【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)

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陰章【王弟の暗躍】

5.勧誘

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予告された期間の通りに、ランスロットとヴィルヘルムは王城に戻って来た。

すっかり元気になり、アレクシスの言いつけを守って無理なく過ごしていたユークリッドは執務室で一日中そわそわして二人の帰りを待っていた。

「戻ったぞー」
「あ!おかえりなさい!ランス兄さん!ヘル兄さん!」
「ただいま。良い子にしていたようだな」 

我先にランスロットに飛び付くユークリッドの頭を撫で、隣で苦い顔をしているヴィルヘルムの背中を叩いて宥める兄の姿に
猛獣使いの精度が上がっている…とアレクシスは内心失礼な事を考えてその様子を眺めながらひと足遅れて兄達へと歩み寄る。

「兄上、ご無事で…」
「アレクシス、想像以上に動いて驚いた。」

ユークリッドの頭を撫でながら視線を寄越すランスロットの表情からは相変わらず何も読めない。

「…やりすぎましたか?」

報告は怠らなかったが、ここぞとばかりに好きに動いた事は自覚している。あまりにタイミングが合致してしまったから仕方ないなと開き直ってもいるが

流石にランスロットに苦言を呈されれば謝るし、出すぎた真似はしないように気を付けると約束するつもりでアレクシスは尋ねたが


「いいや、…誇らしく思う。」


ふ、と柔らかく微笑んだランスロットに、執務室に居たアレクシスどころか居合わせた侍従達、ユークリッドも驚き叫びそうになった瞬間、その顔はヴィルヘルムの大きな手が覆い隠した。

「……どうした、ヴィル」
「自覚しろ。馬鹿兄貴が。…アレク、報告書まみれで全然休めなかったが、見直した。読んでて面白かったぞ」
「…大丈夫なら良かった」
「ヴィル、何も見えない」
「この通り、お前が頼りになると知ってランスも力が抜けて俺は大変だけどな。」

ヴィルヘルムはニヤリと笑いながら呆然としているユークリッドを剥がし、「後宮にも挨拶するから帰るぞ」とランスロットを引きずるようにしてさっさと出て行った。デジャブだ。

「…なんか、ランス兄さん」
「ユーク?」
「いつもと違う匂いだった、気がする?」

どうにか普段通りに動き始めた侍従達の流れの中で、立ち止まっていたユークリッドは首を傾げた。

「…私以外の男の匂いを覚えた、ということなのかな?」
「あ。気のせい、だった…です」

アレクシスの不穏な雰囲気に、慌ててユークリッドは仕事に戻った。

(クリスが言っていたのはこういう事か…)

確かに、クリストファーの忠誠とヴィルヘルムの忠誠は違うようだ。
一人納得したアレクシスは可愛い伴侶に夢中になっているあまり、見えていないものがあったなという発見と
伴侶を愛でる時間が減るなら、やはり過ぎた力は不要であると結論付けて先程とは別の意味でそわそわしているユークリッドを手招きして悪戯に笑った。





───そしてまた1週間後。
馬車からの景色を楽しむユークリッドが座席から落ちないようにと腿に座らせて固定しているアレクシスは心から子爵領への旅を楽しんでいた。

「アレク、疲れてない?」
「疲れてないし、幸せだよ」
「?…そっか」

ユークリッドにはアレクシスの返事がよくわからない事が時々ある。でも確かに密着してるだけで幸せな気持ちにはなるから、間違いはないのだろう。
疲れてないならいいかとユークリッドは馬車の窓へと視線を戻した。

「ほんとに畑がいっぱいだったんだ…王城に就職する時はさ、緊張して外の景色とか全然見なかったんだ」
「…そうなんだね」

子爵領に入ってから、大きな畑にぽつぽつと民家が建っている様子をユークリッドは興味深く見つめていた。
兄が愛して、身を捧げると誓っている土地がどんな場所か、ずっと見てみたかった。
その景色は前世でよくある田舎の風景に酷似していて、でも家の形が前世の記憶とは違っていて。懐かしいようで、遠い。

いつしか、前世を思い出しても涙は滲まなくなった自分が気持ちに折り合いがついたと喜ぶべきか、感情が薄れたと嘆くべきか、まだユークリッドには答えが出せない。

(…これから、ここで生きたいって言った兄様の願いを捻じ曲げることになる。でも俺は、やっぱり放っておけないんだ)

領主になるべく努力して、領地を愛しているからどんな形でも関わって生きていくと宣言した兄は、とても格好いい。
でも愛するだけでは、守れない。
ずっと多くの人々を守る立場にあった兄が、守り方をいくら知っていても実行する力を失う。そんな自分の非力さに打ちのめされる度に心を削る事になる。
貴族が平民として生き直すのは、それだけ厳しい。

「ッ…!!アレク!あそこ、向こうに!馬車!」
「ユーク落ち着いて……あぁ」

察したアレクシスが御者に声を掛けて馬車の方向を変えさせた。
目的地の子爵邸とは違う方向へと向かう馬車は、やがて農民らしき人々と、明らかに貴族の格好をした男が立つ畑の前でゆっくりと静止する。



「兄様!!」
「……ユークリッド?」
「おや、もう来たんだ」

貴族の格好をした男はセドリックで、その傍で鍬を構えてシャツとズボンのみのラフな格好をしたフリードリヒは持っていた鍬を背後に落としてしまった。
馬車から飛び降りたユークリッドに、アレクシスの焦った声がかけられるが着地で痺れた足は止まらなかった。すぐに畑の中へと駆け出していた。

「兄様!会いに来ました!…ッ会いたかった!」
「ユークリッド、待て、服が…」
「やだ!」

土まみれのフリードリヒに抱き着いてわんわん泣くユークリッドに、「また、やだ…か」と脱力して泣くまいと唇を尖らすフリードリヒは、想像していたよりもずっと早い再会を果たしたのだった。







「だから畑仕事は程々にした方がいいって言ったでしょ。」
「ユークリッドが来るとは言わなかったじゃないか!」
「フリッツは言うことを聞かないからなー」

子爵家に移動して、言い争う兄二人を前にオロオロしたユークリッドは
アレクシスに助けを求めるように腕にしがみついた。

そんなに可愛い行動をされて表情が緩みそうになるアレクシスは、鉄の理性で場を仕切るよう切り替えた。

「───さて、そろそろ話をしてもいいかな。場所の提供ありがとう、メルヴィル子爵」
「い、いえ、滅相も、ございません!第三王子、殿下…」

眼鏡をかけた青年が慌てて頭を下げた。彼が新しい子爵領の領主らしい。
一瞬で切り替えた兄二人はちゃっかりアレクシスに最敬礼をしてそれぞれ挨拶している。小競り合いは彼等の日常らしい。

「まぁ公式な場ではないから、楽にして欲しい。今日はお願いに来たんだ。」
「お願い…ですか」

アレクシスに促されるまま全員が席につき、お願いの言葉にメルヴィル子爵が反応した。

「それで、領地の引き継ぎは完了したかな?」
「は、王城から補佐の人員も補充して頂いたので、恙無く。基本的な領地経営についてメルヴィル子爵にも指導しました」

フリードリヒの返事に満足そうに頷くアレクシスは、出されたお茶に興味を出しているユークリッドをさりげなく静止しながら「それを聞いて安心した」と返事をした。
ユークリッドは少ししょんぼりしているが、常に毒を盛られる危険性を考えて出されたものに気軽に手を出せないのだ。

それを見たフリードリヒがユークリッドの前に置かれたお茶を取り上げてひと口飲んで見せ、またユークリッドの前に戻した。

「ハーブティーだ。私もよく飲んでいる安全なものだ」
「アレク、いい?」
「……飲んでいいよ」

本来なら、飲み物の共有などもっての外だがユークリッドが興味津々な顔をしていると嫌と言えない。とことん伴侶に弱いアレクシスは苦笑いしてユークリッドに許可を出した。
お茶を楽しむユークリッドから切り替えるように、アレクシスはコホンと小さく咳払いをする。

「引き継ぎが終わって、フリードリヒはもう自由の身という事だね?」
「はい。農民として身を粉にして働くつもりでいますが…」
「絶賛、我が領地に来るように勧誘しているところでした。フリードリヒは有能ですので。」
「セドリック」

睨むフリードリヒに素知らぬ顔のセドリック、オロオロとするメルヴィル子爵。なるほどと頷いたアレクシスはユークリッドに目配せをした。
それに気付いたユークリッドがティーカップを置いて、真っ直ぐにフリードリヒを見る。

「兄様、王城に来て頂けませんか」
「……王城に?」
「俺とフリッツ、二人揃って城で雇いたいって手紙がきてたんだよ」
「なっ?!聞いてないぞセディ!お前はそもそもレヴァン領の領主だろう!」
「レヴァン領は従兄弟が継ぐ事になったんだよ。ランスロット国王陛下のご子息の一人がね」

アッサリと告げるセドリックに、フリードリヒは固まった。
フリードリヒはロズウェル領…現在はメルヴィル領となったが、この地を変わらず愛している。
以前のレヴァン領での短い滞在で、セドリックにも同じ感情があると思っていたから
そんなにあっさりと捨てられるものだとは思わなかった。

「兄様、聞いてください。俺には味方が必要なんです」
「…………私は、…僕はもう、平民だ。王族であるユークリッドの助けにはなれない」

混乱したフリードリヒは首を振るが、ユークリッドは引く気がない。

「俺の養父であるクリストファー・レヴァン侯爵が、兄様も養子にしても良いと提案しています」
「ッ何を言っているんだ」
「兄様の助けが必要なんです!」
「……無理だ。僕は、ロズウェル家の罪を、」

なるほど、と頷くアレクシスに、セドリックも内心同意した。
この兄弟は責任感が強い上に、自責が過ぎるのだ。過剰に責任を背負いすぎて、頑なになる。


(なら、逆に罪の意識を植え付ければいいだけの話。)


セドリックとは違い、アレクシスにとってユークリッド以外はどうでもいい。でもユークリッドが望むなら、確実に手に入れる。
アレクシスは笑みを深くし、どうしたらいいか迷う伴侶の頭を撫でて説得を中断させた。

「───ロズウェル家の罪を償うなら、尚の事、ユークリッドの補佐につくべきではないかな?」
「え…」

にこやかに告げるアレクシスに、フリードリヒは困惑しか返せない。
笑顔なのにやけに圧がある。なんとも言えない恐ろしさがあるとユークリッド以外の全員が思ったが、アレクシスはそんな事は気にせず続けた。

「ユークリッドは自分の育ち方に問題があると思って、無理ばかりするんだ。つい最近も過労で熱を出して寝込んでいたからね」
「過労…」
「勉強も足りないって授業以上に頑張りすぎて鼻血を…」
「アレク!」
「…これもまたロズウェルの罪、だろう?」

なんとなく恥ずかしくて鼻血の件は言わないでほしかったユークリッドが大声で止めようと立ち上がると、「ユークリッド」とフリードリヒが低い声で弟を咎めてきて小さな肩がビクリと跳ねた。

「過労で、熱を出したのか」
「兄様、あの、もう熱はなくって」
「無理をしてはいけないと、あれだけ言っただろう」
「だって、だって…!ッ兄様だって手が傷だらけのくせに!」

痛いところを指摘されるが、可愛い弟が光の中どころか命を削っていると聞けば我慢ならない。
フリードリヒは吊り目を更に吊り上げ、ユークリッドを叱咤した。

「ユークリッドは王族だろうが!国を背負う立場の人間が自分の命を大切に出来なくてどうする!」
「うっ……でも、兄様だって…」

涙目になるユークリッドに、溜め息をつくフリードリヒ。似た者同士だからこそ、支え合って互いを守れるのではないかとアレクシスは考える。
それにユークリッドが血を分けた兄弟に弱いなら、そこは活用すべきだ。
よしよし、とユークリッドの背中を撫でてアレクシスは続けた。

「クリスの養子でも、婚姻でも、そこは好きに決めていい。
ユークリッドを止められる人間を必要としていて、現状お兄さんのフリードリヒしか居ないと見ているんだが…来てくれるだろうか」

質問をしながらも、圧は忘れない。これは半ば命令だ。
ユークリッドとアレクシスの二人からされる説得に、立場を強く意識しているフリードリヒは困り果てて、やがて頭をがくりと下げた。

「…かしこまり、ました。……ん?婚姻?」
「俺はいつでも歓迎してるよ、フリッツ」

にこにこと隣から畑仕事で傷だらけの手にキスを落とすセドリックに、火がついたように一瞬で顔が真っ赤になったフリードリヒと、
オロオロしながらもショックを受けたような顔で二人を見つめるメルヴィル子爵。

なんとも複雑な関係になっていたものだと、しかしユークリッドの環境が整えばどうでもいいアレクシスは愛する伴侶を膝に乗せて飲みかけのハーブティーをユークリッドの口に運んだ。

「………殿下。弟には節度を持った関係も教えるべきかと」
「努力はするよ」

目敏く指摘してくるフリードリヒに、やはり判断は正しかったとにこやかにアレクシスは頷く。
ハーブティーを気に入って膝に座った事に違和感を持たなかったユークリッドはハッとして降りようとしたが、そこは阻止した。



──こうして、帰りは四人になった馬車で賑やかに帰ることとなった。
初めの方は兄と一緒に居られることを喜んでいたが、体力が尽きて途中で眠ったユークリッドはアレクシスが支えている。

「…セドリックは、本当に王城勤めでいいのか?」
「確かに領主としての生活は充実感もあったし、好きだけどね。…好きな人の為なら全て捨てられると思ったんだ。従兄弟も信用出来る奴だしね。不満はないよ。」
「……そうか」

しんみりとしているフリードリヒの頭を撫でたセドリックが、パッとアレクシスへと顔を向けた。
前回会った時も思ったことだが、クリストファーとよく似ている。

「殿下。公爵家の話は把握していますが、私が宰相に就いては力が偏りすぎでは、と疑問に思っております」
「…そうだな、僕まで入ったら確かにレヴァン家の者が多くなりすぎる。別の貴族の養子に…」
「それを選んだら寝ているうちに入籍してると思ってね」
「……セディ、落ち着け」

本人は預かり知らぬところだが、ユークリッドもレヴァン家として見られている。ランスロットの正妃、王家に仕える侍従の総括、更には宰相となると
レヴァン家は王家と並ぶ程に力のある、誰にも手を出せない驚異として見られるだろう。

「まぁ、かろうじて残っていた前第二妃派も追い出されたからね。
折角だから逆恨みもできないくらい、出来る限り恐れてもらわないと。誰にも手を出せないと思うくらいにはね」

にこっと笑うアレクシスに、セドリックとフリードリヒは第三王子ってこんな人だったかと二人で顔を見合せた。

「………重いですね」
「…ユークリッドの安全については、信じられそうです」

全ては、ユークリッドが安心して生きられる未来の為に。
その為の駒として見られていると自覚した二人はもう一度目を見合わせ、可愛い弟のためならば仕方ないかと揃って苦笑いした。

「まぁ、フリッツと結婚するにはレヴァンの血を引く誰かに領主を継いでもらわなければと考えていたから、俺としては結果オーライ」
「……返事はしていないからな」 
「往生際が悪いなぁ」

小声で喧嘩する二人を放置して、アレクシスは今回の出来事を振り返った。

(ユークリッドが望むものは、全て手に入れられたかな)

これでユークリッドが過労で倒れる事はなくなるだろう。
アレクシスは満足のいく結果が得られて良かったと、すやすやと腿を枕にして眠る愛しい伴侶の頬を撫でるのだった。




────陰章 終
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