お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

文字の大きさ
25 / 33

欲しかった言葉

しおりを挟む
「クロエ」

 気づいたら目の前にアルベリクがいた。ラコスト家の屋敷で、いつか彼と再会した時と同じようにクロエはガゼボにいる。昼間で、天気は晴れ。ここに至るまでの記憶がまるでなかった。

「大丈夫か」
「お姉さまに、会いに来たの」

 はい、って答えて。そうだ、って頷いて。

「いいや、クロエに会いに来た」

 けれどやっぱりアルベリクの答えは決まっていて。残酷なほど変わらなくて、クロエの目から涙が零れた。彼は驚き、数秒、間の抜けた顔を晒していた。だがすぐに慌てた様子になり、恐る恐るこちらに手を伸ばしてくるので、振り払ってクロエは俯いた。

「あなた、前に言ったわよね? わたしのお姉さまの対する態度は異常だって……」
「……ああ」

 内側に握りしめた爪を柔らかな皮膚に痛いほど突き刺す。

「その通りよ。異常だったわ。だって、わたしを愛してくれるのは、お姉さましかいなかったもの」

 生まれてきてはいけない子だと、自分できちんとわかっていた。味方となってくれる両親も互いがいれば、クロエは必要ではなかった。その事実が耐え難かった。

 誰かに必要とされたかった。無償の愛が欲しかった。

「お姉さまだけだったの……」

 生まれてきていいよ、って許してくれたのは。大好きよ、って何の躊躇いもなく抱きしめてくれたのは。

「だから、お姉さまのためなら何でもしようと思った、いい子でいようって……わたしのこと、ずっと好きでいて欲しかったから……嫌いになって欲しくなかったから……」

 でもぜんぶ違った。そもそも姉はクロエのことを愛していなかった。許していなかった。憎んでいた。

 考えてみれば当然だ。誰が自分の両親の仲を滅茶苦茶にした女を許すだろう。誰がその子どもを愛するというのだろう。

「馬鹿みたいよね、わたし。どうかしていたわ……でも、お姉さまがあんまり優しくて、だからもしかしたらって、思ったの……」
「クロエ」

 アルベリクがクロエの両手を包み込むように握った。膝をついて、じっと目線を合わせてくる。

「あなたは馬鹿じゃない。あなたの今までの家庭環境を踏まえれば、そうなっても仕方がない」

 まるで子どもに言い聞かせるような口調。でも言っている内容は淡々とクロエの言葉を否定して……この人はこんな時まで冷静なんだと思った。抱き寄せて違うと否定することもしないのが、アルベリクらしいといえば、らしい気もした。

「お姉さま、愛人を囲ってもいいからあなたと結婚したいそうよ」
「俺はそんなつもり微塵もない。愛する人はあなただけだ。あなたが俺の妻になればいい」
「じゃあ、お姉さまを愛人になさるの?」
「しない。俺は彼女とどうにかなるつもりはない」

 どうして、とクロエは涙で濡れた目でアルベリクを見つめた。

「そんなこと、あなたが最も嫌うことだからだ」

(ああ――)

 どうして彼なんだろう。どうしてその言葉を姉ではなくこの人が理解して、自分に言っているのだろう。

 涙が次々とあふれて、クロエのスカートにぼたぼたと落ちてゆく。アルベリクの手も濡らしてしまった。でも彼はちっとも気にせず、ただ一人、クロエだけを見つめていた。

「クロエ。俺はあなたが好きだ。あなたと一緒にいたい」

 愛を捧げられているのに、クロエは嬉しいと思えなかった。自分は本当に嫌われてしまうのだなと、ここにいない人のことを想ってますます泣いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?

江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。 大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて…… さっくり読める短編です。 異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。

(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た

青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。 それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。 彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。 ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・ ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。

(完)悪女の姉から解放された私は・・・・・・(全3話)

青空一夏
恋愛
お姉様は私から恋人を奪う悪女。だから私はお姉様から解放されたい。ショートショート。3話完結。

私の旦那様はつまらない男

おきょう
恋愛
私の旦那様であるロバート伯爵は、無口で無愛想な仕事バカ。 家庭を返り見ず仕事に精を出すのみのつまらない男である。 それでも私は伯爵家の妻として今日も面倒な社交の場に出なければならないのだ。 伯爵家の名を落とさないために。あぁ面倒くさい。 ※他サイトで投稿したものの改稿版になります。

(完)僕は醜すぎて愛せないでしょう? と俯く夫。まさか、貴男はむしろイケメン最高じゃないの!

青空一夏
恋愛
私は不幸だと自分を思ったことがない。大体が良い方にしか考えられないし、天然とも言われるけれどこれでいいと思っているの。 お父様に婚約者を押しつけられた時も、途中でそれを妹に譲ってまた返された時も、全ては考え方次第だと思うわ。 だって、生きてるだけでもこの世は楽しい!  これはそんなヒロインが楽しく生きていくうちに自然にざまぁな仕返しをしてしまっているコメディ路線のお話です。 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。転生者の天然無双物語。

処理中です...