【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)

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6章【王弟と侍従】

20.目に焼き付くまで

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「あれ?クリスさん…殿下はまだしばらく戻りませんよ。」

声をひそめて話すユークリッドに頷いたクリストファーは隣に立ち、自分が仕えている主君に視線を向ける。

アレクシスは今日も日課の墓参りをしている最中だ。

遠くで背中を向けるアレクシスは毎日短くない時間を墓場で過ごし、慰めている。自分の心と、失った神子の亡骸を。
幼い頃からアレクシスに仕えているクリストファーは、それについて一言も否定もしなければ肯定もしていなかった。

そんなクリストファーから引き継いでアレクシスの墓通いを見守るユークリッドに視線を移す。
行儀よく背筋を伸ばしながらも、緑の目をぱちぱちさせて不思議そうにクリストファーを見上げる少年らしい姿にクリストファーは思わず口元が緩んだ。

「さてユークリッド、私の養子になる決意は出来ましたか?」
「へっ?!あっ……その話、冗談じゃなかったんですか。」

つい大きな声を出してしまい、ユークリッドは慌ててアレクシスを見たが気付かれていないようでホッとした。
再び声のトーンを落としてクリストファーに詰め寄る。

「私はずっと本気でしたが…あぁ、家督はもう息子に継がせているので肩書きだけにはなります。それなりに使えますよ。」
「そりゃレヴァン侯爵家ともなれば…」

でも養子に入る理由がない、と続けようとしたユークリッドの目の前に、一封の手紙が差し出された。
ユークリッドの目が僅かに動揺する。押された封蝋の印には、身に覚えしかなかったから。

「王城では機密情報の漏洩など注視する為に中身を確認しないといけないので…先に読んでしまいましたが」
「それはいい、です。問題ありませんが…」

受け取った手紙がずっしり重く感じる。
今更なんの用があって送ったのだろう。ユークリッドはその場で子爵家からの手紙を読み始めた。

「……」
「…私は、本当に君を養子にしたいと思っています。それだけは忘れないように。」

肩を軽く叩いて、クリストファーは行ってしまった。
その場に残されたユークリッドは挨拶をし損ねてしまったと反省して、子爵家からの手紙に視線を落とす。
インクの匂いは執務室で毎日嗅いでるのに、開いた手紙から香るコレは何故だか不快に感じてしまうのは何故だろうか。



───王城より支給された金銭を全て子爵家に送金せよ。



お願いではなく、理由もなく、ただ短く命令する文面。
彼らがこちらの調子を伺うことなど、生まれてこの方一度もない。ただ当たり前に支配する。ユークリッドはその程度の存在だ。
ロズウェル子爵領は特産品も炭鉱など目立った資産もなく、決して豊かではない。今はほとんど歴史だけの爵位だ。きっと少しでも金が必要なのだろう。

ユークリッドは王弟殿下の侍従という立場だから給金は多いし、王城で生活するだけなら生活に必要な物の全てが支給されるので費用もかからない。

(…それでも、散々蔑ろにしてきた三男を放り出した挙句に金銭まで奪おうなんて…あんまりじゃないか。)

きっと、数ヶ月前のユークリッドなら無条件に受け入れていた。支配されることに慣れすぎて、ほんの一瞬でも送金する方法を考えてしまった自分にも嫌気がさす。

ユークリッドは手紙を封筒に戻し、懐にしまった。










「おう。よく会うようになったな。ユークも剣使ってみるか?」
「重くて持ち上げるのがやっとだったのに…振り回すなんて無理ですよ。」

侍従服の袖を捲ってヴィルヘルムに力こぶを作って見せる。
半分呆れた顔で「お前ほんとガリガリだなぁ」とほとんど盛り上がらない二の腕をツンツンとつつかれた。




熱が下がってからも、ユークリッドはアレクシスの部屋の続き間で寝泊まりをしている。
今まで侍従の居ない夜間はどうしていたのかと聞けばアレクシスは全て自分で身の回りを整えていた。

王族につく侍従は漏れなく貴族出身で、良くも悪くも育ちが良く、騎士にはなれない箱入り達が就く職業だ。
街で呪われていると評判のアレクシスを怖がってすぐ辞めてしまっていたらしい。
ランスロットは今回の事態を重く見て、噂を広める吟遊詩人を突き止めて適切な指導を行うと言っていた。内容によっては罰もあるだろう。

ユークリッドも下がりすぎた評判をどうにかしなければならないと、一緒に居ても平気だと知らしめるように今まで以上にアレクシスに付きっきりになった。

「ユーク、はしたない。」

いつの間にか真後ろに来ていたアレクシスに露出した腕を仕舞われた。
今世で友人間のようなあまり砕けたやり取りが経験のないユークリッドが「これ、はしたないんだ」と目をぱちぱちさせながらカルチャーショックを受けていると、
ヴィルヘルムはそれを黙ってニヤニヤと見守り、満足したところで「俺も鍛錬するかぁ」と立ち去ってしまった。

「…ユークまで早起きしなくていいよ。兄上も一人で鍛錬しに来てるんだから」
「私が元気に仕えている姿を見せ付けるのがイメージ戦略になるんですって。」

でも鍛錬はしませんよ。そう言って壁際に控えるユークリッドに溜め息をひとつついて、アレクシスは剣を片手に鍛錬に戻った。

形を確認するように剣を振るヴィルヘルムが直ぐに気付いて手を止める。

「アレク、打ち合いの相手しろ」
「…あんまり格好悪いところは見せたくないけど」
「なら俺より強くなるしかないな。」

模造剣を構えるヴィルヘルムに二回目の溜め息をつき、アレクシスも構えた。



───離れた所で剣を合わせる兄弟の姿に、ユークリッドは毎回ヒヤヒヤしていた。
付き添うなら安全な所でないと許可をしない。とアレクシスに言われているので、かなり離れた位置で待機している。

本気で打ち合っているのか、遠くに居るユークリッドでも聴こえる鉄のぶつかり合う音に、少しでもミスがあれば大怪我に繋がるのではと気が気じゃない。

(荒っぽいのって、怖い。見てるだけで怖い。…でも)

朝日が昇り、光に照らされるアレクシスはキラキラと輝いていて誰よりも綺麗で、なのに身体にしっかりと筋肉がついているから逞しく、真剣な顔がかっこいい。
ユークリッドは怖がりながらも一瞬も目が離せなかった。

(アレクシスの泣き顔も、笑った顔も、全部嫌いじゃない…いや、全部嫌いじゃないから見たいのか。)

いつか、この光景も見れなくなるから。
いつか、アレクシスの姿をたくさん思い出せるように。…もう二度と、後悔をしないように。
早鐘を打つ胸を押さえながら、ユークリッドはアレクシスの姿を目に焼き付けていた。

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