21 / 61
6章【王弟と侍従】
20.目に焼き付くまで
しおりを挟む「あれ?クリスさん…殿下はまだしばらく戻りませんよ。」
声をひそめて話すユークリッドに頷いたクリストファーは隣に立ち、自分が仕えている主君に視線を向ける。
アレクシスは今日も日課の墓参りをしている最中だ。
遠くで背中を向けるアレクシスは毎日短くない時間を墓場で過ごし、慰めている。自分の心と、失った神子の亡骸を。
幼い頃からアレクシスに仕えているクリストファーは、それについて一言も否定もしなければ肯定もしていなかった。
そんなクリストファーから引き継いでアレクシスの墓通いを見守るユークリッドに視線を移す。
行儀よく背筋を伸ばしながらも、緑の目をぱちぱちさせて不思議そうにクリストファーを見上げる少年らしい姿にクリストファーは思わず口元が緩んだ。
「さてユークリッド、私の養子になる決意は出来ましたか?」
「へっ?!あっ……その話、冗談じゃなかったんですか。」
つい大きな声を出してしまい、ユークリッドは慌ててアレクシスを見たが気付かれていないようでホッとした。
再び声のトーンを落としてクリストファーに詰め寄る。
「私はずっと本気でしたが…あぁ、家督はもう息子に継がせているので肩書きだけにはなります。それなりに使えますよ。」
「そりゃレヴァン侯爵家ともなれば…」
でも養子に入る理由がない、と続けようとしたユークリッドの目の前に、一封の手紙が差し出された。
ユークリッドの目が僅かに動揺する。押された封蝋の印には、身に覚えしかなかったから。
「王城では機密情報の漏洩など注視する為に中身を確認しないといけないので…先に読んでしまいましたが」
「それはいい、です。問題ありませんが…」
受け取った手紙がずっしり重く感じる。
今更なんの用があって送ったのだろう。ユークリッドはその場で子爵家からの手紙を読み始めた。
「……」
「…私は、本当に君を養子にしたいと思っています。それだけは忘れないように。」
肩を軽く叩いて、クリストファーは行ってしまった。
その場に残されたユークリッドは挨拶をし損ねてしまったと反省して、子爵家からの手紙に視線を落とす。
インクの匂いは執務室で毎日嗅いでるのに、開いた手紙から香るコレは何故だか不快に感じてしまうのは何故だろうか。
───王城より支給された金銭を全て子爵家に送金せよ。
お願いではなく、理由もなく、ただ短く命令する文面。
彼らがこちらの調子を伺うことなど、生まれてこの方一度もない。ただ当たり前に支配する。ユークリッドはその程度の存在だ。
ロズウェル子爵領は特産品も炭鉱など目立った資産もなく、決して豊かではない。今はほとんど歴史だけの爵位だ。きっと少しでも金が必要なのだろう。
ユークリッドは王弟殿下の侍従という立場だから給金は多いし、王城で生活するだけなら生活に必要な物の全てが支給されるので費用もかからない。
(…それでも、散々蔑ろにしてきた三男を放り出した挙句に金銭まで奪おうなんて…あんまりじゃないか。)
きっと、数ヶ月前のユークリッドなら無条件に受け入れていた。支配されることに慣れすぎて、ほんの一瞬でも送金する方法を考えてしまった自分にも嫌気がさす。
ユークリッドは手紙を封筒に戻し、懐にしまった。
「おう。よく会うようになったな。ユークも剣使ってみるか?」
「重くて持ち上げるのがやっとだったのに…振り回すなんて無理ですよ。」
侍従服の袖を捲ってヴィルヘルムに力こぶを作って見せる。
半分呆れた顔で「お前ほんとガリガリだなぁ」とほとんど盛り上がらない二の腕をツンツンとつつかれた。
熱が下がってからも、ユークリッドはアレクシスの部屋の続き間で寝泊まりをしている。
今まで侍従の居ない夜間はどうしていたのかと聞けばアレクシスは全て自分で身の回りを整えていた。
王族につく侍従は漏れなく貴族出身で、良くも悪くも育ちが良く、騎士にはなれない箱入り達が就く職業だ。
街で呪われていると評判のアレクシスを怖がってすぐ辞めてしまっていたらしい。
ランスロットは今回の事態を重く見て、噂を広める吟遊詩人を突き止めて適切な指導を行うと言っていた。内容によっては罰もあるだろう。
ユークリッドも下がりすぎた評判をどうにかしなければならないと、一緒に居ても平気だと知らしめるように今まで以上にアレクシスに付きっきりになった。
「ユーク、はしたない。」
いつの間にか真後ろに来ていたアレクシスに露出した腕を仕舞われた。
今世で友人間のようなあまり砕けたやり取りが経験のないユークリッドが「これ、はしたないんだ」と目をぱちぱちさせながらカルチャーショックを受けていると、
ヴィルヘルムはそれを黙ってニヤニヤと見守り、満足したところで「俺も鍛錬するかぁ」と立ち去ってしまった。
「…ユークまで早起きしなくていいよ。兄上も一人で鍛錬しに来てるんだから」
「私が元気に仕えている姿を見せ付けるのがイメージ戦略になるんですって。」
でも鍛錬はしませんよ。そう言って壁際に控えるユークリッドに溜め息をひとつついて、アレクシスは剣を片手に鍛錬に戻った。
形を確認するように剣を振るヴィルヘルムが直ぐに気付いて手を止める。
「アレク、打ち合いの相手しろ」
「…あんまり格好悪いところは見せたくないけど」
「なら俺より強くなるしかないな。」
模造剣を構えるヴィルヘルムに二回目の溜め息をつき、アレクシスも構えた。
───離れた所で剣を合わせる兄弟の姿に、ユークリッドは毎回ヒヤヒヤしていた。
付き添うなら安全な所でないと許可をしない。とアレクシスに言われているので、かなり離れた位置で待機している。
本気で打ち合っているのか、遠くに居るユークリッドでも聴こえる鉄のぶつかり合う音に、少しでもミスがあれば大怪我に繋がるのではと気が気じゃない。
(荒っぽいのって、怖い。見てるだけで怖い。…でも)
朝日が昇り、光に照らされるアレクシスはキラキラと輝いていて誰よりも綺麗で、なのに身体にしっかりと筋肉がついているから逞しく、真剣な顔がかっこいい。
ユークリッドは怖がりながらも一瞬も目が離せなかった。
(アレクシスの泣き顔も、笑った顔も、全部嫌いじゃない…いや、全部嫌いじゃないから見たいのか。)
いつか、この光景も見れなくなるから。
いつか、アレクシスの姿をたくさん思い出せるように。…もう二度と、後悔をしないように。
早鐘を打つ胸を押さえながら、ユークリッドはアレクシスの姿を目に焼き付けていた。
213
あなたにおすすめの小説
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
冤罪で追放された悪役令息、北の辺境で幸せを掴む~恐ろしいと噂の銀狼将軍に嫁いだら、極上の溺愛とモフモフなスローライフが始まりました~
水凪しおん
BL
「君は、俺の宝だ」
無実の罪を着せられ、婚約破棄の末に極寒の辺境へ追放された公爵令息ジュリアン。
彼を待ち受けていたのは、「北の食人狼」と恐れられる将軍グリーグとの政略結婚だった。
死を覚悟したジュリアンだったが、出会った将軍は、噂とは真逆の不器用で心優しいアルファで……?
前世の記憶を持つジュリアンは、現代知識と魔法でボロボロの要塞を快適リフォーム!
手作りスープで将軍の胃袋を掴み、特産品開発で街を救い、気づけば冷徹将軍から規格外の溺愛を受けることに。
一方、ジュリアンを捨てた王都では、破滅の足音が近づいていて――。
冤罪追放から始まる、銀狼将軍との幸せいっぱいな溺愛スローライフ、ここに開幕!
【オメガバース/ハッピーエンド/ざまぁあり/子育て/スパダリ】
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる