氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ

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16、歓迎される王太子殿下

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(ラファエル。別の人みたい……)

 「氷の騎士」とはいささか誇張した表現だと思っていたが、今のラファエルを見えると言い得て妙だと思った。

 彼はイリスがいることに気づいているはずだろうが、こちらにちらりとも視線を向けない。無駄な表情は一切浮かべず、ただ王太子の護衛として徹している。

(ベルティーユ様たちがおっしゃったこと、本当なのかしら……)

 ラファエル本人に直接問いただしたいが、どう考えても今は許される場ではない。イリスが悶々としている間、サミュエルはテーブルについている令嬢たちに挨拶する。

「急に来てしまって悪いな。途中からだが、私も参加して構わないだろうか」
「もちろんですわ!」

 令嬢たちは歓迎の言葉を口にするやいなや、席を立ちあがり、「どうぞこちらへお座りになって」とサミュエルを囲んで、腕や手を引っ張っている。イリスとアナベルはそんな彼女たちの積極性に驚いた。

 あんなふうに異性に自分から触れていいのだ、と。

「ありがとう」

 椅子へと着席させられた彼は、ティーカップに茶を注がれ、これが美味しいだの、こちらもお口にあいますわよ、と令嬢たちに勧められている。

 彼女たちはまるでメイドのようにサミュエルの世話を甲斐甲斐しく焼き、彼もそれに慣れた様子であった。

「まさかサミュエル様にもお会いできるなんて」
「わたくしたち、今日はついていますわね」
「ええ。本当に」
「みな大げさだな。しかし……私も貴女方のような可憐なご令嬢とこうしてお茶をすることができて、まさに至福の時間を過ごしている」

 ありがとう、と爽やかな笑みでお礼を述べるサミュエルに、ほぅ……と彼女たちは恍惚の表情を浮かべた。

(さすが王子様……)

「ん? どうした。二人ともぼうっとして」

 呆けているイリスとアナベルに気づいたサミュエルが声をかけてくる。

「せっかく美味しい菓子があるのだから遠慮しないで食べなさい」

 そう言われても……とイリスは思う。

「お兄様の態度に二人とも呆れているのよ」
「そうなのか? だがこんなに美しい女性たちが一緒にいるんだ。ついはしゃいでしまうのも無理はないと思わないか?」

 なぁ、と彼は隣の令嬢に微笑む。まぁ、というように笑みを向けられた令嬢は目を丸くして、やがてにっこりと笑い返した。……慣れている。

「そちらの女性はドラージュ男爵の娘さんだろう」
「は、はい。アナベルと申します。王家の皆様には、父がいつもお世話になっております」
「そんなことないさ。どちらかというと、こちらが世話になっているんじゃないかな。母上もベルティーユも」

 アナベルの父親、ドラージュ男爵は隣国や遠く離れた国々の珍しい品物――陶磁器や絹の織物、扇子、絵画などを王宮の貴婦人相手に紹介しては、いい値で買い取ってもらっている商売人であった。

「そうよ。貴女のお父様が持ってきてくれるもの、どれも見たことがないもので、お母様もわたくしも、毎回楽しみにしているの」
「ありがとうございます。今後ともご贔屓のほどよろしくお願い致します」

 アナベルは気持ちのこもった口調でそう述べると、他の令嬢たちにも目を向けた。

「皆さまにも、ぜひとも紹介したい品がありますの」
「まぁ、何かしら」
「気になるわ」
「もしよろしければ次の機会にお持ちいたしますわ」

 まぁでしたら……とさっそく会う予定を作っており、イリスは感心した。

(すごい。アナベルさん。さすが商売人の娘だわ……)

 自分にはとてもできない、と感心して眺めていると、ふとサミュエルの視線とかち合った。

 びっくりしたイリスは思わず目を逸らしてしまい、けれどすぐに失礼だったと思い、また彼へと視線を戻すと、サミュエルはその一連の流れをじっと見つめていた。

 実に面白そうに。

「イリス嬢はずいぶんと臆病な性格をしているようだ」
「も、申し訳ありません……!」

 不快な思いをさせてしまった、と真っ青になり、慌てて謝った。

「いやいや、別にそんな大げさに謝ることではないさ。ただラファエルと話す時は、もう少し砕けた感じだったからな。私の時と何が違うのだろうと思ってしまった」

 そりゃ小さい頃から知っているラファエルと昨日今日初めて会ったばかりの人間と――しかも一国の王子相手に同じ態度をとれるわけない。

「私にも、ラファエルのような態度で接してくれていいんだぞ?」
「そんなことできません」
「そう言わずに」

 無茶を言うなと怯えるイリスに気にせず、サミュエルはぐいぐい迫る。

(なんでこの人ろくに話したこともない相手にこんな積極的なの? 王家の人間はみんなこうなの? それともこの人が特別変なの?)

 この押しの強さは誰かに……そう。舞踏会でラファエルにあれこれ言っていたベルティーユにそっくりだと思った。二人はやっぱりご兄妹なんだな……と実感している間もサミュエルは笑顔でイリスの反応を待っている。

(どうしよう。こういう時、なんて返せばいいのかしら……)

 思わず遠くに控えているラファエルへ助けを求めようとすれば、ぱっと身体を揺らして彼の姿を遮られてしまった。サミュエルに。

「今ラファエルは私の護衛中だから、助けを求めても無駄だぞ。主人の命が第一だからな」
「そ、そんな……」

 ではどうすれば……と一気に青ざめるイリスに、サミュエルは堪えきれない様子で吹き出した。イリスは呆気にとられる。

「ははっ、いや、すまない。きみがまるで小動物のように怯えるものだから、つい調子に乗って揶揄ってしまった」

(ひ、ひどい……)

 イリスは今までこんなふうに意地悪されたことがなかった。だからなぜこんなことをするのかちっとも理由がわからず、それだけ自分のことが嫌いなのだろうかと思ってしまう。

(優しい人だと思っていたけれど、やっぱり違うみたい……)

「お兄様。イリスさんを揶揄って遊ぶのはあまり良いご趣味だとは思えませんわ」

 見かねたベルティーユが間に入って、兄を嗜める。イリスには彼女がまるで救世主に見えた。

「すまない。しかし彼女はラファエルの婚約者だろう? 気になるのは仕方がない。それにこんなにも可愛らしい女性なんだ。無視しろというのが難しいというものではないか、我が妹よ」

 な? と微笑まれても、イリスはちっとも嬉しくなかった。王子の述べる「可愛らしい」は誰に対しても使われる、軽薄な褒め言葉に思えたのだ。歯の浮くような言葉も、この人は日頃から言い慣れている。

「おや。警戒されてしまったかな」
「もうお兄様。そういうのはラファエルのみの特権なのよ?」

 ね、とベルティーユがイリスに微笑む。結局そこに繋がるのか、と思っていると、ベルティーユは好奇心を抑えきれない様子でたずねてくる。

「ね、イリスさん。貴女、ラファエルとは幼馴染なのよね?」
「えっと、はい。領地が隣同士で、親同士も知り合いでしたから……」

 言いながら、数日前の母の言葉を思い出した。

『もともと向こうは我が家より一段劣る家柄ですもの』

 今までイリスはラファエルの家と自分の家は仲が良いと思っていた。だからこそラファエルが婚約者になったのだと。

(でもお母さまたちにとっては、とりあえず結んでおく、という認識だったのね……)

 大人になってから結婚相手を探すのは難しい場合もある。けれど幼い時にすでに婚約者を作っておけば、焦る必要もない。

 もしラファエルより条件の良い相手が見つかれば、ラファエルとの婚約は破棄すればいい。イリスの両親はそう考えて、デュラン伯爵の申し出を受け入れることにしたのだ。

(失礼な話だわ……)

 しかしイリスの家柄はそれが許される。慰謝料を払えば、丸く収まると思っているのだ。



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