ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

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10.幸せ

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「なぁ、ナタリー。こっちで一緒に暮らさないか」
「リアンと?」

 リアンの提案に、ナタリーは少し戸惑ったようだった。いずれは夫婦になるとはいえ、二人はまだ婚約関係だった。彼女が躊躇うのも無理はない。リアンもその気持ちをよく理解していた。

「おまえが渋るのもわかる。でも、少しでも一緒にいたいんだ」
「リアン……」

 リアンは城勤めだ。王都を離れることはめったに許されない。それはつまり、ナタリーと会える時間も限られるということだった。そんなのリアンには耐えられなかった。ようやく思いが通じ合い、結婚も許されたというのに。

「それに……おまえが一人あの田舎にいることも正直不安なんだ」

 ナタリーはもう十分年頃の娘だ。いつ何時無体を働く輩が現れるかもしれないと思うと、リアンは居ても立っても居られない。

「だから、できるなら俺のすぐそばにいて欲しい」

 王都の近くなら、何かあっても、駆けつけることができる。

「おまえが嫌なら、一緒に暮らすのは結婚まで我慢する。でもせめて、治安の行き届いた王都に引っ越してきてくれないか。金なら、ぜんぶ俺が払うから」

 リアンが真剣にそう頼むと、驚いていたナタリーはふわりと微笑んだ。

「リアン。ありがとう、いろいろ心配してくれて」
「当然のことだろう」

 本音を言えば、もっと早くに彼女を王都へ連れて来たかった。けれどただの幼馴染でしかない自分が手を差し伸べるのは図々しい気がしてできなかったのだ。

 でも今は違う。彼女は婚約者で、自分の妻となる女性。遠慮してできなかったお節介もこれからは思う存分焼ける。

「だから、ナタリー……」
「うん。一緒に暮らそう」

 ぱぁっとリアンは顔を輝かせた。嬉しさに任せ、彼女を抱きしめる。

「ありがとう! ナタリー! 大好きだ!」
「う、うん。ありがと……」

 でも少し苦しいかな、とナタリーが言い、慌ててリアンは力を緩めた。それでも彼女を離さず、今度は壊れないよう優しく抱きしめた。

「絶対幸せにする」
「もう十分幸せだよ……」

 くすくすと笑いながら言ったナタリーの言葉に、俺もだとリアンは答えた。

***

 リアンは寝台に横たわりながら、椅子に腰かけて本を読むナタリーをじっと見つめた。暖炉の火に優しく照らし出される愛しい婚約者の横顔に、彼は言いようもない気持ちにかられた。今すぐにでも彼女を後ろから抱きしめたいという気持ちと、いつまでも彼女の姿を眺めていたいという気持ち。

 ナタリーの婚約者となってずいぶん経つというのにリアンはまだどこか実感がわかなかった。

 婚約してから何かと王女から仕事を命じられ、なかなか家へと帰ることができなかったせいもあるかもしれない。一日でもナタリーの顔が見れないと、リアンは不安でたまらない。

 今目の前にいる彼女は自分の婚約者ではなく、ただの幼馴染の女の子なんじゃないかと。

 そう思うと、リアンは寝台から降り、ナタリーをそっと後ろから抱きしめた。一瞬ぴくりと肩を震わせたものの、すぐに安心したように彼女は肩の力を抜いた。これがリアンなりの甘え方なのだとナタリーは一緒に暮らし始めて気づいていた。

「なんの本を読んでいるんだい?」

 ふっと顔を上げたナタリーは少しはにかみながら答えた。

「今度子どもたちに読み聞かせようと思っている童話なの」

 そういえばナタリーは孤児院にいた頃から本をよく読んでいたな、とリアンは本を覗き込みながら思った。

「童話か」

 ええ、とナタリーがリアンの腕に手を添えながら答える。最初は恥ずかしがっていた彼女も、今はリアンに触れられることに慣れ、彼女の方からも寄り添ってくれるようになったことが、リアンにはとても嬉しかった。

 二人はじっとお互いの温もりに身を預け、幸福な時を噛みしめた。沈黙も、今は何より心地よい。

「幸せかい、ナタリー?」
「ええ、とっても」

 彼女は今、王都の孤児院で、身寄りのない子どもたちに勉強を教えている。彼女が今までそうしてもらったように、今度は自分が誰かの力になりたいのだと言ったナタリーが、リアンにはとても眩しく見えた。

 いっそ自分も騎士団をやめて、彼女の手伝いをしようか――。わりと真剣に考え始めたリアンをナタリーの声が呼び戻す。

「ねぇ、リアン。そう言えば王女殿下から遊び来て下さいっていう手紙が届いたの」

 リアンはまたか、と内心ため息をつく。

 アリシアは何かとリアンにナタリーとは上手くやっているか、辛くはないかと聞いてくる。まるで破局を望んいるかのような言い方は、正直不快きわまりなかった。遊びに来いという誘いも、ナタリーに何かよくないことを言いそうで、リアンはずっと何かと理由をつけて断っていたのだ。

「王女殿下には俺から言っておくから、行かなくていいよ」
「でも……」

 まだ何か言いそうなナタリーの口を、リアンはキスで塞いだ。真っ青な瞳が、真ん丸と見開かれる。かわいい、と思いながらリアンは柔らかな唇の感触を楽しんだ。

「……リアン」

 ようやく顔を離した時、彼女の声は掠れ、目は潤んでいた。それでいてどこか咎めるように自分を見つめるので、リアンはますますかわいいと思った。

「リアン」

 もう一度、彼女はリアンの名を呼んだ。今度は怒ったように。

「ごめんごめん。ナタリーが可愛いから、つい調子に乗った」
「誤魔化さないで。わたしは……」

 最後まで言わせず、リアンはナタリーを抱きしめた。柔らかな髪の毛に顔をうずめ、懇願するように言った。

「いいんだ。ナタリーは俺のそばにいてくれるだけで」

 リアンはナタリーを誰の目にもふれさせたくなかった。本音を言えば、孤児院になんかにも行って欲しくない。ずっとこの家で、自分の帰りを待っていて欲しい。

(俺は何をこんなに恐れているのだろう)

 オーウェンが貴族の令嬢と結婚した時、リアンは正直安心した。ナタリーはもうこれで一人ぼっちだと。彼女を気にかけるのは自分一人だけだと。そして彼女はリアンの望み通り、結婚を受け入れてくれ、今自分の腕の中で抱かれている。恐れるものは、もう何もないはずだ。

 だが、不安は日に日に大きくなっていくばかりで、ナタリーと一緒にいられる幸せを感じるたびにリアンはますます彼女を外へ出してはいけないという思考に陥る。

 初恋を拗らせておかしくなったのだろうか、とリアンは思いつつ、ナタリーを強く抱きしめるのだった。

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