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陰章【王弟の暗躍】
4.至福
しおりを挟む折角、ユークリッドと片時も離れずその温もりを身にまとっていたのに台無しにしてしまった。
私情を表には出さないが、内心では勿論面白くない。
風呂に入り終えて、自室に戻ったら新しく配備された侍従が待ち構えていた。
「殿下、ユークリッド様を診断しました医師からの書状でございます」
「ありがとう」
書状を手渡したら即座に退室する侍従に、クリストファーが選出した人材だから大丈夫だろうがユークリッドに惚れやしないかと不安が募る。
ユークリッドの事に関しては、自分はどうにも心の狭い男だったようだと結婚して自覚した。
ドサリとソファに腰掛け、濡れた髪に片手でタオルを押し付けながら書状に目を通した。──やはり、過労由来の発熱と診断が下りている。
本当は、何もせず隣に居てくれるだけで充分すぎる程なのだが…
「私の伴侶は頑張り屋さんすぎるな…」
レッスンを減らして自由時間を増やせば自主的に努力しすぎてしまう。体力が追い付かないと知れば体力をつけると運動に励み、限界を超えて働きたがる。
同年代の子供達と遊ばせようと後宮に送ったつもりが一緒に勉強をして過ごしていると聞いた時には頭を抱えた。
「どうしたものか」
仕事を減らせば他で無理をしてしまう。これはユークリッド本人を変えなければ今後も繰り返すだろう。
何か、ストッパーとなるものがあれば…
「………ユーク?」
寝室から微かに物音が聞こえて、急いで立ち上がる。
寝室の扉を開けるとベッドの傍に置いてある水差しに手を伸ばしているユークリッドの姿が見えた。
「あ、アレク。…おかえり?お風呂入ったんだ」
「…ただいま。少しは良くなった?」
小さな身体への負担を考えて、眠り薬を少なめに飲ませているから効果が切れるのも早かったか。
「わかんないや、まだちょっと熱いかも」と言いながら水差しは諦めてその場にぺたりと座り込むユークリッドを補給すべく、アレクシスは抱き締めた。
まだ熱は下がっていないが、やはり伴侶の匂いが一番良い。
「何か食事をとろうか、隣の部屋に移動するよ」
「ん。」
当たり前に運ばれようと両手を広げて待機するユークリッド以外の伴侶など、誰が必要とすると言うのか。
体調を崩す事は心配だし、どうにかしたいと思っているが
普段よりずっと甘えたになるユークリッドは格別に可愛いのが困ったところだ。
気分が変わらないうちに抱き上げると、「アレクの髪、濡れてて冷たい。きもちい」とユークリッドの火照った頬に当たる髪にふにゃふにゃ笑うのがまたたまらない。
「はぁ…ユークと一緒にいると疲れが吹き飛ぶよ」
「大変な仕事があったんだ?お疲れ様、手伝えたらいいのにな」
「…こんなにも助かってるのに、自覚がないから困った」
汚れ仕事など手伝わせる気は毛頭ないし、これ以上は頑張らないで欲しいくらいだ。
どうしたらユークリッドを止められるのか。
(令嬢には否が応でも反省する機会を与えたが、ユークは私の為に頑張ってくれているから反省を促す事では……うん?反省?)
「……あ。」
「なにか忘れてた?」
「忘れてたというよりは、見逃していた事があった」
「?」
ユークリッドの望む世界が作れるかもしれない事に気が付いた。その可能性を見逃していたとは。
首を傾げて濡れた髪を拭く手伝いをするユークリッドに、アレクシスは心からの笑顔を向けて額にキスを落とした。
「んー…まぁいいや。アレク、喉乾いた」
「たくさん汗かいたからだね。すぐに用意するから」
早急に動きたいのは山々だが、やはり最優先は伴侶との今この瞬間を味わう事だ。
食事の間も、その後のゆったりと過ごしている間も、アレクシスは決してユークリッドを膝から降ろすことなく看病にかこつけて伴侶を可愛がっていた。
翌日、アレクシスは兄達の家族が暮らす後宮に足を運んでいた。
「───貴方、随分と上手に爪を隠すのね。」
広げた扇子から見える目元を細め、眉間に皺を寄せるセリーヌに苦笑いをしたアレクシスは紅茶が満たされたカップに口をつけた。
「フン…でもまぁ、悪い話ではありません。問題はセドリックが納得するかじゃないかしら?後継者として育った子でしょう、甥が悲しむ姿は見たくないわね」
「彼も色々ありましたから、それは問題ないかと。丁度、宰相の席が空きますので見習いとして座らせるのも良いなと思いまして」
「あらやだ。あの男が帰ってきたら魂が飛び出しそうね!」
この夫婦はよく分からない。仲は良いけれど本当に政略結婚そのものの関係性らしく、セリーヌはよく『彫刻男』と兄を呼んで常に表情のうごかないランスロットが困る事象に喜んでいる。
パチンと扇子を閉じて、紅茶のカップを持ち上げたセリーヌは品の良い笑顔を浮かべながら湯気の立つ紅茶を味わった。
「…ちゃんと、兄上に報告は逐一入れています。」
「当然ね。あくまでも冠を頭に乗せているのは我が夫、貴方は王弟なのだから。───信じていいのね?」
「誓います。私は決して、生涯玉座に座る事はありません。……ただ、愛する伴侶の平穏な未来を守りたいだけです。」
じっとアレクシスを見つめていたセリーヌは、やがてフンと息をついて頷いた。
「まぁそうね。わかったわ、乗ってあげる。弟とは敵対したくないもの。」
「ありがとうございます」
紅茶を飲み干して、アレクシスは立ち上がった。
「熱が下がったら今度はちゃんと遊びに来なさいってユークリッドに言っておきなさい」と背中にぶつけられた声にもう一度苦笑いする。
アレクシスも遊んで欲しいと思っているのだが、頑張り屋すぎる伴侶を丸め込むのは至難の業だ。
だからこそ、上手に扱える人物を傍に置けばいい。アレクシスは微笑みながら後宮を後にした。
必要な仕事が終われば、後は伴侶との甘い時間だ。
こんなに幸せなのに、これ以上なにを望めと言うのだと煩わしい声は聞こえないフリをして城内を歩く。
クリストファーが昔はランスロットの侍従だった事は知っている。
母の策略でアレクシスの元に来た経緯も、それが裏目に出て母を窮地に追い込む種を植え付けていたことも。
全て、知っている。
不快な叫び声がユークリッドに届かなければいいが…そう考えながら自室に向かっていると、クリストファーがこちらに向かって歩いて来たので立ち止まった。
「殿下、令嬢の暗殺未遂による全ての処理が終わりました。元宰相が正気を失ってしまい、少々聞き苦しい声を響かせてしまいましたが…すぐに騎士が城外に運びますので」
「ご苦労だったね。セドリックは連絡がつきそうかな?」
「それが…愚息は現在、子爵領に向かっているそうで…そちらに伝令を出したところです」
珍しく歯切れの悪いクリストファーに目を見開いたが、「なら丁度良かったかもしれないね」とセリーヌとの会話の内容を伝えたら、普段は見えない黒い瞳がこちらを見つめていた。
「急に決めてすまない。…怒るかな?」
「……いいえ、残された不穏分子を除外し、レヴァン家の影響力を最も大きなものとするには最適解でしょう。」
「だが、当人達の願いを踏み躙る結果にもなり得る」
「…それでも止まらないのでしょう?」
苦笑いするクリストファーにつられて、アレクシスも苦笑いして頷いた。
「止まれないな。恋とは恐ろしいものだ。私を壊しもするし、癒しもする、そして悪魔にもしてしまう。──それでもユークリッドの為なら、なんでもしたいんだ。
息子まで利用してすまない。」
「私の主君は貴方様です。全て御心のままに動きましょう」
揺るぎないクリストファーの表情に、忠臣を得た自分は本当に運が良かったとアレクシスは安堵する。
「…ヴィル兄上を傍に置く兄上の気持ちも、こんな感じなのだろうか?」
クリストファーは何故、ランスロットの元に戻らずアレクシスを主君と呼ぶようになったか分からないが
心が壊れている間も、実権を握ってランスロットの影として動いている今も、ずっと変わらずアレクシスを最優先して仕えている。
「ヴィルヘルム殿下は、違うと思いますが…」
クリストファーは剣は握らない。護衛として常に寄り添うヴィルヘルムとは違うかと首を傾げると
「ユークリッドが待っていますよ」とクリストファーは告げるなりいつもの調子で仕事へ戻って行った。
部屋に戻ると、熱が下がって少し楽になったと言いつつアレクシスに甘えるユークリッドに緩む頬を我慢せず、余すことなく堪能しようと仕事から完全に切り替えた。
「……ほんと?」
「ユークに嘘はつかないよ」
スープを掬った匙を差し出せば、ユークリッドが口を開けて受け入れる。
柔らかく煮た野菜をゆっくりと噛み、飲み込んでは期待の目をアレクシスへと向けていた。
「向こうが受け入れるかの方が問題なんだけどね…兄上達があと1週間くらいで戻る予定だから、その後で子爵領に一緒に行って、ユークリッドにはお兄さんの説得をお願いしたい」
「っ行く!俺、頑張って兄様の説得する!」
「なら体調をしっかり戻して、無理せず過ごさないとね。あーん」
「あー」
ユークリッド好みの薄味で仕立てられた野菜スープを美味しそうに咀嚼する姿に、体調を崩すのは心配だけど看病する生活は本当に満たされるなと
アレクシスは心から癒されながら匙をユークリッドに向けていた。
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