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一時期の安息
「なるほどぉ。このまま何事もなく終われば良いって感じぃ? 私たちのところもぉ、あやかしがいっぱい避難しているからぁ。早くなんとかなれば良いんだけどねぇ」
相変わらず翼の前に、大量のフルーツと大きなフルーツジュースを置いたキューピーが、手紙を読んだ後に言った。そして、少しため息をつく。
「私自身はぁ、そもそもこの国のあやかしじゃないしぃ、これでも上位のあやかしだからぁ、何も影響を受けないんだけどねぇ。でもぉ、やっぱり、モバちゃんの山の自然神たちが怒ってたらぁ、感化されちゃうのよぉ。それだけ、私はここが好きになっちゃっているのねぇって感じぃ?」
翼は頷きながら、必死にフルーツを口に入れる。どうしても残すと悪いと思ってしまうのだ。
「私ぃ、一つの場所に、こんなに留まったことないのよねぇ。しかも、言い方を悪くしたらぁ、世界に沢山ある山の一つよぉ? それでも、私ぃ、ここが好きなのよねぇ。モバちゃんが、全てを受け入れているって感じでぇ。それこそぉ、神もあやかしも、ヒトもよぉ。世界には沢山、山はあるけれどぉ。全ての山が、こんな風に、全てを受け入れてくれる訳じゃないのよぉ?」
「そうなんですか? 僕はこの周りの山しか行ったことがないので分からないですが、やっぱりそこに住む山の神様によって違うんですかね」
「そうねぇ。場所によってはぁ、自然神以外の神ですらぁ、入れるのを嫌がる山だってあるのよぉ? 勿論、あやかしなんてもってのほかって感じぃ。そういうところはぁ、ヒトが入るのも嫌うからぁ。ヒトも察するものがあるんでしょうねぇ。畏怖の対象となってる場所もあったりねぇ」
「なるほど……。そういう、山や自然の伝承からヒトの関わりを調べてみても面白そうですね」
大きなフルーツジュースを一生懸命手前に引き寄せながら、翼が頷いた。その姿を見て、キューピーが楽しそうに笑う。
「あらぁ。翼ちゃん、本当に学ぶことが楽しくなっちゃってるのねぇ。ここに初めて来たときと違ってぇ、格好いいわよぉ!!」
キューピーの言葉に、翼は照れるのを隠すようにフルーツジュースに口をつける。
「それでぇ。とあるあやかしが見たって言ってたんだけどぉ。最近、いつも同じ女の子と一緒にいるらしいじゃなぁーい? しかもその子も、感覚が鋭いって、そのあやかしが言ってたわよぉ? 見えてはないけれど、感じているだろうってぇ。なにぃ? いつの間に、そんないい人ができちゃったのぉ?」
面白そうに言ったキューピーの言葉に、翼はフルーツジュースを吹き出しそうになったが、なんとか耐える。
「なっ、なっ、そんなんじゃないです!! 有美さんは、本当に良い人ですし、同じものを感じたりしますけどっ……そんな関係じゃ……」
「あはは!! 真っ赤になっちゃってぇ、かーわいいっ!! 私たちあやかしはぁ、玉沖ちゃんや駒猫ちゃんみたいにぃ、ご縁がどうこうってあんまり感じないんだけれどぉ。でもぉ。そうやって、同じ感性を持ってる子と出会って、仲良くなるってぇ、ヒトの短い人生で少ないと思うからぁ。思いっきり楽しめば良いわよぉ」
楽しそうに笑うキューピーに、翼は考え込むような顔をして、またフルーツを手に取る。
「ヒトの短い人生……。そうですよね。キューピーさんにとっても、神様たちも、メウも、それこそモバにとっても……。人の寿命って凄く短いんですよね……。僕、人はいつか必ず死ぬってちゃんと分かっているんですけれど、なんだか、自分にその時が来るのが想像できないというか……。ばぁちゃんを見ているから、人の死自体は、実感しているはずなのに」
「ヒトは、簡単に死んじゃうからねぇ。病気にもなりやすいしぃ、事故に遭うことだってあるしぃ。……自ら、命を捨ててしまうこともあるしねぇ……」
キューピーが、今までに見せたことのない顔で、少し微笑んだ。
「私たちにとってはぁ。自分で自分の命を捨てるというのがぁ、分からないのよぉ。私たちから見たらぁ、とても短い距離の道を歩いててぇ、その道の途中で、ちょっとトラブっただけって思っちゃうのよぉ。道は一つじゃないしぃ、どんな道を歩いても良いのに、そこで終わっちゃうのぉって」
翼は、食べる手を止めて、キューピーを見た。キューピーが他の神々と違うのが、こうして、人に対して自分の意思をハッキリと持っていることかもしれない。玉沖神などの神々は、まず全てを受け入れ、困っていれば手を貸し、なんとか良い方向に進めるように手助けしようとしてくれるイメージだが、あやかしのキューピーにとって、それは仕事ではないし、やることでもないのだ。
「僕は……追い詰められる気持ちは、今なら少し分かってしまいます。ここに帰ってくる前の僕は、ボロボロで……。もしあの時、友人からのメッセージを見て、帰りたいという自分の気持ちに素直になって、帰って来なかったら……。逃げるとか、他の道があるとか、こうして元気になった今なら分かるのに、あの時は何も考えられなかったんです」
「真面目なのよね、ヒトって。道が沢山あって、好きな道を歩いて生きて良いって感じてないっていうかぁ。それを考えたらぁ、この利石会社の息子さんだってそうだと思うわぁ」
「えっ、あいつがですか?」
驚いて、思わず少し大きな声を出してしまった翼に、キューピーがウフフと笑う。
「ヒトのしがらみも、大変ねぇ。私から見たら、この息子さんも不思議よぉ? だって、一本の道しか見えてなくてぇ。それ以外の道を知らないしぃ、ましてや、それ以外の道に進むことをぉ、悪みたいだと思っているんでしょぉ? それってぇ、凄く勿体ないしぃ、ある意味では可哀想だと思うわぁ」
「それは、なんとなく分かりますけれど……。でも、あいつにとってはそれがきっと幸せなんだろうから……」
翼は自分で言いながらも、その言葉に自信が持てなかった。昔とすっかり変わってしまった利石会社の息子に対して、正直、嫌な感情しかない。だが、キューピーの可哀想だという言葉が引っかかる。
翼は、大学に入るとき、自分にはこの道しかないと思っていた。これこそが自分の求めている道で、輝かしい道だと。そして、壁にぶつかった。キューピーの言葉で言うと、道を歩いていたらトラブルに遭ったのだ。あの時、自分はどうしたら良いか分からなかった。トラブルを解決する方法も、逃げることも、他の道に移る方法も、何も思い浮かばなかった。この道を歩いていて、本当に良いのだろうかと心のどこかで思っているのに、この道しかないと思っているせいで、他の道を探そうともしなかったのだ。
もし、利石会社の息子もそうだったら……?
あの様子では、迷いやトラブルはないのかもしれないが、邪魔をしてくるやつがいると確かに言っていた。利石会社が批判を受け、さらにあの事故によって、ますます評判が悪くなっていることを、利石会社の息子が知らない訳がないのだ。暴言ばかり言っているのも、それ以外の道が分からないだけだとしたら……?
「あらら、考え込んじゃったぁ? ごめんねぇ? でもねぇ、その息子さんのことを考えられるようになったっていうのはぁ、翼ちゃんがぁ、満たされたからなのよぉ」
翼は、顔を上げてキューピーを見た。いつもの、晴れやかなキューピーの笑顔。
「ヒトってぇ、余裕がないとぉ、ヒトを思いやることができない生き物なのよぉ。自分の道を歩くことで精一杯でぇ、他の道を歩くヒトなんて見る余裕がないって感じでねぇ。でもぉ、少し歩くことに余裕を持ててぇ、周りを見ることができるヒトはぁ、ヒトを思いやることができるのよぉ。それにはまずぅ、余裕が持てるくらい、満たされることが大事って感じぃ?」
翼は黙って、フルーツジュースを口につけた。
自分は、モバと出会って、清一に雇って貰って、様々なご縁を得て、満たされた。それが今なら、実感として分かる気がする。もし、ここに帰ってくる前に、利石会社の話を聞いていたとしても何も思わなかったかもしれない。キューピーの言うように、自分の道を歩くことで精一杯だったのだ。
「感情に支配されちゃうのよぇ、ヒトってぇ。知らず知らずのうちなんでしょうけどぉ」
「感情に、支配ですか」
「そんな感じぃ。正しいという感情、間違っているという感情、楽しい、好き、不愉快とかって感情よぉ。多分さっき翼ちゃんは、この感情じゃなくてぇ、理性的にぃ、あの息子さんの立場を考えたんでしょぉ? そうやって、理性的に相手の立場を考えてぇ、その上で相手の心を考えるのがぁ、本当の思いやりってやつだと思うのよねぇ。やぁだぁ!! なんだか私ぃ、すっごいお節介の年寄りって感じになっちゃってるぅ!?」
キューピーは突然焦ったように言うと、自分の両手で両頬を包むように触っている。
「いえ、そんなことは……」
「そりゃあ、本当の年齢は婆さんなんだからな!!」
否定しようとした翼の声を遮るように、他の客からのヤジが入る。他の客も、心配してていて、耳を傾けていたのだ。このヤジも、翼の心を考えてのことだと伝わってくる。
「もおおぉ!! 私にそんなこと言って良いのぉ? もう尻尾をもふらせてあげないからねぇ??」
「それだけは勘弁してくれぇ!!」
店の中に、笑い声が響き渡る。
明るくて、楽しいキューピーの店。ここに来ることが出来たご縁にも感謝しないといけないなと思いながら、翼はまだまだ残ったフルーツに手を伸ばしたのだった。
※※※
「くっそっ!! 貧乏人どもが、ギャーギャー喚きやがってよぉ!!」
高級マンションの一室で、利石会社の息子が、スマートフォンを投げ捨てた。
「開発されたら、便利になって、住みやすくなるのはお前らだろうが!! 便利な生活になって、俺たちには金が入る。それがそんなに羨ましいのか!?」
利石会社の息子は、側にあったブランドものの時計も投げる。翼や栄喜の前で見せた傲慢で自信に満ちた姿は、そこにはない。
「そんなに神社が大切なのか!? この国の人間は無宗教が多いと、自分は無宗教だと、声高らかにネットで叫んでるくせによう!! 大体、山だってそうだ!! あの山が大切だって、普段からどれだけの人間が言っていた!? 誰も言っていなかっただろう!! それなのに、工事が始まった途端、大事な山だの、神聖な山だの言い出しやがって!! 自分たちが正義だとでも思ってんのか!? 今までだって、開発されて、便利になったものは、ここぞとばかりに使ってきたくせによう!!」
利石会社の息子は、父親を尊敬していた。
人々が住みやすく、便利になるように工事をして、開発をするのだと言っていたからだ。どこを開発するのにも反対は必ずあるが、人々は便利さを求めているし、今当たり前にある便利な道具、道、物、全て初めは受け入れられていなかったとも言っていた。
だから、これは人々が便利になるために、幸せになるために必要なことだし、正しいことなのだ。
それなのに、何故否定するのだ。何故間違っていると言うのだ。
便利になったら、否定していたことすら忘れるのだろう?
利石会社の息子は、苛立ちを隠せないまま部屋を出た。リビングで、父親が電話をしている。今日は怒鳴っていないようだ。
「あぁ、日雇いでも経験者なら、問題ないだろう。あっちの方から、先に整備してしまおう。廃棄物? そんなもの、山にでも放り投げれば良いだろう」
笑いながら言う父親。利石会社の息子は、黙ってその父親を見ていた。
間違っていない。間違っていないはずだ。間違っていちゃ、いけないんだ。
「なるほどぉ。このまま何事もなく終われば良いって感じぃ? 私たちのところもぉ、あやかしがいっぱい避難しているからぁ。早くなんとかなれば良いんだけどねぇ」
相変わらず翼の前に、大量のフルーツと大きなフルーツジュースを置いたキューピーが、手紙を読んだ後に言った。そして、少しため息をつく。
「私自身はぁ、そもそもこの国のあやかしじゃないしぃ、これでも上位のあやかしだからぁ、何も影響を受けないんだけどねぇ。でもぉ、やっぱり、モバちゃんの山の自然神たちが怒ってたらぁ、感化されちゃうのよぉ。それだけ、私はここが好きになっちゃっているのねぇって感じぃ?」
翼は頷きながら、必死にフルーツを口に入れる。どうしても残すと悪いと思ってしまうのだ。
「私ぃ、一つの場所に、こんなに留まったことないのよねぇ。しかも、言い方を悪くしたらぁ、世界に沢山ある山の一つよぉ? それでも、私ぃ、ここが好きなのよねぇ。モバちゃんが、全てを受け入れているって感じでぇ。それこそぉ、神もあやかしも、ヒトもよぉ。世界には沢山、山はあるけれどぉ。全ての山が、こんな風に、全てを受け入れてくれる訳じゃないのよぉ?」
「そうなんですか? 僕はこの周りの山しか行ったことがないので分からないですが、やっぱりそこに住む山の神様によって違うんですかね」
「そうねぇ。場所によってはぁ、自然神以外の神ですらぁ、入れるのを嫌がる山だってあるのよぉ? 勿論、あやかしなんてもってのほかって感じぃ。そういうところはぁ、ヒトが入るのも嫌うからぁ。ヒトも察するものがあるんでしょうねぇ。畏怖の対象となってる場所もあったりねぇ」
「なるほど……。そういう、山や自然の伝承からヒトの関わりを調べてみても面白そうですね」
大きなフルーツジュースを一生懸命手前に引き寄せながら、翼が頷いた。その姿を見て、キューピーが楽しそうに笑う。
「あらぁ。翼ちゃん、本当に学ぶことが楽しくなっちゃってるのねぇ。ここに初めて来たときと違ってぇ、格好いいわよぉ!!」
キューピーの言葉に、翼は照れるのを隠すようにフルーツジュースに口をつける。
「それでぇ。とあるあやかしが見たって言ってたんだけどぉ。最近、いつも同じ女の子と一緒にいるらしいじゃなぁーい? しかもその子も、感覚が鋭いって、そのあやかしが言ってたわよぉ? 見えてはないけれど、感じているだろうってぇ。なにぃ? いつの間に、そんないい人ができちゃったのぉ?」
面白そうに言ったキューピーの言葉に、翼はフルーツジュースを吹き出しそうになったが、なんとか耐える。
「なっ、なっ、そんなんじゃないです!! 有美さんは、本当に良い人ですし、同じものを感じたりしますけどっ……そんな関係じゃ……」
「あはは!! 真っ赤になっちゃってぇ、かーわいいっ!! 私たちあやかしはぁ、玉沖ちゃんや駒猫ちゃんみたいにぃ、ご縁がどうこうってあんまり感じないんだけれどぉ。でもぉ。そうやって、同じ感性を持ってる子と出会って、仲良くなるってぇ、ヒトの短い人生で少ないと思うからぁ。思いっきり楽しめば良いわよぉ」
楽しそうに笑うキューピーに、翼は考え込むような顔をして、またフルーツを手に取る。
「ヒトの短い人生……。そうですよね。キューピーさんにとっても、神様たちも、メウも、それこそモバにとっても……。人の寿命って凄く短いんですよね……。僕、人はいつか必ず死ぬってちゃんと分かっているんですけれど、なんだか、自分にその時が来るのが想像できないというか……。ばぁちゃんを見ているから、人の死自体は、実感しているはずなのに」
「ヒトは、簡単に死んじゃうからねぇ。病気にもなりやすいしぃ、事故に遭うことだってあるしぃ。……自ら、命を捨ててしまうこともあるしねぇ……」
キューピーが、今までに見せたことのない顔で、少し微笑んだ。
「私たちにとってはぁ。自分で自分の命を捨てるというのがぁ、分からないのよぉ。私たちから見たらぁ、とても短い距離の道を歩いててぇ、その道の途中で、ちょっとトラブっただけって思っちゃうのよぉ。道は一つじゃないしぃ、どんな道を歩いても良いのに、そこで終わっちゃうのぉって」
翼は、食べる手を止めて、キューピーを見た。キューピーが他の神々と違うのが、こうして、人に対して自分の意思をハッキリと持っていることかもしれない。玉沖神などの神々は、まず全てを受け入れ、困っていれば手を貸し、なんとか良い方向に進めるように手助けしようとしてくれるイメージだが、あやかしのキューピーにとって、それは仕事ではないし、やることでもないのだ。
「僕は……追い詰められる気持ちは、今なら少し分かってしまいます。ここに帰ってくる前の僕は、ボロボロで……。もしあの時、友人からのメッセージを見て、帰りたいという自分の気持ちに素直になって、帰って来なかったら……。逃げるとか、他の道があるとか、こうして元気になった今なら分かるのに、あの時は何も考えられなかったんです」
「真面目なのよね、ヒトって。道が沢山あって、好きな道を歩いて生きて良いって感じてないっていうかぁ。それを考えたらぁ、この利石会社の息子さんだってそうだと思うわぁ」
「えっ、あいつがですか?」
驚いて、思わず少し大きな声を出してしまった翼に、キューピーがウフフと笑う。
「ヒトのしがらみも、大変ねぇ。私から見たら、この息子さんも不思議よぉ? だって、一本の道しか見えてなくてぇ。それ以外の道を知らないしぃ、ましてや、それ以外の道に進むことをぉ、悪みたいだと思っているんでしょぉ? それってぇ、凄く勿体ないしぃ、ある意味では可哀想だと思うわぁ」
「それは、なんとなく分かりますけれど……。でも、あいつにとってはそれがきっと幸せなんだろうから……」
翼は自分で言いながらも、その言葉に自信が持てなかった。昔とすっかり変わってしまった利石会社の息子に対して、正直、嫌な感情しかない。だが、キューピーの可哀想だという言葉が引っかかる。
翼は、大学に入るとき、自分にはこの道しかないと思っていた。これこそが自分の求めている道で、輝かしい道だと。そして、壁にぶつかった。キューピーの言葉で言うと、道を歩いていたらトラブルに遭ったのだ。あの時、自分はどうしたら良いか分からなかった。トラブルを解決する方法も、逃げることも、他の道に移る方法も、何も思い浮かばなかった。この道を歩いていて、本当に良いのだろうかと心のどこかで思っているのに、この道しかないと思っているせいで、他の道を探そうともしなかったのだ。
もし、利石会社の息子もそうだったら……?
あの様子では、迷いやトラブルはないのかもしれないが、邪魔をしてくるやつがいると確かに言っていた。利石会社が批判を受け、さらにあの事故によって、ますます評判が悪くなっていることを、利石会社の息子が知らない訳がないのだ。暴言ばかり言っているのも、それ以外の道が分からないだけだとしたら……?
「あらら、考え込んじゃったぁ? ごめんねぇ? でもねぇ、その息子さんのことを考えられるようになったっていうのはぁ、翼ちゃんがぁ、満たされたからなのよぉ」
翼は、顔を上げてキューピーを見た。いつもの、晴れやかなキューピーの笑顔。
「ヒトってぇ、余裕がないとぉ、ヒトを思いやることができない生き物なのよぉ。自分の道を歩くことで精一杯でぇ、他の道を歩くヒトなんて見る余裕がないって感じでねぇ。でもぉ、少し歩くことに余裕を持ててぇ、周りを見ることができるヒトはぁ、ヒトを思いやることができるのよぉ。それにはまずぅ、余裕が持てるくらい、満たされることが大事って感じぃ?」
翼は黙って、フルーツジュースを口につけた。
自分は、モバと出会って、清一に雇って貰って、様々なご縁を得て、満たされた。それが今なら、実感として分かる気がする。もし、ここに帰ってくる前に、利石会社の話を聞いていたとしても何も思わなかったかもしれない。キューピーの言うように、自分の道を歩くことで精一杯だったのだ。
「感情に支配されちゃうのよぇ、ヒトってぇ。知らず知らずのうちなんでしょうけどぉ」
「感情に、支配ですか」
「そんな感じぃ。正しいという感情、間違っているという感情、楽しい、好き、不愉快とかって感情よぉ。多分さっき翼ちゃんは、この感情じゃなくてぇ、理性的にぃ、あの息子さんの立場を考えたんでしょぉ? そうやって、理性的に相手の立場を考えてぇ、その上で相手の心を考えるのがぁ、本当の思いやりってやつだと思うのよねぇ。やぁだぁ!! なんだか私ぃ、すっごいお節介の年寄りって感じになっちゃってるぅ!?」
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「いえ、そんなことは……」
「そりゃあ、本当の年齢は婆さんなんだからな!!」
否定しようとした翼の声を遮るように、他の客からのヤジが入る。他の客も、心配してていて、耳を傾けていたのだ。このヤジも、翼の心を考えてのことだと伝わってくる。
「もおおぉ!! 私にそんなこと言って良いのぉ? もう尻尾をもふらせてあげないからねぇ??」
「それだけは勘弁してくれぇ!!」
店の中に、笑い声が響き渡る。
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※※※
「くっそっ!! 貧乏人どもが、ギャーギャー喚きやがってよぉ!!」
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「開発されたら、便利になって、住みやすくなるのはお前らだろうが!! 便利な生活になって、俺たちには金が入る。それがそんなに羨ましいのか!?」
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「そんなに神社が大切なのか!? この国の人間は無宗教が多いと、自分は無宗教だと、声高らかにネットで叫んでるくせによう!! 大体、山だってそうだ!! あの山が大切だって、普段からどれだけの人間が言っていた!? 誰も言っていなかっただろう!! それなのに、工事が始まった途端、大事な山だの、神聖な山だの言い出しやがって!! 自分たちが正義だとでも思ってんのか!? 今までだって、開発されて、便利になったものは、ここぞとばかりに使ってきたくせによう!!」
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だから、これは人々が便利になるために、幸せになるために必要なことだし、正しいことなのだ。
それなのに、何故否定するのだ。何故間違っていると言うのだ。
便利になったら、否定していたことすら忘れるのだろう?
利石会社の息子は、苛立ちを隠せないまま部屋を出た。リビングで、父親が電話をしている。今日は怒鳴っていないようだ。
「あぁ、日雇いでも経験者なら、問題ないだろう。あっちの方から、先に整備してしまおう。廃棄物? そんなもの、山にでも放り投げれば良いだろう」
笑いながら言う父親。利石会社の息子は、黙ってその父親を見ていた。
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