ。

 視界の端に映るその岩の下には、自然物に擬態した狡猾な爪が潜んでいるかもしれない。

 行く先ですれ違うあの左に傾いた特徴のある木の裏には、こちらの全てを容赦なく奪わんとする瞳が隠れているかもしれない。

 葉の隙間から降り注ぐ光と、水面の反射で具体化される道筋から少しでも視線を逸らせば、途端に身もすくむような怖気が背を撫でる。

 普段はソロ活動を選択し、危険を可能な限り避けて生きる冒険者にとって、パーティーに寄せる信頼だけでは補填しきれぬ自業自得の恐怖が、四肢の動きを鈍らせる。

 だがそれでもなんとか平常心を維持できるのは、無駄も多い過度な思考による諦めと、安心して受け流せる後ろ盾が存在するからだろう。


(ん……あれって……)

 慎重を期す歩みの先。焚火の跡や、恐らく急ごしらえに交換されたのであろう軽鎧の一部などが転がる、人の痕跡が確認できる空間が見える。

(よし、先人に倣うのが吉だな)

「……あそこ。そろそろお昼にしましょう」 「ホーホホ (タベモノ)」

 朝から数度の戦闘を経てスタミナをそれなりに消費している。

 決して安全とは言えない、少しだけ見通しが良いというだけの川沿いの空間ではあるが、ある程度のリスクと休息を天秤にかければ等価だろう。

「そうさね。腹も空いてきたし、ここらで一服といくかい」

「は~い。ねえヤマトぉ、あれ、お願いね~」

「おぉ~いいっすね! 自分も楽しみにしてたんすよ~!」




 硬く陣取る場合とは異なり、ティーポットに熱を入れる程度の僅かな火を囲み腰を据えている。

 当然装備は降ろせないので肉体的疲労の回復は微々たるものだろうが、纏う緊張に休息を与えられるのであれば幸いだ。

「ハァ~……これこれ、綺麗な色ね~。楽しみにしてた甲斐があったわぁ」

 取り出した手製の丸太椅子に特注の個人用絨毯を広げ、優雅な所作で香りを楽しむベルが笑顔を向けている。

「ん~! さすがセンスバーチで有数の商会さんっすね! 鼻がリフレッシュされる想いっすよ!」

 刹那の内に手に取れるようハンマーをその身に預ける姿勢で休むロングも、感嘆の声を上げ耳が跳ねている。

 それぞれが楽しむこの紅茶は、ロイヤルパープルという名で僅かばかりが一般に流通されているもので、その名が示す通り紫芋を煮出したような透き通る淡藤色をしているのが特徴だ。

 漂う香りはまろやかでより上品に昇華したラベンダーのような爽快さが感じられ、一すすり味わえば、砂糖を加えていないにもかかわらずほのかに蜜の甘みが優しく残る。

 この四人分で市場価格は金貨一枚。ないしはそれ以上の値で取引されるという高級品だがそれもそのはずで、王家が来賓をもてなす際に用いられるという、由緒正しき特別な茶葉であるらしい。

「そういやヤマト、相談したって言ってたっけね。白美プリスティンは元気そうだったかい?」

「ええ。何とも熱いメッセージやアドバイスと共にこれが」

 テーィポットを軽く掲げる。

「あ~……はは、推して知るべしか。あのポーズが目に浮かぶようだねぇ」

「はは、ですね」

「まあそれにしても。こんな森のど真ん中でまとも以上のものが味わえるなんて、やっぱりアイテムBOXさまさまだねぇ」

 オリジナルであるというジャーキーとウーイのサンドイッチを片手に、ビビットが大盾の具合を検めている。

「ビビットさん! このビビットさんのサンドイッチも美味しいっすね~!」

「意外な組み合わせですけど、ウーイの酸味と肉の味がこの少し辛味のあるソースと相まって、パンに良く合ってますね」

「ホッ……(タベモノ)」

 定位置で脚を畳み初めて口にする料理に感動を呟いている。

「そ、そうかい? あんた達の口に合ったってんなら、帰ったら作り方を教えるよ」 

 大盾を拭う手つきが幾分早まったように見える様子で、特製サンドイッチにかぶりついている。

「ふ、ふん。そんなのただ挟んでるだけじゃないっ」

 対抗心が窺い知れる声色でベルが棘を呟いている。

「言ってしまえばそうですね。でも食材の組み合わせって意外と難しいんですよ」

「なによぉ、あなたもありふれた事を言うワケ? 料理が出来る女が理想だって」

「料理が出来るというのは立派な権能の一つですから、魅力的に見えるのはそうですね」

「でもそれは女性が備えてるからって訳じゃなくて、無い物ねだりなだけです」

「俺みたいな凡庸な人間には、立派に映る他人のものって多いですから。はは」

「ふ~ん……」

「ベルだって優秀なんですから、会得出来ると思いますよ? いつも意識されてる、魅力の向上にもつながると思います」

「そ、そうかしら……」

 カップを両手で握り膝の上に添え横目に答えている。

「向上といえば、このビビットさんのソースっすけど。凄く美味しいっすから、ヤマトさんが絶賛開発中のフルコースの参考にもなるかもしれないっすね?」

「あ~なるほど。バリエーションは多い方が並んだ時に楽しそうだしね」

「フルコース? あなた、レストランでも始めるつもりなの?」

「ああいえ。ただの思い付きの趣味のようなもので、売り出すつもりは無いんです」

「でも記念すべき一品目のステーキはすっごく上手くいきましたし、今後も楽しみっすよ~」

「──あ、そうだ! ベルさんも料理が出来れば、フルコースの一助になってもらえるかもしれないっすね?」

「ヤマトのフルコースを私が…………ふふ!」


 ベテラン達にとっては未だ余裕を持て余す行程だろう。

 だが俺達にとっては、束の間に開いた喫茶店の効果は上々で、一区切りをつける事の重要さが身に染みる想いだ。
 
 そしてすぐ傍を流れる清流へと目を向けると、まばらに見かけられる魚影が忙しなく上下する心が沸き立つ動物的景観が見え、見目冷ややかな音と透明が、攻勢の高ぶりと熱を孕む筋肉を緩和してくれる気がする。

(最後の休憩所から先を知るのはビビットさんのみ……余裕を確保できるのもそれまで──)


「──! ホッ! (テキ!)」

 今後についてを思案し始めた矢先。リーフルが突然翼を広げ、全身を使い敵の存在を叫んだ。

「──リーフル⁉ その感じ……」

「む……どうしたんだい?」

「リーフルちゃん?」

「リーフルが動揺してる。恐らく大型の魔物がこちらに向かって来るみたいです」

「大型⁉」

 俺の言葉に反応したロングが即座に索敵を始める。

「…………確かに。ほんの微かにですけど、嗅いだことの無い種類の臭いがここまで」

 リーフルと同じ対岸を向き、困惑した様子でハンマーを構えている。

「って事はブラックベアじゃない……? なら……」

「ああ、恐らくあいつだ。この辺りでブラックベア以外の大物となると、あの馬鹿力しか居ない」

「もぉ……まだお茶の途中なんだけど~」

 先程までは二人しか知覚出来なかった存在感が、植物が擦れる大きな音と、伝わる地響きによって鮮明になりつつある。

「──休憩は終わりだ! いいかいあんた達、あたしの前に出るんじゃないよ!」
 
「「了解!」」

 大地を踏みしめる四つの唸りが連続してその勢いを強める。

 対岸に立ち並ぶ木々が次々と粗暴になぎ倒れ、影に隠れたその圧倒的質量が姿を現わせる──。
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