お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

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母の気持ち

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「やっぱりあの女の血をひいているのね!」

 ぱしんと頬を叩かれた。けれど記憶の母と同じように床には倒れず、クロエはその場に踏み止まった。倒れた方が夫人の怒りは少しは静まっただろうか。それとも憎い女を彷彿とさせてますます怒りを煽っただろうか。クロエは赤くなった頬の痛みも二の次に、そんなことを考えた。

「お母様。やめて」

 なおも叩こうとする夫人の手を姉がやんわりと止めた。娘の行動に、母親は信じられないと非難する。

「エリーヌ。どうしてお前は黙っているのです。こんな娘にアルベリクを奪われて悔しくないのですか」

 夫人の声は生々しかった。クロエは姉の顔が見れず、俯くことしかできない。惨めで恥ずかしくて、自分がとても汚れた存在に思えた。

(お母さまも、こんな気持ちだったのだろうか)

 ずっと不思議だった。どうして母は夫人の暴力から身を守るばかりで逃げようとしなかったのだろうかと。どうして抵抗しようとしなかったのか。

 ――きっと当然だと思ったのだ。罰せられて。

 だって妻がいる夫を好きになった。子どもがいる父親を愛した。だからあの時の母はきっと、後悔と罪悪感で押しつぶされそうな気持ちだったはずだ。そうじゃないと、説明がつかない。そうじゃないと、

「クロエ」
「あ、」

 エリーヌが跪き、クロエの顔を上げさせた。姉は怒っていなかった。いつもの慈愛に満ち溢れた、クロエを許してくれる表情で自分を見ている。

「お、お姉さま」
「あなた、アルベリク様のことは嫌いなの?」

 一瞬どう答えるのが正しいかわからず、ごくりと唾を飲み込んだ。クロエ、と優しく答えを促す声。

「わ、わからないわ」
「わからない?」

 形の良い眉がきゅっと歪になる。間違えた。いや、きちんと説明しなければ。

「だって、わたしと彼、ほとんどお互いに何も知らないもの。それだけで好きか嫌いかを判断するのは、難しいことでしょう?」
「生意気なことを! おまえなんか、」
「お母様は黙っていらして」

 娘の指摘に、夫人は口を閉ざす。今のエリーヌには、妙に逆らえない雰囲気があった。彼女はしばし考え、「そうね」と微笑んだ。

「じゃあ、第一印象は? アルベリク様の見た目は好き?」

 わからない、とクロエは泣きそうだった。どうして姉はこんなことを聞くのだろう。アルベリクのことなんて、クロエは何とも思っていない。

「黙っていてはわからないわ。クロエ、きちんと教えて?」
「……素敵な人だと思うわ」

 無難な答えを、何とか口にする。

「嫌いではないということね?」

 答えないクロエに、姉はもう一度同じ問いを繰り返す。クロエは「ええ」と疲れた声で肯定した。姉の手がぱっと離れる。安心した、という表情を浮かべて。

「じゃあ、何も問題ないわ」
「エリーヌ? どういうこと?」

 訝しげに娘を見やる母に、エリーヌはにこりと微笑んだ。

「これからアルベリク様と仲良くなっていけばいいのよ、お母様」

 クロエとアルベリクが。

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