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11.夢
しおりを挟むリアンは夢を見ていた。泉の水面に誰かが立ったまま浮かんでいる。リアンはそれが己の婚約者だと知る。
「ナタリー? そこで何をしているんだ?」
彼女は答えない。わけもわからず、焦燥感に駆られる。
「危ないだろう? こっちにおいで」
彼女は寂しい目をしていた。それがまるでいつか二人で泉を見に行った時の表情を思い出させ、リアンはだめだと思った。
「戻って来い! ナタリー!」
今度は強く言った。彼女は首を横に振った。そして一歩、後ろへと下がった。もうこれでお別れだというように。
「待ってくれ、ナタリー!」
リアンは水の中に入り、ナタリーを助けようと必死で水をかきわけてゆく。けれどちっともその距離は縮まらない。そうしている間にもナタリーはまばゆい光に包まれ、リアンに微笑みかける。何かを呟き、背を向ける彼女の姿はどんどん自分から遠ざかってゆく。
――嫌だ! 行かないでくれ! ナタリー!
そう叫びたいのに、声が出ない。身体が動かない。水の中へ引きずり込まれてゆく。
――ナタリー! ナタリー!
「……アン、リアン!」
はっとリアンは飛び起きた。はぁはぁと荒い息を吐き出し、びっしょりと汗をかいていた己の姿をナタリーがひどく不安そうに見つめていた。
「大丈夫? ひどくうなされていたわ」
リアンはナタリーの顔をじっと見つめた。さっきまでの夢がまるで現実のように生々しく感じられ、とっさに彼はナタリーをかき抱いた。
「リアン?」
痛いほど抱きしめるリアンにナタリーはいぶかしく思いながらも彼が震えていることに気づいたのだろう。どうしたの? と戸惑ったようにたずねた。
大丈夫。何でもないと答えるべきなのに、先ほど見た夢が嫌に生々しく、リアンは本当にナタリーが消えてしまいそうで、恐ろしくてたまらなかった。
「ナタリー、どこにも、どこにも行かないでくれ」
「……リアンを置いてわたしがどこかに行くわけないでしょう」
すぐ道に迷っちゃうもんとおどけたようにナタリーは笑った。その手が優しくリアンの背を撫でる。彼女はここにいる。自分の腕の中、笑いかけてくれる。
リアンはようやく、落ち着きを取り戻し、あれはただの悪い夢だったと思えた。
「すまない、ナタリー。どうも疲れがたまっていたみたいだ。起こして悪かっ――」
そこでふと、彼女の手が震えていることにリアンは気づいた。
「ナタリー?」
「ねえ、リアン」
ナタリーはどこか縋るような目でリアンの手を握った。
「わたし、本当は」
何か大事なことを告白するような雰囲気にリアンも自然と緊張する。だがナタリーはすぐに無邪気な笑みを作った。
「ううん。何でもない。今日ね、近所のおかみさんからいっぱい林檎をもらったから明日はアップルパイをたくさん焼こうと思ったの。それを食べれば、あなたも元気になるわ」
「……そうか。それは楽しみだな」
リアンはナタリーが本当は違うことを言うつもりだったのだと気づいていたが、それ以上尋ねることはしなかった。
「それじゃ、今日はもう寝るか」
「ええ。おやすみ、リアン」
「おやすみ、ナタリー」
隣で眠りにつく婚約者の横顔をリアンはじっと見つめた。
もう少しだけでいい。もう少しだけでいいから、この幸福が続いてほしいとリアンは誰に祈るわけでもなく願った。
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