巡り会い、繋ぐ縁

Emi 松原

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縁を切る勇気

「もばっ、翼!! 翼はチョコレートパイを食べたことがあるもばか? モバはこの前、憲和に食べさせてもらったもばけど、とても美味しかったもば!! 今度翼も一緒に食べに行くもばよ!!」
 緑風堂の中で、元気いっぱいに言うモバに対して、翼は苦笑した。清一から、また黒いオーラが出ているので、肯定しては不味いと思ったのだ。
 山の神、山そのものでありながら、ヒトの味を覚えてしまっているモバ。清一は食べさせるものを選んでいるらしいのだが、憲和神が与えてしまうのだ。それでも必要な時には必ず憲和神にモバを預けているのだから、やはり憲和神と清一には強い絆があるのだ。
「それで、翼くん。これに、玉沖神様が広仁様の方についている神々と話をしてくださった内容に、翼くんが、昨日利石会社の息子から聞いた情報も書いておいたよ。念のための注意喚起としてね」
「はい。ありがとうございます。駒猫さんのところと、キューピーさんのところですね」
「うん、よろしく頼むよ。駒猫くんのところは、立場を崩していないけれど、キューピーさんのところには、あやかしが沢山避難している。特に注意しないとね」
 清一の言葉に、翼は頷く。その姿を見て、清一がふっと笑った。
「翼くん、強くなったね。初めて出会った頃と、顔つきが全く違うよ」
「それは……モバと出会えて、清一さんと出会えて、清一さんがここで雇ってくれたからです。モバと、清一さんと、それから出会った皆さんが、僕が前に進める環境に置いてくれたからなんです」
 笑って言った翼に、清一が目を見開いた。モバは、意味は分かっていないようだが、翼が笑っているのが嬉しいようで、きゃっきゃと転がっている。
「じゃあ、早めに行ってきます!」
「あぁ、気をつけて。……翼くん、ありがとう」
 小さくお礼を言った清一の声は翼に聞こえておらず、翼は外に出た。

「なるほど。ではこのまま工事が止まれば丸く収まりますし、思いも寄らぬ工事がはじまる可能性もあるのですね」
 駒猫が、ふむふむと清一からの手紙を読みながら言った。そして翼に向けて笑う。
「翼さんがあの場所に行くと言ったときには本当に心配しましたが、とても良いご縁を繋いだようですね。主も喜んでいましたよ」
 駒猫の言葉に、翼も笑って返す。駒猫は、いつでも翼の話を聞き、後押しをしてくれた一人(匹)なのだから。
「あの場所での出会いが、僕の進みたい道を見つけるきっかけになりました。大学への編入のことをまとめたら、両親にも相談しようと思うんです。でも……」
 言葉を切った翼に、駒猫は首をかしげる。穏やかに、じっと続きを待つ駒猫に、翼はいつものように安心して言葉を続けた。
「今の大学の人と離れるのに、正直、寂しい気持ちもあるんです。特に、一緒に授業を受けていた人たちは。サークルの人にはそこまで思わないから、不思議なんですけど……。アルバイトは、もう辞めてしまいましたけど」
「そうですよね。一緒に勉強をしている方々ですもんね。でも、翼さん。一度繋がったご縁は、そう簡単に切れないんですよ」
 翼は駒猫をじっと見た。駒猫は、ふふっと笑っている。
「ヒトは、連絡を取らなくなったことを、縁が切れたと言うことがありますが、それは少し違います。縁自体は、ちゃんと繋がっているんですよ。そしてその縁はまた、いつ、どこで巡り会うか分かりません。これが巡り合わせです。翼さんが、久しぶりに会った友達もそうですよ。普段連絡をしないからと言って、縁が切れる訳ではないんです」
 駒猫の言葉に、翼は頷く。その様子を見て、駒猫は微笑んだ。
「ですが、己から切ることが必要なご縁も、時にはあります。翼さんにとっては、アルバイトが良い例ですね。自分の身を守ったり、心を守る為には、時にはそのご縁を断つ必要があるのです。そこから、学べることに気づけたのなら、それが大事なのですから」
「僕、昨日友達と話していて気づいたのですが、何故か、アルバイトを辞めることは悪いことだと思っていたんです。アルバイトを辞めた時には、きっと凄く追い詰められてて、勢いで辞めてしまったんですけれど……」
 駒猫が、頷いて答える。風が穏やかに、駒猫と翼の間を通り抜けていく。今日は少し、風が強い。
「ここに来るヒトたちにも時々いらっしゃるのですが、自分を苦しめていたり、自分にとって辛いだけの関係を、それでも続けようとされる方々です。それはヒトにとっての、義理や人情というものなのかもしれませんし、もっと他の理由があるかもしれません。ですが、ヒトとは、全てのご縁が、自分の幸せになるとは限らないのですよ。ご縁は大切にするものですし、そこから得るものも必ずあります。それでも、自分のことを大事にして幸せになる為には、ご縁を断つ勇気も必要なのです」
「縁を絶つ勇気……」
「はい。翼さんにとって、アルバイトとは、切る勇気が必要なご縁だったのですよ。そして、そこから翼さんは学ぶことができた。それが一番なのです。繋がるご縁の大切さを知り、時にはご縁を断つ必要も学んだ。だから翼さんは、正しく、真っ直ぐに進んでいくことができるはずです」
 駒猫の言葉に、翼は何故か泣きそうになった。自分は進める。そうハッキリと言って貰えたことが、本当に嬉しかったのだ。
「そういえば、山崎さんから、清一さんの過去のことも聞いたのですね」
 駒猫が、優しく、話題を変えるように言った。翼は慌てて目を拭って頷く。
「はい。その話を聞いたお陰で、僕の中で、色々と整理できたと思います。それに、清一さんが何者であろうと、僕を雇ってくれて、今の環境ができたことに変わりはありませんから。あっ、そうだ……。山崎さんたちや清一さんに聞こうと思っていても、他の大切な話で、まだ詳しく話せていないことがあるんですけれど……」
「おや、どんなことですか?」
「あの、広仁神社で出会った有美さんのことです。僕と同じ感覚を持っていて、メウたちのことが光で見えていたり、山の怒りを感じたりもしているんです。それなのに、あのモヤの影響を受けていなくて。それどころか、有美さんといると、モヤの影響を受けない気がするんです。僕もそうでしたけれど、敏感な人ほど、あのモヤの影響を受けると思うんです。それなのに……」
「ふむふむ。その有美さんという方は、そのモヤを跳ね飛ばす、生きるパワーを持っているのかもしれませんね」
 よく分からなくて、首をかしげた翼に、駒猫は少し楽しそうに笑う。
「ヒトは、体調が悪ければ、思うように動くことができません。体も、心もです。あのモヤは、まず体調に不調があるヒトが、強く影響を受けてしまいます。自分を守るだけの力が、体調が不調のせいで出せないのです。翼さんもそうでしたね。モヤの影響が強いせいで、体調に不調がない方々にも影響が出ました。そして、そういうものに敏感な方々ですが、敏感な方々は、影響を受けやすいですが、同時に、そのパワーで、跳ね返す力もあるのですよ」
 不思議そうな翼を見て、駒猫はまたふふふと笑う。
「普段からそういうものに敏感な方々は、ある程度を自分で防ぐ力を自然と身につけています。それプラス、その有美さんという方は、自分のやりたいことを真っ直ぐに行い、神々に手を合わせて自分と向き合い、ご縁もある方のように見えます。そして、自然を大切にして、木霊たちに好かれている。その、いわゆる正の生きるパワーが、周りの瘴気を、無意識に浄化してしまっているのでしょう」
「無意識に浄化……。だから、有美さんといると、モヤの影響が軽くなるんですね」
「勿論、その有美さんと、良い関係を作れているからこそ、浄化されていることを感じるんだと思いますよ。そしてきっとそれは、有美さんだけではないはずです。広仁神社の為に集まっている方々も、あの場所に訪れている方々も。その心があるから、瘴気を浄化できるのです。そんな方々が集まったら……」
 駒猫の言葉に、翼が力強く頷く。
「はい。みんなの声が、広仁様に届けば……。でも、具体的にどうやったら……」
 翼がそう言った時、強い風が吹き抜けた。翼の髪の毛と、駒猫の毛がぶわっと広がる。

《カラン》

 何かが落ちた音がして、翼と駒猫が同時に振り返った。そこは、神社の隣にある、絵馬をかけて奉納する場所だった。今の風で、いくつか絵馬が落ちてしまっている。
「あ、拾ってかけ直してきます」
 翼はそう言うと、立ち上がって歩いて行き、絵馬を拾うと、かけ直す。その中に、《金》と大きな字で書いてあるものがあり、思わず笑ってしまった。駒猫の元に戻ると、駒猫も笑っている。
「面白いでしょう? あそこまで真っ直ぐに書かれると、邪な願いとは思えなくて」
 楽しそうに笑う駒猫。
「絵馬とは、色々形を変えてきましたが、現代では、願い事や祈願の想いを込めることが一般的になりましたね。神々へ伝える媒体でもあります。そしてそれ以上に、絵馬に願いを書くことで、自分自身と向き合うことも大事なのですよ。ふふっ、あれだけ大きくお金と書く子ですから、将来大物になりそうです」
 楽しそうにしている駒猫だが、翼は、駒猫の別の言葉が気になった。
「神々へ伝える媒体……。絵馬に願い事を書くと、神様が読むんですか?」
「えぇ、神々の手に絵馬が直接渡る訳ではありませんが、神々がその願いに目を向けるきっかけとなりますよ」
 翼は、自分がお正月に絵馬を書いていたことを思い出した。祖母と一緒に書いたのだ。神様に届きますように、そう言いながら、祖母と一緒につるして奉納した。
「僕も、ばぁちゃんと書いてました。あの頃なんて書いていたか、忘れてしまいましたが……凄く、楽しかった記憶があります」
「翼さんのお婆さまも、神々の意味を理解し、真っ直ぐに生きている方でしたから。神々は、なんでも願いを叶えられる魔法使いではありません。見守り、手を差し伸べ、導くことしかできないのです。そして、それにヒトが気がつき、受け入れるかどうかなのです。そういう意味で絵馬は、神々とヒトを結ぶ役割もあるのかもしれませんね」
「神とヒトを、結ぶ……。あのっ、駒猫さん、ありがとうございます!! 僕、何か思いついた気がします!! まだ、自分でも上手く言葉にできないのですが……」
 勢いよく立ち上がって、駒猫に頭を下げた翼を見て、駒猫は一瞬驚いた顔をしたが、今まで一番楽しそうに笑った。
「どういたしまして。翼さん、忘れないでください。色んな方との、こういう些細な会話が、神々からのヒントだったりするんですよ。それを真っ直ぐに受け取れることは素晴らしいことなのです」
 駒猫の言葉に、翼は笑って頷いたのだった。

※※※

「おーい。いつもの。お? 今日は泥団子のガキはいねぇのか」
「もばっ!! 憲和!! 何か美味しいものを持ってきたもばか?」
 緑風堂に入ってきた憲和神に、モバが勢いよく飛びついた。憲和神は手慣れた様子で、モバをキャッチする。
「あぁ、憲和。いつものね……。翼くんは、お使いに行ったよ……」
「あ? なんだ、そんなしけた面しやがって」
 憲和神の言葉に、清一は苦笑すると、憲和神に袋を手渡す。
「翼くんに、感謝されたんだ」
「おめぇがヒトに感謝されるなんて、初めてのことじゃねぇだろ」
「うん。でも……。ヒトが僕たちに気がつくことが少なくなったせいもあったのかな。僕はとても昔のように、ヒトが嫌いだっていう気持ちの方が、大きくなっていたのかもしれない。今回、モバの山を穢されて、もうそろそろヒトを滅ぼしても良いんじゃないかとすら思った。だけれど、あの真っ直ぐな瞳を見たら……。僕は、やっぱり、ヒトを嫌いになりきれないんだと思ったよ」
「そうか。そりゃあ良かったな」
 憲和神はそう言うと、腕の中できゃっきゃとはしゃいでいるモバを揺らす。
「モバが好いたヒトだ。それなりの何かがあったんだろうよ」
 考え込むような顔をしている清一に、憲和神が続けて言う。清一は、軽く笑って頷いた。
「そうだね。モバのことがハッキリと見えて、モバに好かれたヒトだ。それは、何もかもを受け入れる山に、さらに好かれているということだ。……何より、僕に必要なご縁だったのかもしれないね」
「もばっ!! 翼は、モバのおやつを運んでくれたもばよ!!」
 モバのキラキラとした無垢な笑顔に、清一と憲和神は微笑んだのだった。
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