創世戦争記

歩く姿は社畜

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創世戦争編 〜箱庭の主〜

ミレトクレタ侵攻作戦

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 その一週間後、アレン達はロマーノ子爵に背中を任せて西のミレトクレタ石柱群へ向かった。
「にしても親切ね。騎士団の半分を貸してくれるなんて」
 ロマーノ家に仕える十の騎士団の内、五つをミレトクレタ侵攻作戦に貸してくれたのだ。かなり無頓着な性格をしているとはいえ、余りにも親切すぎる。
「公国軍相手に勝てると考えてるんだろう。頼もしい味方だよ」
 ロマナースにはレオカディオ率いるザロ戦士団と〈プロテア〉の精鋭が半数残っていて、公国軍を止めるには恐らく充分な戦力だ。
「お陰で安心して進める」
 そう言って前を見ると、現在地より標高が低くなっている場所に巨大な石柱群と、その前に陣取る苏安軍が見える。苏安皇軍は鶴翼の陣(鶴が翼を広げたような陣形)を使っており、何処の軍隊かは分からないが敵と戦っている。
「騎馬隊を楔形の隊列にして先頭に並べろ。右翼はメリューン騎士団、左翼は〈プロテア〉の槍兵、歩兵と〈狩人〉は後ろだ!」
 アレンは騎馬隊の先頭に馬で並ぶと、全軍に号令を出す。
「苏安軍の陣形を利用して包囲する。苏安皇軍の両翼は敵を挟撃出来る筈だ。俺に続け!」
 砂で柔らかい地面を蹄が蹴る。砂を撒き散らしながら坂を降って敵の背後を突くと、敵は一瞬で混乱に陥った。
 アレンは馬上で大剣クレイモアを振りながら敵を観察した。
(この顔と装備、苏安人か)
 彫りの浅い顔に、黄色い肌。将軍格の者達とは違って守備より機動力を重視した鎧。間違いない。
「奴だ、半魔人だ!」
「殺せ殺せ!」
 皇軍を襲っている敵軍はアレンに気付くと声を荒らげる。その眼付は異様にギラついていて、正気ではないことを感じさせた。殺らなければ、殺られるのはこちらだ。
「…せめて、苦しまないようにしてやる」
 一振り、一振りと振るごとに、哀れな苏安人の手脚や首が、赤黒い血飛沫と共に宙を舞う。その血飛沫は白い砂を絵の具のように染めた。
 しかし剣の軌跡は鋭く軽やかに舞うが、気分はどんどん重たくなる。アレンのルーツは苏安にもある。同じルーツの者を殺すのは気が進まない。それは迎撃している苏安皇軍も同じだ。歴戦の戦士でもある彼らが、顔を引き攣らせながら戦っている。
(アーサー、月さん。俺あんた達のルーツの人達を殺してるよ)
 断末魔が耳に残る。その断末魔には、アレン個人に向けた理不尽極まりない怨嗟も多かった。理不尽だと分かっていても、その言葉はリサリアの戦いが見せる幻想のようにアレンに絡み付く。
(…剣が、重い)
 アーサーが今の自分を見たら何と言うだろう。怒るだろうか。
 苏月はアーサーに、英雄王と呼ばれたかもしれないと言っていた。しかしその甥である自分は?英雄になりたいと望んだ事は無い。だが、人を斬る事の何と苦しい事か。
 アレンはそれでも剣を振る。青い髪も白い肌も、血で赤く汚れている。
 軍鼓が響き、皇軍の陣形が動き始める。皇軍の者達も、冷たい顔の下に罪悪感を押し殺していた。罪悪感を感じているのはアレンだけではない。今は悔いるのではなく、戦う時だ。
 敵軍が完全に包囲され、潰れるように蹂躙されていく。石柱群の前には死体が次々と積み上がり、あっという間に敵は鎮圧された。
「…アレン、連合側の死傷者は少ないわ」
 フレデリカはアレンの左側に立って言った。
「ああ」
「的確な指揮だった。味方への被害は少ないし、皇軍もそう」
 それが精一杯の慰めだ。脳天気なフレデリカでも、それ以上の慰めの言葉を見付けられない。
 重たい沈黙が二人を圧し潰す。死体から使えそうな物を回収したり生存者の確認をしたりしている音は本来騒がしい筈だが、その音が遠くに感じる。
 その時だった。
「…アレン将軍?」
 やって来たのは思薺スーチー将軍だった。
「思薺さん、無事だったんだ」
「ええ、貴方も無事だったんですね」
 アレンは下に転がる死体を見て問うた。
「こいつらは?」
「苏安も分裂を起こしましてね。クテシアほど派手ではありませんが…魔人絡みですな」
 苏安もまた、帝国によって脅かされた国だ。苏月や思薺が活躍した内戦も、その後の来儀ライイー皇太子暗殺も、結局は魔人や帝国絡みだった。
「…しかし様子がおかしいのです」
「あの眼付き、只事じゃなかったな。フレデリカの考察では、誰かさんが負の感情を煽ったそうだ」
「誰かさん、ねぇ?」
 思薺はアレンをちらりと見上げた。
「貴方はその誰かさんの子供だと聞きましたけど、何か感じます?」
 アレンは自分の掌を見た。傷が幾つも残っている掌は、もう闇に由来する力を使えない。アリシアによって全て取り除かれたのだ。
「…いいや。何も感じない。皇帝の気配も、俺の中に流れてた筈の奴の魔力も」
「…そうですかい」
 思薺は死体を一つ、八つ当たりするかのように蹴った。
「アレン殿、私も魔人が憎くて憎くて仕方がない。あいつらさえ攻撃してこなきゃ、陛下が内戦で手酷い拷問を受けて人格が変わる事も、私達が同族同士で殺し合うことも、罪も無い皇子が死ぬ事も無かった」
 それはアレンに向けられたものではない。殿を努めた苏月を守れなかった、内戦で同族を殺した、皇子を守れなかった己の弱さと醜さへの憎悪だ。
「…思薺さん、ツケは払う」
「それ、貴方の責任じゃないでしょ」
「戦犯が消えたら、その子がツケを払うのが世の道理だ。俺はアルヴァの王とかいう肩書と連合の最高司令官という肩書の他に、皇帝の子という非公式の肩書もある」
 思薺は口を半開きにした。殆どの場合、親の罪は子の罪となる。その最たる例が魏梓涵ウェイ・ズーハンだ。しかし、それは『正しい』のだろうか。
 思薺は何も言い返せない。魏家を戦犯に追い込んだのは、他でも無い勝者である自分達だからだ。
 その時、フレデリカが口を開く。
「あんたのせいにさせやしない」
 その声は凛と戦場の空気を揺らす。決して大きくはないが、その声はアレンの心を先日の大地震のように揺らした。それでもアレンは問う。問えば、縋る解を得られるのではないか。
「じゃあ誰がこの戦争の尻を拭うんだ?」
 フレデリカはアレンの手を握った。縋りたいのは、フレデリカも同じだ。フレデリカは独りになりたくないし、アレンを独りにしたくない。
「抜け道を探す。それでも駄目なら、私も一緒に背負うよ」
 思薺はその遣り取りに目元を柔らかく細める。前線を退いた主君も、戦犯とされる筈だった赤子を庇って責任を回避させた。
「…きっと、出来ますよ」
 アレンとフレデリカに向かって思薺はそう言った。
「私らの世代が着けるべきカタを貴方達に託すような形になるのは心苦しいですが…私達は全力で手助けします」
「ありがとう、助かるよ」
 思薺に礼を言うと、アレンは石柱群を見上げた。その石柱群の間を風と何かの鳴き声が流れてくる。バシリスクだろうか。
(バシリスクの近くにあいつが居るはず)
「…美凛の力も必要なんだ。あいつは何処に居る?」
 思薺は石柱群を指差した。
「公主様は石柱群の中でバシリスクを抑えています」
「一人でか?」
「ええ。しかし公主様も多少は〈厄災〉を使役出来ますので、有利に立ち回ってはいるようです」
 その時、轟音と共に砂煙を上げて石柱の一つが倒れる。石柱郡の上を巨大な鳥が飛んでいる。
「あれが…バシリスク!?」
 巨体に、蛇の尻尾。その尻尾の先端にある頭は口から酸の液を吐き出している。
 その化物は恐ろしい叫び声を上げながら上空を舞っている。その化物がこっちへ来ないよう誘導しているのは美凛だ。
「フレデリカ、アイユーブ、行くぞ!」
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