氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ

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15、氷の騎士の評判

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 まさかラファエルのことを口にされるとは思わず、イリスはアナベルをまじまじと見つめた。他の令嬢たちは「わかるわぁ……」というように、これまた深く頷き合った。

「サミュエル様とはまた違った魅力がありますわよね」
「殿下が太陽なら、ラファエル様は月のような存在ですわ……」
「とってもきれいな顔立ちですわよね。わたくし、見かける度に目を奪われてしまいますの」

 「わかりますわ~」と同意する彼女たちにイリスはなんだか落ち着かなくなってしまう。彼が褒められているのは嬉しい。

 けれどまるで月のような、と言われるのは少々面映ゆい気持ちになる。別にイリス本人に言われたわけではないのに。

「うふふ。イリスさん。貴女の婚約者、とっても人気でしょう?」

 ベルティーユの言葉に、辺りが騒めいた。

「まぁ、ラファエル様の婚約者ってイリスさんだったの?」
「氷の騎士様の?」
「あの方にも婚約者がいらしたなんて……」

 イリスはとっくにみな知っているだろうと思っていたが、令嬢たちはたった今聞いたらしく、たいそう驚いてみせた。そしてなぜか困惑している……いや、憐れんだような目を向けられているのは気のせいだろうか?

「あの、みなさん?」
「大変ね、イリスさん」
「えっ?」

 それは一体どういう意味だと彼女たちを見れば、だってねぇというように困った顔をする。

「ラファエル様はとても素敵な容姿をしていらっしゃるけれど、いざ自分の夫となると思うと……ねぇ?」
「ええ。あまりにも容姿が整っていて、隣に立つと思うと少し気後れしてしまいますもの」

 先ほどまで大げさなほど褒め称えていた令嬢の口から一斉に結婚するのはちょっと……と言われ、イリスは困惑する。

「それに、やっぱり怖い方なんでしょう?」
「え?」

(怖い? ラファエルが?)

「誰に対しても、冷たい方ですしね」
(誰に対しても?)
 ――冷たい?

 たしかに厳しいとは思うけれど、冷たいかと言われると首を傾げてしまう。

「特に女性に対してはそっけなくて、俺の前に二度と現れるなって――」
「ラファエルがそんなことを!?」
「でもその方はたしかすでにご結婚なされていたから、夫人の誘惑をラファエル様が拒絶するのは正しい態度ですのよ」
「ええ。イリスさんという婚約者もいらしたなら、なおのこと」
「それでも少し、お相手の女性が気の毒ではありましたけれどね」

 人妻すら惑わしてしまうラファエルの美貌。明かされた事実にイリスは何度も目を瞬いた。

(ラファエルってそんなにもてるの……?)

 いや、たしかに彼の容姿は整っている。女性の目を惹くというのも本当なのだろう。
 しかし彼女たちはラファエルを冷たいと評した。そっけない態度だとも。

 イリスが知っているラファエルと彼女たちの言う彼のイメージがどうも上手く繋がらなかった。彼が女性に言い寄られているのも……正直ぴんとこない。

 これは今まで過ごしてきたイリスの環境も大きい。女性ばかりの修道院では、男女の付き合いがどういうものか、体験することはおろか、目にすることも叶わない。

 せいぜい恋愛小説の中で男女たちが付き合う描写を読むくらいだが、壮大な世界観で織りなされる男女の駆け引きはどこか現実味に乏しく、憧れる一方で、心のどこかでしょせん夢物語なのだという認識をも少女たちに与えていた。

 だから大人たちがみな、どんなふうにして異性と出会い、恋に落ち、結婚するのか、具体的な想像は思いつかないし、できなかった。

 ちなみに手がかりになったであろう舞踏会は、緊張のあまり周りに目を配る余裕がなかった。

(でも……)

『好きだ。イリス……』

 帰りの馬車の中で、ラファエルはイリスが見たこともないような態度で接してきた。あれがおそらく大人の男女がするようなことなのだろう。

 つまりラファエルに言い寄った夫人も、あんなふうにしてラファエルに迫ったというわけになる。と考えた所でイリスはなんだか胸の奥がもやもやしてくる。

(それはなんだか、すごくいやだわ……)

「そういう話、他にもあるんでしょうか?」

 イリスが硬い口調でたずねれば、令嬢たちは困ったように顔を見合わせた。

「ない、とは言い切れませんわよね?」
「ええ。なにせラファエル様を遠くから見守る会、というのもあるくらいですから」
「そんなものまであるんですか!?」
「ええ。王女殿下が発足しましたの」

 ベルティーユ様が!

 王女の方を見れば、彼女はなぜか「大丈夫。貴女の言いたいことはすべてわかっているわ」という顔をして説明し始めた。

「どうか安心してちょうだい、イリスさん。この会はラファエルの職務を邪魔しないようひっそりと陰で見守り、ラファエルの素晴らしさを会員のみなさんと分かち合い、彼の魅力を周りに伝えていく活動なだけですから」

 決してラファエルとどうにかなるつもりはない、と言いたいらしい。
 イリスとしては別にそこに疑問を抱いたわけではないが。

「それにね、ラファエルって本当に、女性に対しては冷たいのよ」
「ええ。王女殿下のおっしゃる通りですわ」
「贈られた菓子に毒が仕込まれていないかどうか、確かめるとおっしゃったり」
「乙女が決死の想いで書いた手紙をその場で捨ててしまったり」
「舞踏会でも決して踊ってくれなかったり」
「とにかくとても冷たくて、あの方が優しくしているところなんて見たことないの」
「ラファエルがそんなことを……?」

 信じられないとイリスが一同を見渡すと、みな本当ですわと自信たっぷりに頷いた。イリスは何かの間違いだと思いながらもショックを隠せない。

「でもね、イリスさん」

 いつの間に席を立ったのか、すぐそばにベルティーユがいて、聖女のような慈悲深い表情でイリスの肩に手を置いた。

「わたくしたちはそんなラファエルを素敵だと思っているわ」
「……女性を泣かせているのにですか?」
「それも込めて、素敵なの!」

 突然興奮したように大声を出す王女に、イリスはびくりと身体を震わせた。

「あの凍てついた表情や冷淡な態度も含めてこそ、ラファエル・デュランの“氷の騎士”としての異名が輝くというものよ!」
「そ、そういうものでしょうか」
「そうよ!」

 ね、みなさんとベルティーユが他の女性たちに同意を求めれば、彼女たちも「その通りですわ」としっかり賛同した。イリスは彼女たちの熱意についていけず、ちらりと隣の人間に助けを求めた。

「ね、アナベルさん。あなたは王女殿下のおっしゃっていること、わかる?」
「わたくしに聞かないでよ」

 アナベルも困惑している……というか軽く引いているようだった。

「貴女の婚約者のことでしょ。きちんと状況把握しておきなさいよ」
「それはそうだけど……ラファエルを見守る会なんて今日初めて聞いたんですもの。ほら、アナベルさんは氷の騎士についても、王都へ来る前から知っていたでしょう? だからわたしより、より正確に王女殿下の言葉を理解できると思って」
「そんなわけないでしょ。わたくしだってお父様にちらりと聞いただけで、まさかこんな背景があったなんて今初めて知ったわ。それにまさか王女殿下がこんな――」
「やぁ。お茶会は盛り上がっているかい?」

 二人してコソコソ話し合っていると、朗らかな声――以前聞いた声が耳に届いた。次いで「まぁ!」という令嬢たちの驚きの混じった歓声も。

「あら、お兄様。いらしたの?」

 王太子殿下、サミュエルである。彼の背後には護衛の騎士が数人おり、今まさに話題となっていたラファエル本人も一緒にいた。

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