お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

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姉の真意

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 姉は何を考えているのだろう。

「クロエ」
「……アルベリク様」

 わからないといえば、この男もだ。以前の騒動などまるでなかったように目の前に座っている。また王都で買ったという手土産も一緒にクロエの機嫌をとろうとしている。

「どこか具合でも悪いのか」

(ええ。あなたのおかげでね)

「いいえ、どこも悪くありませんわ」
「クロエ。アルベリク様が心配なさっているのに、その言い方はあんまりよ」

 エリーヌも同席しており、妹の物言いをやんわりと咎める。彼女がここにいるのは、アルベリクとクロエを二人きりにさせないため。いわゆるお目付け役である。ラコスト夫人はエリーヌからのお願いで、今回は席を外してもらっている。

(こんなことしたって……)

 意味ないのに。クロエがアルベリクを好きになることはないのに。

「アルベリク様は士官学校に通っていらっしゃるそうですね」

 気乗りでない妹をよそに、エリーヌが話を進めていく。

「卒業後はやはり軍に所属することになるのかしら」
「ええ、普通はそうですね」
「やはり軍となると、危険が伴ったお仕事もなさるのかしら」
「そうですね。どこの部隊に所属するかにもよりますが、国を守るのが基本的に仕事ですから、多少の危険はあるでしょう」

 姉とアルベリクばかり話している。一人会話に入らないクロエが気になったのか、アルベリクがちらりとこちらを見た。

「クロエ。あなたには何か夢はないのか」
「夢、ですか」

 夢と言われても、クロエには特にない。

「アルベリク様。年頃の少女の夢なんて、一つしかありませんわ」

 なんては言おうかと思っていると、エリーヌが代わりに答えてくれた。

「それは何でしょうか」

 歳が上なせいか、姉に対してアルベリクはいつも丁寧な言葉づかいで話す。対してクロエには幾分砕けた口調である。士官学校に通っているとなると年もそう変わらないのかもしれない。アルベリクの年齢すら、クロエは知らなかった。知りたいと思わなかった。

「ふふ。それはお嫁さんですわ」
「お嫁さん……結婚することですか?」
「ええ。でも誰とでも結婚したいのではなくて、好きな人と結婚するのが夢なんです」

 ね? と姉がクロエの方を向いて、軽く手を重ねてきた。クロエは返答に詰まる。だって自分は結婚に対して特に憧れを抱いているわけではない。

 むしろ母と父のことがあって、愛し合った夫婦というのは幻想のような気がしていた。

「ええ、そうですね……」

 でも違うと答えるのは、姉の夢を否定するようで気が引けた。それにだったら何がおまえの夢なのだと聞かれても、はっきりとした答えはなかった。だから結局姉の返事に同意した。

「ほら、女の子はやっぱり結婚して家庭を築くことが一番の幸せなんですわ」
「そうですか。私はてっきり、違うことかと思いました」

 アルベリクがまたこちらに視線を向けてきたのでぎくりとする。彼の目はいつも自分を見透かそうとする。

「まぁ違うって、何を想像なさったの?」
「そうですね……少なくとも好いた人間と結婚するというのは、私には想像できませんでした」
「そうかしら。確かにクロエはそっけない所がありますけど……でも、この子も女性ですわ」

 それに、と姉は何でもないことのように続けた。

「愛し合った末に生まれた子どもなら、やっぱり子どももそういう運命を辿るのではないかしら」

 クロエは顔を上げる。聞き間違いだろうかと思った。でもエリーヌは、クロエと顔を合わせて「ね?」と微笑んでいる。

「あなたのお母様とお父様は本当に互いを愛し合っていらしたわ。だからあなたも、きっと素敵な方と結婚できるはずよ」

(どうして、そんなこと……)

 両親が愛し合っていた? 素敵な相手と結婚できる?

(そんなの、)

「クロエ。顔色が悪いが」
「……ごめんなさい。少し、気分が悪くなって……失礼しても、構いませんか」
「まぁ、クロエ。大丈夫?」

 真っ青になった妹を、エリーヌがひどく心配した顔で気にかける。部屋まで付き添うことを申し出る姉に、クロエは大丈夫だと首を振った。

「お姉さまはアルベリク様のお相手をしてあげて」

 逃げるように、その場を後にした。

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