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17、王太子の助言
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「イリスさん? ……イリスさん!」
耳元で名前を呼ばれイリスはハッとする。自身の左側にベルティーユが心配した顔をしてこちらを見ていた。
「急に黙り込んでしまったから、驚きましたわ」
「何か悪いことでも聞いてしまったか?」
右側からサミュエルも声をかける。……というかいつの間にか二人ともイリスを挟むようにして座っている。一体いつ席を移動したというのだ。
「みなアナベル嬢の商品説明に夢中になってしまったからな。席を変わってあげたのさ」
見れば確かにアナベルと女性陣でひどく盛り上がっている。あんなに熱く語っているアナベルの姿は学生時代にも見たことがない。
「それよりどこか気分が悪くなったわけではないよな?」
「そうですわ。大丈夫ですの?」
「あ、大丈夫です。少し昔のことを思い出していて……ごめんなさい、突然黙ってしまって」
「ならいいんだが……急に思いつめた表情をして黙り込むから、心配してしまったぞ」
サミュエルの言葉に、イリスはちょっと驚く。
「あ、今私が心配したことに驚いただろう?」
「えっと……はい」
正直に応えれば、心外だと言うようにサミュエルはムッとした顔をする。
「私はそこまで薄情な男ではないぞ。女性が弱っているならば、優しく介抱してあげるのが紳士の嗜みというものだ」
「……先ほどの殿下の態度では、あまりそうは思えませんもの」
「そうか? それは失礼した。きみの反応があまりにもおもしろ……いや、可愛らしくてな。つい揶揄ってしまった」
(今面白いって言おうとした!)
「もう。お兄様。ですからそれはラファエルのみの特権なんですってば!」
「そうかそうか。って、また同じ話になっているな」
それで、とサミュエルは話を元に戻した。
「ラファエルとは領地が隣同士、だったか?」
「はい。社交シーズンになると、両親が王都へ行ってしまいますので、その間わたしはラファエルの家に預けられることが多かったんです」
「ふーん。私にはよくわからないが、それはけっこう珍しいことなのではないか?」
「そう言われると、そうかもしれませんわ」
おそらくだがイリスが兄妹もおらず、広い屋敷に一人取り残されるのを両親なりに可哀想だと思ってラファエルの家に預けたのだろう。彼もまた一人っ子だったから。
「従兄弟はいましたけれど、それよりはラファエルと遊ばせた方が退屈しないと思ったんじゃないでしょうか」
実際イリスは年下の従兄弟が苦手であった。自分の方が年は上であるのに、完全にイリスのことを下に見て接してくるのだ。彼の家へ預けられるくらいなら自分を王都へ連れて行ってと幼いイリスが両親に泣きついたのも、きっと理由の一つだろう。
「貴女もシェファール家も、ラファエルのことをたいそう信頼しているんだな」
それは間違いないとイリスは頷いた。
(お母さまたちもきっとそれは変わらないはず……)
なのにどうして、とイリスはそっとため息を零した。
「結婚って、難しいものですね……」
しみじみとした口調で言ったあと、イリスは王族相手に何を言っているのだと恥ずかしくなった。けれどベルティーユもサミュエルも笑うことなく、真面目な顔して相槌を打った。
「わたくしもまだこれといった相手は決まっていませんけれど、きっとお父様やお母様の意見なくては、決まることはないでしょう」
そう口にしたベルティーユの顔は年上であるイリスよりもずっと大人びている。
(やっぱり王女殿下ともなると他国の王族との結婚とかなのかな……)
幸福なことに今は戦争もなく、平和な関係を周辺諸国とも築けている。けれどそれがずっと続くとは限らない。またそうじゃなくても王族同士の結婚を望む場合もある。歳が近ければいいがうんと離れている可能性もある。
いずれにせよベルティーユはどんな相手でも嫁ぐという覚悟を持っているように見えた。
「そうだな。ついでにそこに私の意見が加わることも覚えておいておくれ」
兄の言葉にベルティーユは少し不満そうである。
「まぁ、お兄様までわたくしの結婚に口を出すというの?」
「それはもちろん。おまえは私のたった一人の可愛い妹だ。そのへんの男に任せるわけにはいかない」
「あら。従姉妹のジョゼフィーヌのこともそう言って可愛がっていらしたのではなくて?」
「彼女だって広い意味では可愛い妹の一人だ。同じ王族として、守ってやらねばならない」
だが、とサミュエルは優しい目をして微笑む。
「父上と母上の血を引いた娘はおまえだけであり、私の妹なのは正真正銘この国でただ一人、おまえだけだよ。誰よりも心配してしまうし、幸せになって欲しいと願ってしまうのは当然なのさ」
「……ほんと、お兄さまったら口が上手いんだから」
ベルティーユは恥ずかしいのかふいと顔を逸らした。
「では、わたくしもお兄さまが結婚なさる時はよく見極めてあげますわ」
それは遠慮しておく、とサミュエルは笑顔で妹の申し出を断った。
「まぁ、どうして!」
「お相手の女性はそういうのを嫌うだろうし、何よりこの私が選んだのだ。素晴らしいに決まっている」
「……お兄さまのその自信は一体どこから湧いて出てくるのかしらね」
ともかく、とサミュエルは口を挟むタイミングがわからず黙っていたイリスの方へ目をやると、悪戯っぽく片目をつむってみせた。
「イリス嬢のご両親も、きみのことを、きみが思うよりずっとよく考えている。ということを頭の片隅にでも置いておくといい。そうすれば、衝突してしまった時にいささか冷静になれるはずだ」
まるでイリスと母マリエットの言い合いを知っているような言いぶりである。
「相手の考えていることを知れば、また違った攻め方ができる。一人の人間で無理ならば、他の相手からも意見を聞いてみる。そうすれば、通ることのできないと諦めかけていた断崖絶壁の道も、一歩踏み出してみようという勇気が湧いてくるんじゃないか?」
私はそう思っている、とサミュエルは優しくイリスに言ってくれた。
(この人からこんな冷静な言葉をもらえるなんて……)
「お。少しは私のこと、見直してくれたかな?」
はい、とつい正直に答えてしまい、イリスはしまったと思った。けれどサミュエルは「それならよかった」と快活に笑うのだった。
耳元で名前を呼ばれイリスはハッとする。自身の左側にベルティーユが心配した顔をしてこちらを見ていた。
「急に黙り込んでしまったから、驚きましたわ」
「何か悪いことでも聞いてしまったか?」
右側からサミュエルも声をかける。……というかいつの間にか二人ともイリスを挟むようにして座っている。一体いつ席を移動したというのだ。
「みなアナベル嬢の商品説明に夢中になってしまったからな。席を変わってあげたのさ」
見れば確かにアナベルと女性陣でひどく盛り上がっている。あんなに熱く語っているアナベルの姿は学生時代にも見たことがない。
「それよりどこか気分が悪くなったわけではないよな?」
「そうですわ。大丈夫ですの?」
「あ、大丈夫です。少し昔のことを思い出していて……ごめんなさい、突然黙ってしまって」
「ならいいんだが……急に思いつめた表情をして黙り込むから、心配してしまったぞ」
サミュエルの言葉に、イリスはちょっと驚く。
「あ、今私が心配したことに驚いただろう?」
「えっと……はい」
正直に応えれば、心外だと言うようにサミュエルはムッとした顔をする。
「私はそこまで薄情な男ではないぞ。女性が弱っているならば、優しく介抱してあげるのが紳士の嗜みというものだ」
「……先ほどの殿下の態度では、あまりそうは思えませんもの」
「そうか? それは失礼した。きみの反応があまりにもおもしろ……いや、可愛らしくてな。つい揶揄ってしまった」
(今面白いって言おうとした!)
「もう。お兄様。ですからそれはラファエルのみの特権なんですってば!」
「そうかそうか。って、また同じ話になっているな」
それで、とサミュエルは話を元に戻した。
「ラファエルとは領地が隣同士、だったか?」
「はい。社交シーズンになると、両親が王都へ行ってしまいますので、その間わたしはラファエルの家に預けられることが多かったんです」
「ふーん。私にはよくわからないが、それはけっこう珍しいことなのではないか?」
「そう言われると、そうかもしれませんわ」
おそらくだがイリスが兄妹もおらず、広い屋敷に一人取り残されるのを両親なりに可哀想だと思ってラファエルの家に預けたのだろう。彼もまた一人っ子だったから。
「従兄弟はいましたけれど、それよりはラファエルと遊ばせた方が退屈しないと思ったんじゃないでしょうか」
実際イリスは年下の従兄弟が苦手であった。自分の方が年は上であるのに、完全にイリスのことを下に見て接してくるのだ。彼の家へ預けられるくらいなら自分を王都へ連れて行ってと幼いイリスが両親に泣きついたのも、きっと理由の一つだろう。
「貴女もシェファール家も、ラファエルのことをたいそう信頼しているんだな」
それは間違いないとイリスは頷いた。
(お母さまたちもきっとそれは変わらないはず……)
なのにどうして、とイリスはそっとため息を零した。
「結婚って、難しいものですね……」
しみじみとした口調で言ったあと、イリスは王族相手に何を言っているのだと恥ずかしくなった。けれどベルティーユもサミュエルも笑うことなく、真面目な顔して相槌を打った。
「わたくしもまだこれといった相手は決まっていませんけれど、きっとお父様やお母様の意見なくては、決まることはないでしょう」
そう口にしたベルティーユの顔は年上であるイリスよりもずっと大人びている。
(やっぱり王女殿下ともなると他国の王族との結婚とかなのかな……)
幸福なことに今は戦争もなく、平和な関係を周辺諸国とも築けている。けれどそれがずっと続くとは限らない。またそうじゃなくても王族同士の結婚を望む場合もある。歳が近ければいいがうんと離れている可能性もある。
いずれにせよベルティーユはどんな相手でも嫁ぐという覚悟を持っているように見えた。
「そうだな。ついでにそこに私の意見が加わることも覚えておいておくれ」
兄の言葉にベルティーユは少し不満そうである。
「まぁ、お兄様までわたくしの結婚に口を出すというの?」
「それはもちろん。おまえは私のたった一人の可愛い妹だ。そのへんの男に任せるわけにはいかない」
「あら。従姉妹のジョゼフィーヌのこともそう言って可愛がっていらしたのではなくて?」
「彼女だって広い意味では可愛い妹の一人だ。同じ王族として、守ってやらねばならない」
だが、とサミュエルは優しい目をして微笑む。
「父上と母上の血を引いた娘はおまえだけであり、私の妹なのは正真正銘この国でただ一人、おまえだけだよ。誰よりも心配してしまうし、幸せになって欲しいと願ってしまうのは当然なのさ」
「……ほんと、お兄さまったら口が上手いんだから」
ベルティーユは恥ずかしいのかふいと顔を逸らした。
「では、わたくしもお兄さまが結婚なさる時はよく見極めてあげますわ」
それは遠慮しておく、とサミュエルは笑顔で妹の申し出を断った。
「まぁ、どうして!」
「お相手の女性はそういうのを嫌うだろうし、何よりこの私が選んだのだ。素晴らしいに決まっている」
「……お兄さまのその自信は一体どこから湧いて出てくるのかしらね」
ともかく、とサミュエルは口を挟むタイミングがわからず黙っていたイリスの方へ目をやると、悪戯っぽく片目をつむってみせた。
「イリス嬢のご両親も、きみのことを、きみが思うよりずっとよく考えている。ということを頭の片隅にでも置いておくといい。そうすれば、衝突してしまった時にいささか冷静になれるはずだ」
まるでイリスと母マリエットの言い合いを知っているような言いぶりである。
「相手の考えていることを知れば、また違った攻め方ができる。一人の人間で無理ならば、他の相手からも意見を聞いてみる。そうすれば、通ることのできないと諦めかけていた断崖絶壁の道も、一歩踏み出してみようという勇気が湧いてくるんじゃないか?」
私はそう思っている、とサミュエルは優しくイリスに言ってくれた。
(この人からこんな冷静な言葉をもらえるなんて……)
「お。少しは私のこと、見直してくれたかな?」
はい、とつい正直に答えてしまい、イリスはしまったと思った。けれどサミュエルは「それならよかった」と快活に笑うのだった。
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