婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

りつ

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諦めなかった幼馴染の夫

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「お帰りなさい。あなた」

 仕事先から帰ってきたグレイを出迎えると、彼はなぜかじっと私を見つめてきた。無表情なので少し怖い。

「どうかしましたか」
「いや、スカーレットがここにいて俺を出迎えてくれるのが信じられなくてな」

 なんだそれは、とこの頃一日に一回は思う文句を心の中でつぶやいた。結婚してしばらく経つというのに、夫はいつまでたっても浮き足立っている。

 どうしたものか、と思っていると、いつの間にか夫が目の前におり、端正な顔が近づいてきた。

「……夢ではないと、わかりましたか?」

 熱を帯びた感触に、私は眉根を寄せる。頬が熱い。

「ああ。だが、まだ確証が持てない」

 グレイは私を痛いほど抱きしめると、後で確かめなければならないと耳元でささやいた。いつもは大声で話す彼が、結婚してからはなぜか小さな声で話すことが多くなり、とても喜ぶべきことなのに、私は妙に落ち着かない気持ちになるのだった。

 身じろぎすると、ようやく夫は抱擁を解いてくれた。

「さっ。こんな所で突っ立っていないで、食事にしよう」
「引き留めたのはあなたの方です」

 そうだったか? とグレイはとぼけた振りをして目を細めた。



 夕食を済ませ、寝室に二人きりになる。なぜかひどく落ち着かない私は、先ほどの疑問を夫にぶつけてみた。

「どうしてこの頃そんなに小さな声で話すの?」
「スカーレットが言い出したんだろう? 俺の声がいつも大きいと」
「それはそうですが……」

 だからといって小さすぎては意味がないだろう。

「それにあなたはわざとそうしているような気がします」
「そんなことないさ」

 自分の椅子から立ち上がり、私の方へやってきたグレイは、ふっと耳に息を吹きかけるようにして答えた。ほら、言っているそばからこれだもの。

 くすぐったいわと私がすかさず文句を言うと、彼はその場はわかったと頷いてくれるのだが、すぐにまた耳元で甘い言葉を囁くのだ。

「今ならあの芝居を演じていたやつらの気持ちがわかる。いくら愛していると言葉にしても、ちっとも伝えられた気がしない」
「グレイ!」

 私の顔はさぞや真っ赤になっていることだろう。ニヤニヤしている夫が腹立たしいことこの上ない。

「悪い。だがお前の照れた顔が可愛くてな」
「そんな時だけ大声で言うのはやめて下さい」

 ぷいとそっぽを向くと、グレイは困ったように後ろから腕を回してきた。

「スカーレット。悪かった。そんなに怒らないでくれ」

 甘えるように首もとに顔を埋める夫。何だか大型犬にのしかかれているような気分だ。あんなに狂犬だった彼が今ではすっかり丸くなって。

 それは奥様の前だけです、とメイドたちはよく言うが、私にはよくわからない。

「スカーレットが俺の奥方だなんて、今でも信じられないんだ。嬉しくて、たまらない」

 なんだか彼に言いように丸め込まれているだけな気がする。いや、きっとそうに違いない。

 このままではいけないと、私はくるりと振り返った。

「そんなに私の言うことをお聞きにならないのなら、以前して欲しいと言っていた膝枕はもうしませんから」

 これにはグレイも慌てたのか、がばりと顔を上げた。

「それは困る! 約束だったじゃないか!」
「だったら私の言うとおりにして下さい」

 自分でも可愛くないと思いながら、つい彼には逆らいたくなる。

 いつだって彼には私の言うことを聞いて欲しい。従って欲しい。好きでいて欲しい。愛して欲しい。

「まったく。相変わらずお前は強情っぱりだな」

 呆れたような声に、ちくりと胸が痛む。
 でも今さら可愛げのある言葉など出てくるはずがなかった。

「そうよ。でもそんな女と結婚したいと言ったのはあなたよ。今さら後悔したって遅いんですからね」

 本当に可愛くない。もっと素直になればいいのに。

「後悔なんかするものか」

 グレイは私を抱きかかえ、そのまま寝台の上まで連れていく。そして自身の膝に私を座らせ、互いに向き合うようにした。琥珀色の目が細められ、まるで壊れ物に触るかのように優しく触れてくる。

「お前のそういうツンケンしたところも含めて、俺は好きになったからな」
「……趣味の悪いお方」
「というわりには顔が赤くなっているぞ」

 白い歯を見せて笑う夫はじつに満足そうである。

「諦めろスカーレット。俺が何年お前に片思いしてきたと思っている。俺がお前を愛する気持ちは、お前自身にも勝てやしないさ」

 頬に手を添えて、グレイは私に口づけしてきた。
 それもそうかと納得した私は、目を閉じて夫に身を委ねた。



 おわり
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