婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

りつ

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プロポーズの返事

「改めて言うが、スカーレット。俺と結婚して欲しい」

 次の日、大輪の薔薇を手にグレイが私に求婚してきた。予想通りというか、なんというか……

 もう少し時間を置くとか、ここから少しずつ距離を縮めていくとか、そういった遠慮を一切しないのがこの男らしい。二人きりになって言い出したあたり、まだ進歩があったというべきか。

「……あなた、私のことが本当に好きなんですね」

 私は答える代わりにポツリと言った。グレイ本人からすれば失礼極まりない態度であるだろうが、あいにく付き合いの長い彼にとっては慣れたもので、特に気分を害した様子はない。

「ああ。幼い頃、一目お前を見た時から好きになった」
「そんなに前からですか」

 私たちの付き合いは子どもの頃からで、グレイはその頃からちっとも変わっていない。背格好は変わったのかもしれないが、中身は全く今と同じだ。呆れるほど真っ直ぐで、こちらの心情などお構いなしにずかずかと入ってくる。

「そうだ。お前は少しも気づかなったがな」
「……それで色々ちょっかいをかけてきたんですね」

 何かと突っかかってきたので、てっきり嫌われているのだろうと幼い私は思っていた。グレイもかつての自分に思い当たる節があるのか、決まり悪げに弁解した。

「あ、あれはお前が一人ポツンといるから、善意のつもりで話しかけたんだ」

 善意のつもりで、か。男の子の善意って何だろう。

 追いかけっこに誘って、何度も私だけをしつこく追いかけ回したり、苦手な虫や犬をわざわざ私のところへ連れてくることを、善意というのだろうか。あと泣き顔を見に家へ訪れたり。

「仕方がないだろ。そうしないとお前は俺のことを少しも見ようとしなかったんだから」
「だってあなたの声とっても大きかったんだもの」
「なんだそれは」

 呆れたようにグレイは私を見た。理解できないという顔だ。私だって小さい頃の彼の気持ちは理解に苦しむ。まぁ、互いに子どもだったということで、話を元に戻そう。

「それで、私が婚約した時はどう思ったの?」
「胸が引き裂かれそうなほどの苦しみを覚えた。いっそお前を攫って、駆け落ちでもしようかと思ったほどだ」

 それは駆け落ちではなく、ただの誘拐ではないだろうか。もしグレイがその道を選んでいたと思うと……いや、考えるのはよそう。

「だが、お前があいつを好きなのは、一目見てわかった。俺には見せたことのない表情をあの男には惜しげもなく見せて……だから、諦めることにした」

 そう。結局彼は私とアーネストの婚約を受け入れ、喜んでくれた。

「ずいぶんとあっさり諦めたのね。私のこと、本当に好きだったの?」

 捻くれた私は、つい意地悪なことを言ってしまう。グレイは目を吊り上げた。

「馬鹿言うな! 俺がどれだけお前のことを愛していたと思う!」

 その声の大きなこと。私はつい顔をしかめてしまった。彼も声を張り上げた自分を恥じるかのように、ゴホンと咳払いした。

「とにかく、俺はお前のことを誰よりも愛している。誰よりも、だ!」
「もう、わかりましたから」

 本当にわかっているのか? と彼は疑わしそうな眼差しを向けてくる。失礼な人だ。

「だいたいお前は昔からどこか淡白だった。関心が薄いというか、執着心がないというか。そんなお前が唯一あの男には惹かれていた。……たいへん腹立たしいことにな」

 グレイは、私のことをよく理解している。私自身よりも。

 全く彼の言う通りなのだ。異性に欠片も興味が無かった私を、あの男、アーネストがひっくり返してしまった。

「だから、誠に遺憾ではあるが、俺はお前の幸せを見届けようと思った。お前の友人として、兄として、お前とあいつを祝福しようと」
「兄として、って。あなたと私は赤の他人じゃない」

 冷静に指摘すると、グレイはむっとした表情になる。

「そんなことはわかっている。心の問題だ。今までは一人の異性として見ていたが、これからは妹を守る兄のように接しようと決めたんだ」

 妹を守る兄のように、ね。なるほど。だからいつ頃からか、なにかと私を過保護に扱うようになったのか。

『そんな格好して、少し派手じゃないか』
『いいか。好いた男だからといって何でも言うことを聞いてはだめだ。常に節度と一定の距離感を持ってだな……』

 アーネストと今日は何をしたのだ、門限はきちんと守るようにだの、家族以上にグレイは私の生活に口を挟んできた。一体何なのだろうと当時は思っていたが、ようやくその謎が解けた。

「本当にあなたっていう人は……」

 私にはとても真似できない。好きな相手がいて、しかも結婚する予定なのに、ずっと接し続けるなんてこと。でも目の前の男はやり遂げたのだ。本当はとても辛かっただろうに。

 どうしてそこまでするのか、アーネストに恋していた私にはわかった。あの雨の中、喫茶店で一瞬でも見かけてそのまま追いかけてしまった私にはわかった。

 グレイが私を好きだからだ。ずっと、ずっと好きでいてくれたからだ。

「だが、今はもうその必要はない。婚約者があんなクズだった以上、俺がお前を幸せにしたい」

 珍しく胸がいっぱいになり、この余韻に浸っていたいと思っていた矢先、ぐいぐいとグレイは私に迫って気持ちを伝えてきた。台無しである。

「スカーレット。俺は諦めないからな。お前が逃げるだけ、俺は追いかけていくからな」
「怖いからやめて下さい」
「いや、やめない」

 はあ、と私はため息をついた。

「私はあなたと結婚しますから、その必要はありません」

 え、とグレイが呆けたような顔をする。それは少しだけおかしかった。

「な、今、な、なんて言ったんだ」

 大げさに身体を引いて狼狽えるグレイ。自分で言いだしておきながらその反応はいかがなものか。

「だから、あなたの結婚をお受けすると申し上げたんです」

 私がもう一度繰り返すと、彼は今度こそ固まってしまった。十秒、三十秒、一分……

「聞いていますか? 返事がないのならば、やはり断りますよ」
「それはダメだ!!!!」

 グレイは先ほどよりもずっと大声で叫んだ。私は耳を塞ぎながら、わかりましたからとなだめる。突然おとなしくなったかと思えば、大きな声を出して、本当に忙しない人だ。

「本当だな。本当に俺と結婚して、伴侶になってくれるんだな?」
「ええ、本当よ」

 まだ信じられんと、彼は自身の頬を抓っている。

「夢みたいだ。頬を一発叩いてもらってもいいか?」
「嫌よ。どうして自分の夫となる人の頬を叩かねばならないの」
「その冷たい物言いは間違いなくスカーレットだな」

 グレイはそう言うと突然私を抱き上げた。背の高い彼に宙に投げ出すかのように抱き上げられ、慌てた私は彼にビンタを食らわしてしまった。

 それすらも、グレイは嬉しそうだった。

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