お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

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ラコスト夫人

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「あの女そっくりね」

 ラコスト夫人はクロエの顔を見るなりそう言い捨てた。思ったよりも老いてはいなかったが今までの心労のせいか険しい顔つきをしていた。

「おまえの母親は本当に卑しい女だったわ。人の主人を誑かしておまえという不義の子を孕んだんですからね」

 クロエはどう答えるのが正解かわからず、黙って下を向いた。でもきっとどんな態度をとっても夫人は気に入らなかったと思う。

「ふん。だんまりな所もあの女そっくり。蛙の子は蛙というわけね!」

 本当に汚らわしいとさらに言葉を重ねようとした夫人に「お母様」という声が遮る。

「そんなに怒らないで」
「エリーヌ。おまえ、こんな子を庇うというの!?」
「お母様。クロエが生まれたのは、クロエのせいではないわ。だからどうか責めないであげて」

 エリーヌの言葉に泣きそうになる。同時に自分なんかを庇護したら反感を買うのではないかとはらはらした。

「ね、お母様。せっかく帰ってきてくれて、私話したいことがたくさんあるの。向こうでゆっくりお話しましょう」

 甘えた仕草で娘がねだれば母親である夫人もそれ以上強くは出られなかったのか、渋々といった様子でエリーヌに連れて行かれる。けれど去り際、クロエの方をキッと振り向き、覚えておきなさいと冷たく言い放った。

「おまえはあの母親の分まできっちり報いを受けてもらいますからね」

 母と娘が去って、一連の流れを黙って見ていた兄がおもむろに立ち上がった。

「なるべく早く出ていけるようおまえの縁談を探す」

 それが互いのためだということは言われずともわかっていた。

 ただ物事には順序というものがある。愛人の子が正妻の娘より早く結婚するのは夫人からすれば当然許し難い行為であった。

「おまえにはうんとよい相手を探してあげますからね」

 夫人はそう言ったけれど、彼女は永らく修道院に閉じ込められていた。それも精神が錯乱して人に危害を加える恐れがあるという理由で。

 もちろん傷つける相手はクロエの母親かクロエ限定であったが、事情を知らぬ人間からすればあまりお近づきになりたくない相手であった。

 夫人がエリーヌの相手を捕まえようと奔走すればするほどその頑張りは空回りして無駄に終わった。見かねた兄が知人を自宅に招き、エリーヌと引き合わせていくことが続いた。

 その間クロエは部屋に閉じ込められ、外から鍵をかけられた。決して妨害しないようにという夫人の対策だった。

(こんなことしなくても邪魔なんかしないのに)

 エリーヌに幸せになって欲しいと思っているのはクロエも同じだ。その思いは母親である夫人よりも純粋で強い。

(上手くいきますように)

 けれどクロエの願いと夫人の思惑とは裏腹に婚約はなかなかまとまらなかった。夫人が選り好みをしてエリーヌと会う前にケチをつけたことも大きいが、やはり実際に会うとあれこれ思うところがあるのか先方から断りの申し出が届くのだ。

「どうして上手くいかないのかしらね」

 エリーヌは落ち込み、また床に臥せるようになった。そうすると事はますます進まなくなる。母親であるラコスト夫人の不満は募り、クロエに対する嫌味は棘を増していく。

 悪循環であった。

「お姉さま、元気を出して」

 夫人がいないのを見計らって、クロエはせっせと姉のもとへ足を運んで浮かない顔をするエリーヌを必死で励ました。

「でも……こうも断られると私に何か悪いところがあるのではないかと思ってしまうわ」
「お姉さまに悪いところなんか一つもないわ」
「じゃあ女性として魅力がないのね」

 そんなことない。背中まである亜麻色の髪、空色を溶かし込んだような大きな目、長いまつ毛に小さな鼻、色づきの良い薄い唇、折れそうなほど細い手足、同性であるクロエから見ても姉は魅力的な女性だった。

「むしろお姉さまが美少女すぎるから相手の方が引け目を感じているんじゃないかしら」

 そうだ。そうに違いない。

(あとはお義母さまの存在に慄いた、とか)

 こちらも十分考えられたけれど、言ってもどうしようもないことなので黙っていた。

「とにかく、そんなに落ち込まないで。案外あっさり出会うかもしれないわ。運命の人に」

 ね、とクロエが明るく言えば、エリーヌもようやくそうねと笑った。

「でも、ごめんなさいね。私の相手が決まらないばかりにあなたのことも後回しになってしまって……」
「気にしないで。わたしもお姉さまには幸せになって欲しいもの」

 それに結婚できないならできないでよかった。ずっとこの美しい人のそばで微睡んでいられるのなら、クロエは一生男性に愛される喜びを知らないでよかった。

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