いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。

りつ

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19、甘える

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「マリアちゃん」

 見送りの日。ジークハルトがいない時を見計らってラウルが声をかけてきた。ヘリベルトも一緒だ。

(マリアちゃん?)

「あ、間違えた。マリア様、団長のこと、よろしく頼みますね」
「は、はい」

 そう緊張しないで、と言うようにラウルは笑い、友人に接するような気安さでこうも言った。

「ジークにさ、たくさん甘えて、甘えさせてやってよ」
「甘えさせる?」
「そ。あいつ、跡を継ぐって決まった時から今までずっと、誰かに頼られるような人間でいなきゃならなかったからさ。ここらへんで息抜きも必要だと思うんだよ。二人とも新婚ほやほやだし、マリアちゃ……マリア様には、それができると思うから。いや、もうできているから」

(できている、のかしら……)

 マリアには自信がなかったが、ラウルがジークハルトのことをとても大事に思っていることはしっかり伝わってきた。いや、大事に思っているのは城で暮らしているみんなに言えることだ。

 彼らの力になりたかった。

「わかりました。たくさんジークハルト様に甘えて、甘えさせてみせます!」

 ラウルの信頼に応えてみせると意気込むマリアに、彼は目を細めた。

 ラウルの伝言が終わると、今度はヘリベルトがマリアにラウルの言葉遣いを謝って、こちらのことは心配せず楽しんできてほしいと言ってきた。

「道中、くれぐれもお気をつけてください。――マリア様。私たちの代わりにジークハルト様のこと、どうぞよろしくお願いします」

 深く頭を下げたヘリベルトの背中をラウルが軽く叩く。

「お前は団長の母親か」
「お前にも同じ言葉を返す」

 ラウルはそれもそうかと笑った。
 マリアも微笑んで、ジークハルトを思う二人の気持ちに胸が温かくなった。

     ◇

 荷造りなど準備が終わると、護衛をつけて馬車は王都へ向けて出立した。

「気になりますか?」

 馬車の外を眺めるジークハルトにマリアは話しかける。

 ベルタや他の付添人は別の馬車で同行している。だから馬車の中は、ジークハルトと二人だけだ。

 騎士である彼は、外の護衛騎士たちと馬を並べて走行する方がしっくりときたかもしれない。

「いや、あなたにもしもの時があったことを考えれば、同乗した方が安心できる」

 ジークハルトの真剣な顔にマリアはどきどきして、頼もしく思えた。確かにジークハルトがいれば、いきなり盗賊が襲いかかってきても安心できる。

(獣も追い払ってくれたものね)

 とても怖い思いをしたが、あの時の駆けつけてくれたジークハルトの姿は、今思い返してもとてもかっこいい。アルミンたちに剣の稽古を指導するのを見たことがあるが、その時の彼も鮮明に覚えている。

 相手を真っ直ぐ見る眼差しがとにかく真剣で、横顔はこの上なく凛々しく、フェイスラインが絶妙に美しいのだ。マリアは絵師に頼んで模写してほしいくらい密かに心奪われていた。

(って、わたしばっかりジークハルト様にときめいていてはだめよ)

 ラウルたちとも約束したではないか。ジークハルトを甘えさせると。

 それにベルタが言うには、どうも自分はジークハルトの求めに応えられていないようだ。つまり、彼を満足させられていない。

 だからこの機会に、マリアはジークハルトを心ゆくまで満足させて、幸せを感じてほしかった。

 そのはじめの一歩が、ジークハルトを甘えさせることだ。

(……でも、甘えさせるって具体的にはどうすればいいのかしら)

 確かラウルはマリアがジークハルトに甘えることで、それが結果的にジークハルトを甘えさせることに繋がると言っていた。

「マリア?」

(よし!)

「あの、ジークハルト様、お隣に座ってもいいでしょうか」
「俺の隣に? 別に構わないが、窮屈じゃないか?」

 マリアはそんなことありませんと即座に首を振る。

「ジークハルト様と一緒に、座りたいのです」
「そ、そうか? なら、俺がマリアの方に座ろう」

 進行方向とは逆に座っていたジークハルトが移動してくる。
 隣に感じる大きな温もりにどきどきしながら、次の試みに移る。

「あの、手も……繋いで、いいですか」
「こうか?」

 ジークハルトは手袋をしたまま、マリアの指を絡めてぎゅっと握りしめてくれた。

「ありがとうございます……大きい、ですね」
「そうだな。マリアの手は小さくて……可愛いな」
「あ……」

 マリアの手を口元へ持っていき、ジークハルトが口づけを落とした。
 初めて彼と会った時も手の甲に落とされ、マリアは頬を赤くしたのだ。

「マリア」

 頬に手を添えられて、ジークハルトの顔が近づいた。

 マリアは自分の方が甘やかされている心地で、彼の背中に腕を回した。

     ◇

 王都には辺境伯が所有する屋敷があるそうだ。

 他の貴族たちが住まう住宅街からはあえて外れた場所に建てられており、外観はレンガ造りの瀟洒な建物だった。

 使用人たちに出迎えられて、マリアは屋敷内を案内される。見ていると伯爵家で暮らしていた時のことを思い出し、懐かしいような、少し複雑な気分になった。

(そうだ。お父様たちにも、会いに行かないと……)

「マリア。明日、街に出かけないか」
「えっ?」

 伯爵夫妻に会うことを考えていたマリアはジークハルトの方を見た。彼はどこか緊張した面持ちだ。

「街に……何か用事があるのですか?」

 ジークハルトの知り合いに会うとかだろうか。

「店を回って、買い物しようかと思っている」
「街で買い物……ジークハルト様と……」
「買い物だけじゃなくて、観劇もしたいと考えているんだが……嫌か?」

 嫌なはずがない。

(ベルタと行こうと思っていたけれど、まさかジークハルト様に誘われるなんて)

 気配を殺すようにして部屋の隅にいるベルタをちらりと見れば、ぜひ行くべきです! と言うように頷かれた。

「もちろんジークハルト様とご一緒したいです。でも……いろいろお忙しいのではありませんか?」
「大丈夫。舞踏会までわりと時間があるし、それに今回はあなたとの新婚旅行がメインなんだ。仕事は後回しにする」
「えっと、王家の舞踏会がメインで、新婚旅行はおまけですよ?」
「いや! すでに俺の中では新婚旅行がメインになっている」

 堂々と宣言するように言われて、マリアは面食らう。いつも落ち着いた雰囲気を纏うジークハルトだが、今はテンションが高い。

 ……もしかして、浮かれているのだろうか。だとしたら。

(嬉しい)

「マリア?」

 マリアはジークハルトにこの気持ちを伝えなくてはと、彼の手をそっと握った。

「今のジークハルト様の言葉で、わたしも胸がどきどきしてきました。わたしも、今からジークハルト様と一緒に過ごすことを一番に考えます」

 握った彼の手を自身の胸の前へ持っていき、マリアはジークハルトの胸に身を寄せた。いつもの自分らしくない大胆な行動にジークハルトは動揺したようだった。胸の鼓動が速くなるのがわかった。

 だが決して突き放すことはしなかった。むしろ自ら飛び込んできたマリアを絶対に逃がさないよう己の腕に抱きしめてくれる。

「マリア、そんな可愛いこと言われたら、我慢できなくなる」
「我慢しないでください。わたしも……欲しいですから」

 その言葉にジークハルトは突然マリアを抱き上げる。

「ジークハルト様!?」
「お互いの意見が一致したんだ。実行に移すべきだ」
「で、でも、まだ日が高いです」
「なに。あっという間に日が落ちて暗くなるさ」

(つまりそれまで抱き続けるってこと!?)

 真っ赤になって何も言えなくなるマリアにジークハルトはそういうことだと言うように口角を上げた。

「ベルタ。とりあえず夕食まで誰も近づけさせないでくれ」
「承知いたしました。呼び鈴を鳴らしてくだされば軽食を運びますので、ごゆるりとお休みください」

 ベルタはもう絶対にわかっていて言っているだろう。

 マリアと目が合うとにっこり笑ったのだから。

 それ以上マリアがベルタに何か言う前にジークハルトは部屋を出て、先ほど紹介してくれたばかりの寝室へ向かった。寝室には簡易的な浴室も備えられており、マリアは恐らく使わないだろうと思っていたが、今は違う気がした。

 寝室で一番存在感のある大きな寝台は天蓋付きで、白いレースカーテンが取り付けられている。城の赤い重厚なカーテンとは違い、中が透けて見える仕様だ。

 ジークハルトはその中に躊躇いなく入ると、すでに綺麗に整えられているシーツの上にマリアをそっと寝かせ、すぐに自身も覆い被さってきて、口づけした。

 貪るように激しく咥内を舐め回されて舌を吸われると、一度顔を離されて、じっと目を見つめてくる。

 こういう時、がっついてしまってすまない、などと言うジークハルトが今は黙っている。情欲を孕んだ眼差しだけでマリアに先に進んでいいか訊いているのだ。

 マリアが微笑んでジークハルトに腕を伸ばすと、また口を塞がれて、そのまま夕食までたっぷりと抱かれた。

 くたくたになったマリアを介抱するようにジークハルトに浴室で身体を洗われているうちにまた繋がって、軽食を口にして少し休んだ後に、また愛し合った。

 マリアは自分がいつ眠りに落ちたか覚えていなかったが、とても満たされた気持ちであった。

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