【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)

文字の大きさ
48 / 61
間章【義兄と実兄】※主人公不在

2.心の行方

しおりを挟む

「これで、帳簿の書き方は以上だ。しばらくは国からの補助もあるから分からなくなれば都度聞いたらいい」
「………難しい。やっぱり僕には無理ですよ…こんな事してたら実験する暇がないじゃないですかぁ」

領地経営の引き継ぎとは言ったが、薬師の男にはあまり興味のない分野らしい。
フリードリヒもどうしたものかと顎に手を添えて考えた。

「確かに、ダリウスは薬師としての腕を国に買われた訳だ。だったら領地の運営自体は国に委ねて薬の開発に集中出来る環境を作る方がいいかもしれないな…」
「そんな方法が?!」

眼鏡の向こうで黄色の目がキラキラと輝く。
 
───ダリウス・メルヴィル。
子爵位を拝命し、メルヴィル領の領主となった男は泣き言をよく言うものの、根が真面目らしくフリードリヒの言葉を熱心に聞いていた。

「嘆願書は書いたことあるか?」
「あります!それがあったから薬の研究も出来て、国に認められたんです」
「貴族もよくそれを書いて国に申請するんだ。書式は決まっているが…」
「ふむふむ」

サラサラと包帯まみれの手がペンを動かす。
ダリウスはフリードリヒの字が美しいなと見蕩れていた。

「…こんなところか。この書式は度々使うだろうから覚えた方がいい」
「平民が書く嘆願書とは少し違うんですねぇ」
「届く場所は同じはずだがな。貴族というのは形にこだわる生き物だ」

他に何を教えられるか…執務室に残っている資料を見ながらフリードリヒは考えていた。

「あぁそうだ。私は領地の見回りをよくしていたんだ。…行ってみるか?」
「行きます!農地が多いと聞いているので、とても興味がありますね!」
「なら、行くか」

いきなり領地の名前から変わって領民達も混乱しているだろう。ちゃんと挨拶をせねばとブツブツ呟くフリードリヒの後ろで、ダリウスは少しずつ目の前の男に惹かれていることを自覚していた。



───没落したロズウェル家の者は要注意人物とされているらしく、常に監視の目が光っている。

(別にダリウスに危害など加える気もないが)

これもまた、償いの形だ。
フリードリヒは不満を漏らすことなく、それを受け入れていた。

「ダリウス、農地は基本的に自分達が食べる食糧も兼ねている。いきなり薬草畑にするよう説得しても反感を買ってしまうんだ」
「そっかぁ…難しいですねぇ」
「今後、薬草で儲けを出すなら悪くはない話かもしれないが…」

フリードリヒの受け入れ先候補とされている農家を尋ね、農地を少しだけ貸してもらえないかと交渉した。
ダリウスの言う薬草が、そもそも領地の環境に合うかも問題だ。

「………ちょっと、距離感近すぎませんか?」
「そうか?平民の間ではこれくらいが普通だと聞いていたが」

農民の男から腰を抱かれるフリードリヒに、つい最近まで平民だったダリウスは「絶対に違います」と訴える。
すると、護衛と言ってついて来ていた国から派遣された者達が何故か農民の男とフリードリヒを引き離した。

「……別に、誰彼構わず危害を加える気はないが」

監視を受けている自覚のあるフリードリヒは平民にまで危害を与えそうと思われているのかと溜め息をついた。
恐らくは、粗暴なロズウェル家の兄弟として有名だった事が原因だろう。

全ての行動が自分に返ってきている。平民になっても尚、警戒されてしまう。悲しいものだが仕方もない。



──そうして1週間、2週間と順調に引き継ぎは進んでいた。



「フリードリヒは本当に根気強いねぇ」

屋敷からは少し離れているが、使われていなかった小さな農地を借りられて、フリードリヒは毎日そこを耕して畑作りに精を出している。
毎回は同行しないが、ダリウスも度々その様子を見に畑に来ていた。

「そろそろ引き継ぎも終わるからな。だいぶ道具の使い方を理解してきた気がしていて、楽しいんだ。」
「…僕はちょっと、不安だけどねぇ。農民になった瞬間、君は儚い命を散らしてそうで」
「死んでは償うべき罪が償えないだろう」
「…」

貴族になったばかりのダリウスには、ロズウェル家が何をしてきたのか知らない。
ただ、自主的に罪を背負い生きているフリードリヒはやりすぎではないかと思い始めていた。

「僕、思うんだよねぇ。あれって監視じゃない気がする」

チラリと少し離れたところに控えている国から派遣された騎士達に視線を投げる。
誰かに接触されると引き剥がしに来る騎士達に「暴力をふるわないか警戒されているんだ」とフリードリヒは言うが、どうにも違う誰かの意思を感じるのだ。

「何を言っている…?」

元々、痩せていた身体が更に細くなり、毎日の畑仕事で鍛えられたと言い張るフリードリヒという人間を少しずつ理解してきたダリウスがそろそろ作業を中断させようと口を開いた時、複数の馬の足音が耳に届いた。

「…馬車だ。馬車がこっちに来てるよ」
「馬車?……あの紋章は」

農具を持っていたフリードリヒの手がブルブルと震え、反射で思い浮かべてしまった人物に来てほしくないと心の底から願った。
いっそ王城からの使者であってほしい。平民となった自分の姿を、みっともなく足掻いて生きている姿を、見られて失望されたくない。

心が訴える事とは逆に、事態は動き、変化する。


「───久しぶり、フリードリヒ。」


深い緑───オリーブ色の髪が光に照らされ、常に笑って見える男の顔が開かれた馬車の扉から見えたと思えば
時々しか見れない黒い瞳がフリードリヒを写し、手入れの行き届いた綺麗な靴はツカツカと真っ直ぐに畑に踏み込んだ。

「セドリック、土が…」
「キミに会いに来た時点で土まみれになるのが前提だ。そんなことより…ちゃんと手当てしていないだろう!またこんなに傷を増やして!!」
「ッ…」

農具を握っていた両手を掴み上げたセドリックに、ダリウスが「フリードリヒは手に触れるのを嫌がる」と慌てて伝えようとしたが、それよりも先にセドリックの怒りの声がその場に響き渡った。

「君はまた、どれだけ自分を蔑ろにする気だ!」
「だから、私は平民として」
「勧誘をやめて、連れ去ってもいいんだからな。」
「……甘やかすな」

口を尖らせて、涙を溜めた赤い瞳に
セドリックは盛大に溜め息をついて細くなった身体を力強く抱き締めた。

二人を見つめるダリウスは、手を握られて一切の拒否をしなかったフリードリヒに全てを悟って立ち尽くしていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました

彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。 姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

冤罪で追放された悪役令息、北の辺境で幸せを掴む~恐ろしいと噂の銀狼将軍に嫁いだら、極上の溺愛とモフモフなスローライフが始まりました~

水凪しおん
BL
「君は、俺の宝だ」 無実の罪を着せられ、婚約破棄の末に極寒の辺境へ追放された公爵令息ジュリアン。 彼を待ち受けていたのは、「北の食人狼」と恐れられる将軍グリーグとの政略結婚だった。 死を覚悟したジュリアンだったが、出会った将軍は、噂とは真逆の不器用で心優しいアルファで……? 前世の記憶を持つジュリアンは、現代知識と魔法でボロボロの要塞を快適リフォーム! 手作りスープで将軍の胃袋を掴み、特産品開発で街を救い、気づけば冷徹将軍から規格外の溺愛を受けることに。 一方、ジュリアンを捨てた王都では、破滅の足音が近づいていて――。 冤罪追放から始まる、銀狼将軍との幸せいっぱいな溺愛スローライフ、ここに開幕! 【オメガバース/ハッピーエンド/ざまぁあり/子育て/スパダリ】

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

処理中です...