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想章【思い出と名前】
1.いつだって望みは無視される
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※今回に限り、注意があります。※
この章は世界観を補足する章であり、心象、登場人物の動きよりも説明が非常に多いです。そして、ユークリッドが世界を受け止めて心の整理をつける為の章です。
R18版から一番離れた展開にしました。苦しい事ばかりですが、お付き合い頂けると幸いです。
また、つらい描写が多いので無理をなさらず読まないという選択肢もあっていいと私は思っています。終了次第、完結に切り替える予定です。
それでは、ここまで一緒に歩んで下さった皆様に最大の感謝と、ユークリッドを愛してくださった皆様に私なりのお礼を。
─────────────────────
この世界には、魔法があった。
人々の暮らしを豊かにして、全ての不幸せを幸せに変える、全知全能と呼べる魔法があった。
その名残りが、前の世界では有り得ないカラフルな髪色だとしたら。
魔法を失い、原始に戻った人々が救いを求めたのが神子という唯一の存在だとしたら。
そんな歪な世界を、たった一人の魔法使いが作り上げたとしたら。
髪は絵の具をひっくり返したような鮮やかな青色で、淡い褐色の、前世の世界でヘーゼルアイと呼ばれる瞳はどう見ても見慣れた色彩でないのに
泣きたいほどに、二度と会えない父の面影を感じていた。
その感情が、目の前の男を肯定した。この世界に魔法があると、納得させられた。
ユークリッドとして生きた15年の記憶が積み重なり、徐々に薄れていく思い出の中の、最も大切な部分。
一番最初に、自分という存在を無条件に愛してくれた人達。今世で得ることの出来なかった親という存在。
いっそ、ゆるやかに忘れられた方が痛みを感じず、穏やかに終えられたのに。
「帰れると言われたら、帰りますか?」
軽い調子で言われた一言が、ユークリッドの心を抉る。
(帰れるなら帰りたかった。ずっとずっと、毎日、何度も、帰らせて欲しいって願ってた。)
でも、それを提案されるには遅すぎた。
死んで、生まれ変わって、別の人間として生きる自分が戻ってどうなると言うんだ。
「元の姿には出来ませんが…魂だけ、戻す事は出来ますよ。
魂は惹かれ合うものですから、貴方の愛した人々ともいずれは再開出来るでしょうね」
「………黙れよ」
どんな思いで、自死を選んだと思っているんだ。
どんな思いで、立ち直ったと思っているんだ。
アレクシスを置いて、また死ねるわけがないだろう。
「貴方の居場所は、ここじゃないんでしょう?会いたいのでしょう、帰りたいのでしょう──これは私にしか、出来ない事です。」
「黙れよ!!」
前世の記憶に、前世の価値観に引っ張られて、この世界の人と価値観のズレを感じた時
大きな孤独感を味わった。自分がこの世界の異物のような気がして、アレクシスが居なければきっと、耐えられなかった。
「これを逃せば、二度と元の世界とは交われない。貴方が愛した人々、愛した世界。………よく考えて、答えを出して下さいね」
「ッ……」
苦しい。ただ、苦しい。
この世界は、試練ばかりを与えてくる。
いっそ思い出さない方が幸せに生きられた。何度も悲しまずに済んだ。
(……そんなこと、ない)
思い出したから、アレクシスの隣に立てた。
思い出さなければ、ユークリッド・ロズウェルとして抜け殻の人生を歩むだけだった。
過去は、戻らない。変えられない。
「全部もう、終わったことだ。終わったから、今更なにも、変えたいとは思わない。俺は、この世界で───」
決意の言葉は、最後まで続かなかった。
「ハッ…つまらない。こんな原始をやり直した世界を愛すると?受け入れる、と?なんてつまらない。」
全身に鳥肌が立った。
本気で殺そうって、明確な殺意を向けられたのは初めてだ。
暗い目が身体を凍らせる。伸びる手がスローモーションで迫ってくる。
「ぐっ…あ、」
「戻れるんですよ?愛しているんでしょう?帰りたかったんでしょう?貴方は何を迷うのです?──あぁ、理解出来ない」
自分より大きな手が、首を掴んで、持ち上げてきた。
つま先がかろうじて地面に当たるけど、呼吸の助けにはならない。
苦しい。怖い。怖い。
(助けて、アレク)
なんで、無理矢理連れて来たくせに、執拗に帰らせたがるんだ。
まるでこの世界を…
「ゲホッ、はぁ、はぁっ」
「…弱い。抵抗ひとつ出来ない、弱い身体にどうして執着するのですか。そんな価値のない身体に」
「価値、は、ある…俺は、」
振り払うように投げ捨てられ、ドサッと音を立てて叩き付けられた身体が痛い。呼吸は戻ったが意識は保てそうにない。ぼんやり薄れていく視界に、それは駄目だと叱咤した。
ここで意識を失えば、本当に命を刈り取られる。元の世界に魂を戻される。
「ありませんよ。神子という前世が無ければ、誰にも相手にされなかった。平凡で、貧弱で、虐げられる人生しか得られなかった取り柄のない人間に」
容赦なく叩き付けられる悪意。
そんなこと、何度も言われなくてもわかってる。誰よりも、自分がアレクシスに届かない存在だって。
でも。
「俺が、否定しちゃ…駄目だ。アレクシスの想いを偽物にしちゃ、駄目だから。」
あの不器用な王子様が、どんな想いで16年間を過ごしたか。
その想いを大切にして、でも断ち切って。ユークリッドを愛していると言ってくれた。
誰よりも大切な存在だと、示してくれた。
「アレクシスが俺を大事だって言ったから!俺の命はっ…軽く、ないんだ!」
大嫌いだよ。こんな世界、大嫌いだ。
神子なんて存在を造り出して、依存して、そのくせ神子に振り回されて病んでいく。こんな世界、大嫌いだ。
───でも、大切な人がいっぱい出来た。宝物のような日々を重ねた。苦しい事はいっぱいあったけど、それは元の世界でも同じこと。起こり得ること。
ただ純粋に、この世界が、
「ッ……俺、大好きなんだ。この世界が、すごく、好きになったんだ。…だから、もう帰りたくない」
倒れた身体に男が覆い被さり、拳を握るように首が絞まる。
歪んだ表情で命を刈り取ろうとする男は、少しも父に似ていなかった。
「死に…ない、いき、」
「戻れ。お前はもう、この世界に要らない。離れろ。」
最期に見るのが、こんな奴なんて嫌だ。嫌なのに
(なにも、思い通りにいかない)
少しずつ視界がぼやけて見えなくなる。
息苦しさが麻痺していく。じわじわと死がにじり寄ってくる。
────ユークリッドの意識が途切れる一瞬前。
何かが砕ける鈍い音と、真っ赤になる視界。崩れ落ちる青色。
その奥に、一番見たかった金色が見えた気がして。大好きな青空が見えた気がして。
「よかった…」
最期に見るなら、大好きな人がいい。この世界で一番大切な人がいい。
安心したら一気に涙が溢れてきた。ここまで頑張っていられたのに、アレクシスが居ると思うとすぐに甘えてしまうんだ。
「俺、もうひとりで死ぬの、やだ…」
───だから、アレクシスが来てくれて、良かった。
ユークリッドは、小さく笑って意識を手放した。
この章は世界観を補足する章であり、心象、登場人物の動きよりも説明が非常に多いです。そして、ユークリッドが世界を受け止めて心の整理をつける為の章です。
R18版から一番離れた展開にしました。苦しい事ばかりですが、お付き合い頂けると幸いです。
また、つらい描写が多いので無理をなさらず読まないという選択肢もあっていいと私は思っています。終了次第、完結に切り替える予定です。
それでは、ここまで一緒に歩んで下さった皆様に最大の感謝と、ユークリッドを愛してくださった皆様に私なりのお礼を。
─────────────────────
この世界には、魔法があった。
人々の暮らしを豊かにして、全ての不幸せを幸せに変える、全知全能と呼べる魔法があった。
その名残りが、前の世界では有り得ないカラフルな髪色だとしたら。
魔法を失い、原始に戻った人々が救いを求めたのが神子という唯一の存在だとしたら。
そんな歪な世界を、たった一人の魔法使いが作り上げたとしたら。
髪は絵の具をひっくり返したような鮮やかな青色で、淡い褐色の、前世の世界でヘーゼルアイと呼ばれる瞳はどう見ても見慣れた色彩でないのに
泣きたいほどに、二度と会えない父の面影を感じていた。
その感情が、目の前の男を肯定した。この世界に魔法があると、納得させられた。
ユークリッドとして生きた15年の記憶が積み重なり、徐々に薄れていく思い出の中の、最も大切な部分。
一番最初に、自分という存在を無条件に愛してくれた人達。今世で得ることの出来なかった親という存在。
いっそ、ゆるやかに忘れられた方が痛みを感じず、穏やかに終えられたのに。
「帰れると言われたら、帰りますか?」
軽い調子で言われた一言が、ユークリッドの心を抉る。
(帰れるなら帰りたかった。ずっとずっと、毎日、何度も、帰らせて欲しいって願ってた。)
でも、それを提案されるには遅すぎた。
死んで、生まれ変わって、別の人間として生きる自分が戻ってどうなると言うんだ。
「元の姿には出来ませんが…魂だけ、戻す事は出来ますよ。
魂は惹かれ合うものですから、貴方の愛した人々ともいずれは再開出来るでしょうね」
「………黙れよ」
どんな思いで、自死を選んだと思っているんだ。
どんな思いで、立ち直ったと思っているんだ。
アレクシスを置いて、また死ねるわけがないだろう。
「貴方の居場所は、ここじゃないんでしょう?会いたいのでしょう、帰りたいのでしょう──これは私にしか、出来ない事です。」
「黙れよ!!」
前世の記憶に、前世の価値観に引っ張られて、この世界の人と価値観のズレを感じた時
大きな孤独感を味わった。自分がこの世界の異物のような気がして、アレクシスが居なければきっと、耐えられなかった。
「これを逃せば、二度と元の世界とは交われない。貴方が愛した人々、愛した世界。………よく考えて、答えを出して下さいね」
「ッ……」
苦しい。ただ、苦しい。
この世界は、試練ばかりを与えてくる。
いっそ思い出さない方が幸せに生きられた。何度も悲しまずに済んだ。
(……そんなこと、ない)
思い出したから、アレクシスの隣に立てた。
思い出さなければ、ユークリッド・ロズウェルとして抜け殻の人生を歩むだけだった。
過去は、戻らない。変えられない。
「全部もう、終わったことだ。終わったから、今更なにも、変えたいとは思わない。俺は、この世界で───」
決意の言葉は、最後まで続かなかった。
「ハッ…つまらない。こんな原始をやり直した世界を愛すると?受け入れる、と?なんてつまらない。」
全身に鳥肌が立った。
本気で殺そうって、明確な殺意を向けられたのは初めてだ。
暗い目が身体を凍らせる。伸びる手がスローモーションで迫ってくる。
「ぐっ…あ、」
「戻れるんですよ?愛しているんでしょう?帰りたかったんでしょう?貴方は何を迷うのです?──あぁ、理解出来ない」
自分より大きな手が、首を掴んで、持ち上げてきた。
つま先がかろうじて地面に当たるけど、呼吸の助けにはならない。
苦しい。怖い。怖い。
(助けて、アレク)
なんで、無理矢理連れて来たくせに、執拗に帰らせたがるんだ。
まるでこの世界を…
「ゲホッ、はぁ、はぁっ」
「…弱い。抵抗ひとつ出来ない、弱い身体にどうして執着するのですか。そんな価値のない身体に」
「価値、は、ある…俺は、」
振り払うように投げ捨てられ、ドサッと音を立てて叩き付けられた身体が痛い。呼吸は戻ったが意識は保てそうにない。ぼんやり薄れていく視界に、それは駄目だと叱咤した。
ここで意識を失えば、本当に命を刈り取られる。元の世界に魂を戻される。
「ありませんよ。神子という前世が無ければ、誰にも相手にされなかった。平凡で、貧弱で、虐げられる人生しか得られなかった取り柄のない人間に」
容赦なく叩き付けられる悪意。
そんなこと、何度も言われなくてもわかってる。誰よりも、自分がアレクシスに届かない存在だって。
でも。
「俺が、否定しちゃ…駄目だ。アレクシスの想いを偽物にしちゃ、駄目だから。」
あの不器用な王子様が、どんな想いで16年間を過ごしたか。
その想いを大切にして、でも断ち切って。ユークリッドを愛していると言ってくれた。
誰よりも大切な存在だと、示してくれた。
「アレクシスが俺を大事だって言ったから!俺の命はっ…軽く、ないんだ!」
大嫌いだよ。こんな世界、大嫌いだ。
神子なんて存在を造り出して、依存して、そのくせ神子に振り回されて病んでいく。こんな世界、大嫌いだ。
───でも、大切な人がいっぱい出来た。宝物のような日々を重ねた。苦しい事はいっぱいあったけど、それは元の世界でも同じこと。起こり得ること。
ただ純粋に、この世界が、
「ッ……俺、大好きなんだ。この世界が、すごく、好きになったんだ。…だから、もう帰りたくない」
倒れた身体に男が覆い被さり、拳を握るように首が絞まる。
歪んだ表情で命を刈り取ろうとする男は、少しも父に似ていなかった。
「死に…ない、いき、」
「戻れ。お前はもう、この世界に要らない。離れろ。」
最期に見るのが、こんな奴なんて嫌だ。嫌なのに
(なにも、思い通りにいかない)
少しずつ視界がぼやけて見えなくなる。
息苦しさが麻痺していく。じわじわと死がにじり寄ってくる。
────ユークリッドの意識が途切れる一瞬前。
何かが砕ける鈍い音と、真っ赤になる視界。崩れ落ちる青色。
その奥に、一番見たかった金色が見えた気がして。大好きな青空が見えた気がして。
「よかった…」
最期に見るなら、大好きな人がいい。この世界で一番大切な人がいい。
安心したら一気に涙が溢れてきた。ここまで頑張っていられたのに、アレクシスが居ると思うとすぐに甘えてしまうんだ。
「俺、もうひとりで死ぬの、やだ…」
───だから、アレクシスが来てくれて、良かった。
ユークリッドは、小さく笑って意識を手放した。
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