ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

文字の大きさ
63 / 74

62.娘の願い

しおりを挟む
「酷いわ!」

 アリシアは自室に入るなり、感情を爆発させた。王女としてどんな時も感情を抑えるよう教育された彼女にとっては、禁忌に近い振る舞いであった。

 けれど今度ばかりは仕方がない。

(どうして、どうしてわたくしを引き止めてくれないの!?)

 リアンは誓ってくれた。アリシアだけの騎士になると。それは彼が自分を愛してくれているからだ。それなのに他の男との結婚を勧めた。アリシアが出て行くことを許した。苦しんで悲痛に顔を歪ませることすら、彼はしなかった!

「どうして!」

 どうして平気な顔をしているのだ。アリシアの騎士なら絶望して、どうか行かないで欲しいと懇願しなければならないのに。それなのにどうして結婚して当然だという顔をしているのだ。どうして――

(わたくしの幸せがあなたと共にいることだと気づいてくれないの!?)

 アリシアはリアンにそばにいて欲しかった。守って欲しかった。いつも隣にいて、アリシアと名を呼んで欲しい。騎士としてではなく、ただ一人、アリシアの夫として。忠義心はいらない。愛さえあればよかった。

(……まだ、諦めていないというの?)

 自分ではなく、あのみすぼらしい少女に想いを残しているというのか。

(そんなこと、許せない……!)

 心臓が痛いほど高鳴っている。頭が痺れたようにくらくらする。嫉妬でどうにかなってしまいそうだった。こんなにも自分はリアンが好きなのだ。

 それなのに彼は違う。アリシアをこんな思いにさせておきながら……ひどく屈辱であった。

(そうよ。心が手に入らないなら形だけでもわたくしのものにすればいいわ)

 アリシアに今まで叶えられない願いはなかった。彼女が望んだものは最後には必ず手に入れることができた。今回もそうすればいいだけだ。

「ふふ……」

 アリシアは立ち上がり、ふらふらと部屋を出て行く。行き先は決まっていた。



「――お父様。お加減はいかが?」
「おお。アリシア。もうだいぶいいよ」

 聖女の力は完璧である。国王にはもうどこも悪いところはなかった。だが大事を取って彼はいまだ寝台の上で休んでいた。

「アリシア。おまえのおかげだ。おまえが聖女を呼んでくれたから、本当に助かった」
「いいのよ。お父様はわたくしのたった一人のお父様ですもの」

 自分の願いを何でも叶えてくれる人間の一人でもあった。

「ね、お父さま。わたくしがユグリット国へ嫁ぐというのは本当なの?」

 父は目を瞠って、息を呑んだ。だがすぐに悲しげな表情を浮かべる。やるせない、といった感じでもあった。

「アリシア。私とておまえをユグリットへなどやりたくない」
「本当?」
「当たり前ではないか。おまえは私にとって大事な大事な一人娘だ。誰よりも幸せになって欲しいと思っている。できれば私の近くでな」
「ではお父様。どうか此度の申し出、お断りして下さい」

 父のそばに座り込み、アリシアは父に懇願する。彼は眉間の皺をさらに深くさせながら、唸るような声で「それは難しい」と答えた。アリシアは「どうして?」と泣きそうな顔でたずねる。

「お父様はわたくしが遠くへ行ってもいいの?」
「アリシア、これはラシア国とユグリット国の平和を守るためでもあるんだよ」
「わからないわ。今でも十分平和じゃない。わたくしが嫁ぐ必要なんかないわ」
「アリシア……どうかわかっておくれ。ラシアのためなのだ」

 国王は愛娘の頭を撫でながらユグリット国の内情を教える。アレクシスの王としての正当性を確かなものにするために同じ王族であるアリシアが選ばれたのだ。

「……ねぇ、お父様。それは絶対にわたくしでないとだめなの? 他に誰かいないの?」
「すまない。王族の血を引いている適齢の娘はおまえしかおらぬのだ。私が王妃との間にもっと娘を作っていればよかったんだがな……」

 まさかこんなことになるとは思わなかった、と後悔に滲んだ声で父はつぶやく。

「お父様。でしたらわたくしに考えがありますわ」
「なんだい、アリシア」

 アリシアはふわりと微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。 理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。 ……正直、めんどくさい。 政略、責任、義務、期待。 それらすべてから解放された彼女は、 聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。 毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。 何もしない、何も背負わない、静かな日常。 ところが―― 彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、 一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが 異様なほど平和になっていく。 祈らない。 詠唱しない。 癒やさない。 それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。 「何もしない」ことを選んだ元聖女と、 彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。 これは、 誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、 いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

どちらの王妃でも問題ありません【完】

mako
恋愛
かつて、広大なオリビア大陸にはオリビア帝国が大小合わせて100余りある国々を治めていた。そこにはもちろん勇敢な皇帝が君臨し今も尚伝説として、語り継がれている。 そんな中、巨大化し過ぎた帝国は 王族の中で分別が起こり東西の王国として独立を果たす事になり、東西の争いは長く続いていた。 争いは両国にメリットもなく、次第に勢力の差もあり東国の勝利として呆気なく幕を下ろす事となった。 両国の友好的解決として、東国は西国から王妃を迎え入れる事を、条件として両国合意の元、大陸の二大勢力として存在している。 しかし王妃として迎えるとは、事実上の人質であり、お飾りの王妃として嫁ぐ事となる。 長い年月を経てその取り決めは続いてはいるが、1年の白い結婚のあと、国に戻りかつての婚約者と結婚する王女もいた。 兎にも角にも西国から嫁いだ者が東国の王妃として幸せな人生を過ごした記録は無い。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...