番を持ちたがらないはずのアルファは、何故かいつも距離が近い【オメガバース】

さか【傘路さか】

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 時間の調整を頼まれた時計は、高い天井付近にあった。

 屋敷の一階にあり、客が扉を開けて最初に見る空間。この空間から二階への階段や、一階の各部屋へ向かう廊下へ向かうことができる場所だ。大きめの調度品が揃えられ、どれもが優雅な色味と、磨き上げられた光沢を放っている。

 強化魔術を詠唱し、重厚な色の床から跳ね上がる。時計に手を掛けると素早く外し、胸元に抱え込んだ。

 すとん、と床に着地すると、ふわりと柔らかい赤毛が浮かび上がる。時計の文字盤を覗き込むと、硝子に僕の顔が映った。

 苦労人、と言われがちな、いつも必死そうな表情を浮かべている顔。硝子の奥から、沈む夕陽の色をした瞳が見返してきた。

 時計を抱え直し、視線を感じて背後を振り返る。

「────リカルド様」

 階段の手摺りに腕を掛け、にまにまとこちらを見つめていたのは、勤め先の屋敷を所有する当主の次男……リカルドだった。

 とん、とん、と階段を降りても、僕を見下ろす顔はまだ高い位置にある。高価な服を適当に纏うため気づきづらいが、体格もアルファらしく優れた男だ。灰色の髪を背後で一つ結びにし、顎にはたまに無精髭が浮いていることもあった。

 取っ付きづらさがないことは美点なのだが、美形な顔立ちなのに、妙に三枚目風な所作の所為で気付かれにくくもある。

 綺麗な琥珀色の瞳と、まっすぐに視線が合った。

「働き者でえらいなー」

 肩を抱かれ、頬を擦り付けられる。

 今日は剃りが甘かったらしい、柔らかい髭が頬の先を擦った。魔力相性は悪くないらしい相手から、ゆったりとした魔力が流れ込んでくる。

 誰にでもそうするであろう男の身体から、はいはい、と言いながら逃れた。

「リカルド様は遊んでるんですか?」

「遊んでる。今日は、『────』地方をぶらぶらしようと思ってさ」

「なるほど。所有している山の視察ですか」

 僕の言葉に、リカルドは視線を泳がせた。頭を掻く指は動きが鈍い。予想が当たっていたことはすぐに察した。

 この人は、働いている癖にそれを隠したがる。

「────すこし前に、雷が大量に落ちた。たぶん、雷管石が見つかるだろうから、人手を連れてくことになってな」

 面倒そうにしていても、楽しみにしていることが魔力の波から漏れていた。働き者で優秀な長兄のことが話題に上がりがちだが、この次男もたいがい仕事好きだ。

 優秀なアルファ。誰からも引く手あまたであろうこの男は、まだ番を得てはいない。神殿に番の仲介を頼まず、当主から見合いを打診されても断り続けている。

 いい加減でちゃらんぽらんに見えて、真面目で有能な部分が滲み出る。それを察する度、もうすこし素直になればいいのに、そう思ってしまうひとだ。

「沢山集まったら、……ロシュは雷管石、欲しいか?」

「貰えるものなら、貰いますが」

 ジール家は特定の山で、雷管石を収集できる権利を有している。その都合から、使用人に対しても、時おり雷管石が給与と共に渡されることがある。僕がこの屋敷に勤めることにしたのも、この特殊な報酬ゆえだった。

 雷管石は、神が落とした雷によって生じる石だ。そして、雷管石は魔力を長期的に内部に保持する特性がある。その特性故、魔力を込めて神殿に預ける用途で使われる。

 アルファ、そしてオメガ。この二つの特殊な性は、人の身体の造りに影響を及ぼす。

 オメガは魔力を多く有し、アルファは体格に優れる傾向にある。この二つの性を持つ者の間では番と呼ばれる関係性が築かれる。

 番が成立すれば発情期に関わる体質が安定することから、この国ではアルファとオメガを積極的に取り持つ傾向にあった。

 特に神殿は、大きな役目を果たしている。雷管石に魔力を込め、神殿に預ける。そうすると所属している鑑定士が、番として相性のよい人を石に込められた魔力から読み取り、紹介をしてくれるのだ。

 遊びの関係を持ちづらいオメガからも、神殿からの紹介相手は好まれている。僕もまた雷管石を手に入れて、神殿へ預けたいと願ううちの一人だった。

「……そっか。俺から渡すには手持ちがなくて悪いが、いずれ手に入るといいな」

 頭をぽんと撫で、リカルドは歩み去っていった。

 僕のように魔術師として仕事のあるオメガなら、基本的には金を貯めて雷管石を手に入れることも容易い。けれど、僕の家は父が闘病の末に亡くなったばかり。母もまた、父を看取った疲労から体調を崩し、入院中だ。

 人のいなくなった家を貸しに出し、僕はこちらの屋敷に住み込みで働かせてもらっている。入院費用は賄えているが、金が貯まったからといって雷管石を買おうという気にはなれなかった。

 僕はオメガだ。身体は強くないし、いつ体調を崩すかも分からない。何時になるか分からない母が退院するまでの入院費を、稼いでおく必要があった。

「だから、僕はここを選んだんだけどね」

 ぽつりと呟き、時計を抱えて長い廊下を歩き出した。靴底で踏みつける赤色の絨毯は、僕の家では買えやしない代物だ。

『気まぐれに給与の他に雷管石をくれる』

 母を案じながらも、自身も番を探したいという希望を持っている僕にとって、この職場は理想的だった。

 雷管石を求めてか、オメガの使用人も多くいる。発情期の対応も手慣れていて、もし番を得たとしても働き続けたい職場だった。

 目当てにしていた狭い作業室へと、身体を滑り込ませる。

 作業室は狭く、中央の大きな机の周りは人ひとりが歩けるくらいの幅しかない。ぐるりと室内を囲むように木製の棚が配置され、代々受け継がれていた工具が置かれている。

 棚から工具箱を持ち上げ、机に載せた。工具箱から目当ての工具を取り出し、螺子を外す。内部から補充してあった魔力を抜き、本格的な分解を始めた。

 この屋敷には魔術師として雇われているが、手先が壊滅的に不器用でないからか、魔装技師を兼ねるような仕事をしてしまっている。内部の魔術式を読み、掠れた箇所を見つけた。

 症状は、頻繁に時計が遅れる、だ。魔力が上手く流れないのは、この掠れの所為だろう。念のため最後まで魔術式を読み、魔力を込めて術式をなぞる。掠れた文字は綺麗に焼き付き、魔力を補充すると長針はまた動き出した。

 正しい時間に設定した後、掃除をしつつ待機し、手元の時計と見比べる。最も長い針は、正しく、そして盛んに円を描き続けていた。

 裏蓋を閉じ、螺子を締める。正しく動き出し始めた時計を抱え、僕は作業室を出た。








 リカルドから相談を持ちかけられたのは、季節の変わり目のことだった。

 暑かった気温も鳴りを潜め、ひたひたと寒さが躙り寄るような日。僕が長袖の制服を身に纏い、広い廊下を歩いていると、探していた、というように呼び止められる。

「ロシュくん。君の助けが必要なんだ!」

 普段はくん付けなどしない癖に、わざとらしく丁寧に僕を呼ぶ。口調もあからさまに変だ。

「今度はなんですか……」

 腕の中に閉じ込められ、いつものように頬を擦り付けられる。

 人懐っこいにしても限度がある。雇い主にしては雑に引き剥がし、距離を取る。質の良い魔力が流れ込んでくる所為か、なんだかそわそわしてしまうのだ。

 ぱあっと晴天のような笑みを浮かべ、リカルドは、こっち、と手招きする。誘われたのは最上階にある彼の自室だった。

 貴族の一員だけあって広く、大きな窓から庭がよく見える部屋が割り当てられている。部屋の中は暖かい色味で揃えられてはいるが、ごちゃごちゃしたところや派手さはない。普段の彼の態度からすると、意外な室内を眺める。

 華美すぎない寝台に棚。部屋の中も整えられており、唯一、机の上だけが本と紙で溢れていた。

「ロシュ、おいでおいで」

 僕を中央にあるソファに招くと、座るよう促される。

 僕がおずおずと腰掛けると、隣に、とすん、と彼が座った。距離の近さはいつも通りで、この態度に勘違いする人もいるのでは、と心配になる。

「あ、これお土産」

「え。またですか……、ありがとうございます」

 小さな菓子らしき包みを差し出され、おずおずと受け取った。遠方に行くたび、几帳面にこうやって土産を使用人にまで渡してくれるのだ。

 机の上には、宝石を仕舞うための箱が置かれていた。リカルドは繊細な装飾がされた箱を引き寄せると、一番上の蓋を開ける。

 中には、橙色の宝石が入っている。彼は手袋を填めると、宝石を持ち上げた。

「こっちが本題。この間、収集したばかりの雷管石なんだけどさ」

「え? 雷管石なんですか?」

「珍しいだろ。綺麗に橙色に染まってて」

 神が創り賜うた大振りの雷管石。そして希少な色味。この一つだけで立派な家が建ってしまうかもしれない。

 リカルドは僕にも手袋を与える。指先が余る大きさのそれを填め、彼から手渡された宝石を手のひらに載せた。

 窓から漏れる光を受け、表面はぴかぴかと輝いている。手のひらの上で転がすと、星の瞬きのような鋭い煌めきが目の前で次々に色を変えた。

「これ。一度、売ったものなんだよ」

「え? 売った物がどうして……」

 リカルドは苦笑すると、後頭部のあたりで指を組む。

「魔力が籠もらないんだ。雷管石であることは間違いないんだけどな……なんというか、魔力を受け付けてくれなかった」

「じゃあ、……こんな言い方は可笑しいと重々承知していますが。────返品、と」

「そう、返品。神殿に預ける石って、どんなものでもいい、って人もいれば、番を得た後で大事に保管したい人も、加工して身につけたいって人もいる。それ、本当に高値が付くんだ。……魔力さえ籠もれば、な」

 加工の方法を持ち主が決めることを目的として、最低限の状態……ほぼ原石のまま雷管石が流通することもある。他の石と違い、それでも値が付くのが雷管石だ。

 けれど、この雷管石には魔力が籠もらなかった。魔力を保持しなかったのだ。

 リカルドは僕の手のひらの上にある、我が儘な石を指差した。

「専門の機関に調査を依頼すべきかもしれないが、その前に調べてみてくれないか」

「調べる……と、いっても。魔力を込めずに、ですよね……。魔術師は、魔力の流れを読み解くことは得意です。ただ、例えば僕が魔力をこの石に流し込んだとしたら、保持されてしまうかもしれない。保持されてしまえば、他の人には売れません」

 商品の価値を無に帰すような真似はできない。もし原因を探るとしたら、この石自体に魔力を流し込まない方法でしか探れない。そうすると、魔術師として取れる手段が途端に少なくなる。

 釘を刺すつもりだったのだが、リカルドはそれを否定した。

「流してみても構わない。実は、複数人、流すことを試みて失敗してる」

「そんなことをしたんですか!?」

「最初に買った人の家族で、だ。ほら、上の子が駄目でも下の子なら、石はその家の物になるだろ。でも、駄目だったな」

 リカルドは顎に手を当てる。太い指先が輪郭に沿って撫でた。

「専門の機関は高い。ある程度の期間、ロシュにその石を出来る限り調べて貰う、というのならどうだ?」

「まあ、あまり急ぎではないのなら……」

「それは大丈夫だ。もう返品されたしな」

 もし魔力が込められないとしたら、この石の価値はがくんと下がる筈だ。そうなれば、家などとうてい建たない。リカルドにとっては、その差額が諦めづらいものなのだろう。

 あ、と思い出したように彼は言葉を続ける。

「それ、ロシュであっても持ち出されると困るんだ。調査作業は、この部屋でやってもらえないか?」

「…………僕。……がリカルド様の部屋に頻繁に出入りすることになりますが」

「使用人長には事情を話しておく。こんなアルファと噂になっても困るだろうからな」

 あはは、と笑って頭を撫でられる。別に、こんな、と称するような人物でもないだろうに、彼はこうやって自分の価値を落としてしまう。

 そんな癖を持つ人だから、頼られたら助けてあげたくなってしまうのだ。

「困るのはそちらでしょう。僕は、噂の相手にしては難有りだと思いますよ」

「なにが?」

 彼の口調は、予想外に固い響きだった。なにか大切なものを損なったような、僅かに咎めるような波があった。

 こくんと唾を飲み込み、口を開く。

「僕自身、あの。見目に優れたオメガという訳でもありませんし、母は病気で、番になった方に迷惑を掛けてしまうかも……」

「誰かを支えたいと思う気持ちは、褒められるべきだと俺は思う。あと、アルファは顔より匂いと魔力相性のが大事かな」

 頭を撫でる掌は、さっきの動作よりも優しかった。彼が番に対して向けるような優しさの一端を垣間見てしまった気がする。

 ざわり、と騒ぐ胸を、奇妙に思いながら押さえた。

「そういうものですか?」

「顔の良し悪しって、こう、好みの意見による多数決だろ」

「でも、大体の人は多数派に含まれます」

「まあな。でも、匂いの好みのほうは、けっこう意見が割れるんだよな。……というか、ほぼ、番にしたい相手以外はどうでも良くなる、っていうか」

 番は一対の関係だ。アルファがオメガを番候補として定めると、途端に他を見なくなる光景はよく目にする。

 むう、と言葉に押されて黙った僕に、リカルドは微笑みを贈った。

「だから。噂になりでもしたら否定しとけよ。『あのおっさんには興味ない』って」

「おっさん、と称するほど年上でもないです」

 ほんの数歳上なだけの筈だ。ほらまた、と彼の癖に栞を挟む。さり気なく自分の価値を落とそうとする。その度に、僕の腹には火が燻る。

 何でこんなに腹を立てているのか分からないが、尚更もやもやするのだ。

「でも、まぁ。否定はしておきますので」

「おう」

 表情を窺うと、彼はにかりと歯を見せた。画布に繊細な淡い色を混ぜた絵を描いて、それを濃色一色で塗りつぶしたような表情だと思った。

 彼自身がどう、とは言わないが、隠されるものがある事はさびしかった。




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