創世戦争記

歩く姿は社畜

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創世戦争編 〜箱庭の主〜

全てを壊せ

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 アレン達は石柱の上を跳びながら移動する美凛を追って走った。
「おーい、美凛!」
 石柱は天高くそびえるが、石でできているだけあって、アレンの低い声でもよく響く。
「あ、皆!」
 美凛は結界を張ってバシリスクの動きを妨害すると降りて来た。
「あの結界、保つのか?」
「アレンの結界程じゃないけど、そこそこ耐えれるよ」
 美凛はそう言うと、再会を喜ぶように全員に抱き着いた。その美凛からは少し血の匂いがする。
「おい怪我してないか?」
 アイユーブが心配そうに美凛を見た。
「ちょっぴりね。石の破片で脚を切っちゃった」
 筋肉質な太腿に切り傷がある。美凛は軽い感じのノリで言ったが、決して軽い怪我ではない。
「…この場に月さんが居なくて良かった」
 アレンの言葉にアイユーブとフレデリカが頷く。
「激おこの月さんを相手にするくらいなら、一人でバシリスクの相手する方がマシかも」
「んね。誰の手にも負えなくなってたかも」
(あの人マジのバケモンかよ)
  余りの言い草に呆れていると、美凛は問うた。
「…父上はお元気?」
 アレンは車椅子を魔改造したり、孫の面倒を見ながらヌールハーンと何か変な物を造っている彼を思い出す。
「ヌールハーンの研究開発に付き合わされるだけの元気はありそうだよ」
「良かった良かった!母上とヤン叔父上、それから韓宇ハン・ユー叔父上、すっごく心配してたの」
 はぐれてしまったのだから、仕方が無い。アレンはそう言うと美凛に問うた。
「ロマナースより西のミレトクレタに向かった理由を聞いても良いか?」
「ロマーノ領なら安全だと思ったの。だからロマナースより帝都にちょっとは近いミレトクレタに布陣しようって話になったんだけど…この前の地震の前くらいからバシリスクがちょっかい掛けてきてね」
 ミレトクレタにバシリスクが居る事は事前に知っていたらしい。そして、バシリスクがミレトクレタ石柱群に足を踏み入れた者以外に興味を示さない事も。
「恐らく、皇帝の指示よ。李恩リーエンの器が居ると教えたのかも」
 アイユーブが思い出したようにああと言う。
「そっか、下衆過ぎて忘れてたけど、皇帝の身体はアレッサンドロの物なのか。それだったら共鳴を使って位置を知れる訳だ」
 アレンはあの羅針盤コンパスを取り出した。
「これ、共鳴を利用した装置だ。月さんとヌールハーンの手作り。デコレーションは昕玥シンユェちゃん」
「おー、この色使い、流石だね!」
 羅針盤に嵌め込まれた水晶に、バシリスクの位置も表示されている。そのバシリスクの位置は、殆ど変わっていない。
「バシリスクの奴、俺達を狙ってるのか?」
 石柱の根本で話しているアレン達を殺そうと、結界に体当たりを繰り返している。
「んー、さっき思いつく限りの汚い悪口で散々罵倒したからね。母上から教えてもらったの。聞きたい?」
 結界に亀裂が走る。
「…後でお説教な。走れ!」
 アレンが叫んだ瞬間、美凛の結界が派手な音を立てて割れた。
「ギシャァァァ!」
 石柱を両翼で砕きながら羽撃くバシリスクの嘴が迫る。
「バシリスクの目を見るな、石化する!」
 バシリスクの強さは、前方と後方への守りが強いところにある。正面から挑めば石化させられ、後ろから挑めば酸の息で溶かされる。
「横、横から殺るよ!」
 フレデリカがそう言うが、バシリスクの守備派前と後ろだけじゃない。
「横って、翼が邪魔なんだけど!」
 ヨルム程の巨体ではないにしろ、羽撃きの回数はヨルムを上回る。近付くには上からしかない。
 アレンはフレデリカに言う。
「俺をバシリスクの上に連れて行ってくれ!アイユーブは尻尾を頼む!」
「分かった!」
「あいよ!」
 指示をてきぱきと出すと、アレンは怒鳴った。
「やい鳥頭!あんたの砂肝調理してやる!」
 程度の低い挑発だが、鳥頭を煽るには充分だったらしい。狙いが美凛からフレデリカに変わると、バシリスクはフレデリカを追い始める。
美凛が怒鳴る。
「ちょっと、私は!?ねえったら!おーい!」
 フレデリカがアレンを上空へ運び、アイユーブが石柱にシャムシールを突き立てて舞うように後を追う。
 唯独り置き去りにされた美凛は地団駄を踏んだ。
(もう二十五歳。身体も大人なのに、まだ私を子供扱いするの?)
 同い年で弟分みたいな存在のアイユーブも、今は鳥頭を追い掛けている。士官学校に居た頃はアイユーブと美凛、ゼオルとサーリヤで悪童四天王として教官達を揶揄っては廊下に立たされていたのに。今は独り、迷子の子供のように取り残されてしまっている。
『私の側を離れて危ない事をするんじゃない』
『あまり庭園の池の周りを走り回らないで。危ないわよ』
 来儀ライイーを亡くしてから家出するまで過保護だった両親の声。
『美凛は俺が守らないと。叔父上と叔母上の宝物なんだから。俺にとっても、誰にとっても大切な存在なんだよ』
『俺と姉さんの母ちゃんは、姫は本来、真綿に包まれた真珠のように大切にされると言っていた。お前の周りは真綿じゃあないが、叔父貴達の大切な宝物だし、使える手段全部使って守らないと』
 従兄の社龍シャ・ロンと亡きアーサーの声。
 彼らは皆、美凛を宝と言った。美凛を守る為に腕の立つ者達を護衛にしたりもした。しかし、彼らは美凛にとっても宝だ。
(皆と自分を守る為に、武術も習って士官学校に行って…)
 来儀が死んでから、美凛は達人でもある苏月から武術を習った。暴漢から見を守る為の護身術ではなく、戦場で培われた『人を効率良く殺す方法』としての武術だ。
『何故動かない?お前は強い』
 李恩の声がする。それに美凛は深呼吸すると笑って返した。
「…ふぅ、頭にきちゃって。感情が昂り過ぎると、頭痛になっちゃうから」
 李恩は何も言わなかった。しかし、美凛の中でもう一つの声がする。
『…殺せ、あのギャアギャア煩いイカれた鳥野郎を殺せ。あの青モフ達の中にある、お前への固定概念も壊すんだ。お前なら簡単だろ?』
 その口調は軽薄だが、声は知っている。
(父上の声…じゃあこの声は、破壊神?)
 そうだ、自分の中には李恩だけでなく、その辺で苏月が拾った破壊神ネベの血も流れている。その血を使ってバシリスクの動きを鈍らせていたから、今まで無事だったのだ。
「…そうだね。やってやろうじゃん」
 純粋無垢で究極の破壊と暴力を思い描く。拳で、脚で敵を砕く。或いは父のように、舞うように鎖で敵の四肢を絡めとった後に引き千切るか、叩き潰す。
「あの鳥野郎の砂肝…」
 舞蘭ウーランが刃を入れて裁き、最終的に食卓に並ぶ絶品の数々。
「私が調理してやる」
 教養の高い女は料理も出来る。舞蘭は言った。
『鶏肉はしっかり火を通す』
「鶏肉はしっかり火を通す!」
 筋肉質な脚が地面を蹴り、腕を伸ばすと父のものと同じ鎖が伸びる。
 細くて何処か頼りないその鎖は石柱に絡み着くと、美凛とアイユーブの居理を一気に詰める。
「えっ、美凛!?」
「私もやるよ!」
「危ないだろ!」
 美凛は眉を吊り上げた。
「んもっ!アイユーブまで私を子供扱いする!私はお姉ちゃんだぞ!」
 前方でアレンも何か怒鳴っているが、恐らく大した事じゃない。
「あーあー!聞こえないー!悪童四天王が一人、お団子美凛!参上だよ!アイユーブ、蛇の頭尻尾は切ったら回収してね。私があいつの身体を壊すから、アレンは鳥をシメて。そして私が砂肝を回収する」
「…回収してどうするの」
 アレンとアイユーブ、フレデリカの声が重なる。それに美凛は八重歯を見せて笑った。
「決まってるでしょ。砂肝は塩と胡椒で炭火焼きにして、尻尾は蛇酒にするの!」
 美凛の赤い目が一段と輝く。
「帝都決戦の前哨戦と、前夜祭だよ!メインディッシュは砂肝だ!」
 固定概念も、敵も、全て打ち砕く。美凛は遂に、最も破壊に特化した〈英雄〉の器として覚醒したのだ。
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