創世戦争記

歩く姿は社畜

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バルタス王国編 〜騎士と楽園の章〜

準備運動

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 その日、世界中に激震が走った。
『イサーク・ブルゴス・カーヴェル卿とカーヴェル卿率いる〈赤銅騎士団〉の第一部隊が本日未明、行方不明となりました。城下街の住民によると⸺』
 机に頭がぶつかる鈍い音がした。
苏月スー・ユエ、起きて」
『…何だ』
 水晶盤越しにも分かる程に大きい音がしたが、苏月は気にしていない。
 キオネは水晶盤でカーヴェルの写真を送った。
「このよく肥えた人間が行方不明なんだって」
『…カーヴェルの奴か。それが何か?』
「この件の後ろに〈プロテア〉が居ると僕は思う。マダム・アネハルにも聞いてみたけど、その可能性が高いって」
 苏月は美しい陶磁器の湯呑みに薄い唇を当てて珈琲を口に含んだ。どうやら起きて話を聞こうとする意思はあるようだ。
「僕ね、やるなら徹底的にやりたいんだ。君はどう思う?組織として活動を禁止した矢先にこれだよ」
 苏月は少しむせた。
『徹底的にって…これ、貴様の余興遊びじゃないのか…』
「ちょっと!僕は何でも楽しみながらやるけど、全部全力だよ?」
 キオネは頬を膨らませて言った。
「何が言いたいって、ルール違反をしたメンバーの中に、君の娘が居る可能性があるんだよ?」
 苏月は咳き込みながら言った。
『憶測で物事を語るな。可能性があるという事は逆もまた然りだ。一騎当千の奴がカーヴェル達を叩きのめしたかも知れない。実際、一週間程前に十二神将が加入したではないか』
「あれ、君は意外と十二神将の加入に肯定的?」
 苏月は細い顎に手を当てて考え込むが、やがて眉をぐっと寄せて答えた。
『肯定はしない。だがこれは戦争とビジネスの話だ。使える物は全て使うよ』
「ビジネス?」
『戦争が始まれば武器商はこぞって武器を売りに来る。そして我々は徴兵すると同時に兵糧も集めなければいけない。出費は減らすに越した事は無かろう。奴らがどの程度使えるのか、暫く泳がせてみよう。使えないのならば消してしまえば良い』
 水晶盤の向こうの彼はそう言ってもう一度湯呑みに唇を当てる。
 普段は氷のように硬く冷たい顔の彼が、形の良い眉をぐっと寄せて珈琲を頑張って飲んでいるのは、他にも良くない事が起きているからだろう。そしてその良く無い事は大体三つ程に絞られる。一つは後宮のいざこざで、過去には戦争にまで発展した物がある。二つ目はエルフの国ソレアイアとの領土問題。そして最後に本家との喧嘩。キオネが耳にしたのは本家との喧嘩の方だ。
「苦いの嫌いなのに頑張って珈琲飲むのは、本家とのいざこざで忙しいから?聞いたよ。本家の長老を宮殿の階段から突き落としたって」
 苏月の血のように赤い瞳が不機嫌そうに細められる。
(こんなに感情を出すなんて、やっぱり本家は彼の地雷を踏んだようだね)
 苏月は湯呑みを置いてキオネを真っ直ぐ見据えた。
『十二神将達は真っ先に貴様の元へ向かうだろう。その時に頼みがある』
「…大体は想像出来たけど、聞こうか」

 アレン達はスラム街跡を抜けて岩場にある地下道を通って地下街へ入った。
「構成員はあのダンスホールに身を寄せてる筈よ」
 地下街は巨大な鍾乳洞の内部に造られ、中心部は石造りの建物が建ち並び、中心部から離れる程ボロボロの天幕が建ち並ぶ。ダンスホールは街の中で最も大きい石造りの建物だ。
「兄貴は知らないかもだけど、この地下街は騎士団に迫害された貧民や浮浪者、退役軍人やベアガルの代で没落した貴族が集まるんだ」
「…上手く懐柔出来れば、一気に戦力の元が出来上がるな」
 パカフとフレデリカから話を聞きながらダンスホールのロビーに入ると、美凛メイリンとアーサーが駆け寄って来た。
「アレン、ファーティマとサーリヤが出掛けちゃった!」
「出掛けた?あの二人なら大丈夫じゃないの?」
 美凛はぶんぶんと首を振った。
「逮捕された五十人を救出しにお城へ向かっちゃった!お城は黒いでっかい奴らがいっぱい居るのに!」
 アレンはフレデリカの方を向いた。
「それって〈大帝の深淵〉だよな」
「そうでしょうね」
 二人の前で深刻そうな顔をする美凛にアーサーが声を掛けた。
「…つまり、美凛はそんな危険な城に乗り込んだ経験があるのか」
「ギクゥッ!?」
 アーサーは美凛を担ぎ上げると、アレンとフレデリカですらゾッとするような笑顔で言った。
「ちょっとこの餓鬼ガキ借りるぞ」
「あ、ああ…」
 必死の抵抗も虚しく、美凛はアーサーに連行されて行った。
「何でアーサーはあんなに怒ってるんだ…?」
「あの子に何かあったらアーサーの首が飛ぶからだよ…」
「美凛は弱くないだろう」
 フレデリカは頷いた。
「弱くはないけど、あの子は生い立ちとかが複雑だからね…色々あって親が過保護なんだ」
 アレンは心の片隅でアーサーと美凛を気にしながら水晶盤を開き、〈プロテア〉専用のチャットで幹部をダンスホールのロビーへ集合させた。
(戦力を底上げすれば、アーサーの心配も減るんじゃないかな)
 アレンは水晶盤を仕舞って大剣を魔法で取り出した。
「アレン、城に行くつもり?」
「いや、先ずは幹部連中がどの程度戦えるのか確かめたい。広々した場所…出来れば派手に暴れても良さげな場所はあるかな」
「ダンスホールの前に広場があるけど、以前コンラッドと除霊師が大喧嘩しても問題無かったよ」
「何でそんな凄いのが地下にあるんだよ…」
「それは私も知りたいわね」
 永い時を生きたババァでも分からないという事に衝撃を受けながらアレンは軽く準備運動を始める。
「フレデリカも準備運動しといたらどうだ?」
「私?何でさ」
「何で自分が対象外だと思うよ…ほらパカフを見てみろ、あいつ自主的に準備運動してるぞ」
 パカフは細く痩せた脚を目一杯に広げて前屈している。
 アレンからじっとりとした目で睨まれたフレデリカは頬を膨らませて開脚した。
「…嘘でしょ、それだけ?」
「あ、脚をこれ以上開いたら見えちゃうじゃない!」
 アレンは「ああ」とだけ言って場所を変えるが、フレデリカの脚はそれ以上開かないし前に倒れない。
「マジかよ…固すぎ…」
 アレンはグリーヴを脱いで靴下だけになると、開脚してフレデリカの脚を開かせて引っ張る。
「にぎゃぁぁぁぁぁ!」
「固いけど、意外と開くじゃねぇか。何でサボってたのさ」
「は、恥ずかしいから後ろからにして!」
「お前サボるだろ」
「サボんないから!」
「はいはい分かったよ…後ろからね」
 アレンはコートを脱いで胸当てを外すと、フレデリカの肩に手を置いてもたれた。
「もうちょっと行けそうだな」
 そう言ってフレデリカの背中にもたれるように体重を掛ける。その行動にフレデリカは思わずドキリとした。
(え、待って、胸当たってる!?)
 普段は服の皺などで分からないアレンの身体が服をたった何枚か挟んだその先にある。
 フレデリカは心拍数が上がったことがバレないか心配だったが、アレンはパカフと何か話している。
「歳は十三だっけ。人間の男なら成長期だよな。構成員になったから以前より良い飯が食える筈だし、お前はもう少し食った方が良いよ」
「兄貴のおすすめの食べ物って何だ?」
「俺のおすすめ?プロテイン」
 フレデリカは思わず不満げに顔を膨らませた。自分はアレンの胸が当たっている事にドキドキしているのに、何故この男の脈は変化が無いのだろう。
(悔しい…何で私ばっかりこんな掻き乱されて、こいつだけ変化が無いのよ!)
 フレデリカはアレンに押されていた身体を起こした。
「…もう良いでしょ」
「…?お前が良いって言うんなら良いけど。怪我しても知らないぞ」
 ロビーに幹部連中が凄まじい形相で身体を解しながら入って来る。
「何か、皆ガチって顔してるわね…」
「俺を殺す気で掛かって来いって送った。チャット見てない?」
 フレデリカは慌てて水晶盤を確認した。
『手段は問わない。俺を殺すつもりで掛かって来い』
「…アレン、もう一回背中押して?」
「やだよ。何かお前、心臓が煩くてキモかった」
 防具を着けながらそう言うアレンにフレデリカは魔法で杖を取り出した。
「…この餓鬼、先鋒は私がやってやるわよ!ツラ貸しやがれ!」
「お前は復活無しで。そんなのされたら終らないし、他の人の順番があるからね」
「上等だわ!」
 パカフはそんな二人を見て肩を竦める。
「やれやれ、仲が良いんだか悪いんだか」
 ど突き合いながら出て行く二人に苦笑しながら、全員が外へ出て行く。強くなって望みを叶える為に、手段やリーダーは選んではいられない。例え卑怯な手を使う事になっても、彼らは望みを叶える為に進む。
 誰かが爆弾を手に取り、導火線に火をつけた。
「殺るぞ!」
 誰がそう言ったのかは分からない。全員が言ったのかも知れない。扉が開かれ、彼らは倫理も何もかもを無視して戦いを挑んだ。まるで帝国への憎しみをアレンに向けるかのように。
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