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61.王女の役割

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「わたくしに、ユグリットへ参れと言うのですか」

 アレクシスの求婚に、アリシアは無表情で問い返した。いつも微笑を湛えている彼女のそうした顔はこちらに緊張感を与え、控えて居た侍女が怯えた眼差しで自身の主を見ていた。

「ええ。アレクシス陛下はぜひとも王女殿下を王妃として迎えたいと」

 国王がいまだ大事を取って休んでおり、重臣たちの代わりに王女に婚姻の話をしてくれるよう頼まれたジョナスが丁寧に言葉を選びながら説明する。

「アレクシス陛下はアリシア殿下とそう歳も変わりありません。美しい容姿もしていらっしゃるとお聞きします。周囲からの信頼も厚く、王女殿下に隣に立つのに相応しい方だと思われます」
「でも、この国を出て行けということよね? わたくしがいなくなった後、誰がお父様のそばにいるというの? 誰がこの国を治めるというの?」
「もちろん今まで以上に国王陛下の体調には心を配ります。もし万が一何かあった時も、」
「そんな話はしないで!」

 ジョナスは大人しく口を噤む。アリシアは何度か浅い息を吐きだすと、また無表情を装った。

「わたくしは、嫁ぎたくありません」
「王女殿下。結婚の申し出を断るということは、今まで平和を保っていたユグリット国との関係に亀裂を入れかねないということでもあります」
「……」
「これは王女殿下にしか、できぬことなのです」
「リアンは、」

 アリシアはなぜかそばに仕えていたリアンの名を呼んだ。

「王女殿下?」
「あなたは、どう思うの」

 彼女の意図がわからず困惑する。

「どう、とは」
「……わたくしがユグリットへ嫁いでもいいかどうか、聞いているのです」

 問いかける声には微かな苛立ちが含まれている。リアンはジョナスに一瞬、どう答えるのが正しいか助けを求めた。だが彼の感情の読めない顔は何の役にも立たなかった。仕方なく、リアンは王女の前に進み出て、膝をつく。

「アレクシス陛下とは私も面識があります。ご自身に厳しい方ですが、一方で民のことを深く考えていらっしゃる方でもあります」
「はっきり言って」
「アリシア様に相応しい方だと思います」

 沈黙が落ちた。

「つまりリアンは、わたくしが生まれが育った故国を離れ、他の殿方と結婚しても構わないということね?」
「……それが王女殿下の幸せだと思っております」

 目線を合わせぬまま答えたリアンは、アリシアがどんな顔をしたかわからなかった。けれどたとえ彼女が傷ついた表情をしていたとしても、リアンは特に何も思わなかっただろう。

 王女として、求められる役割を果たす時がきただけだ。

(あなたがナタリーにどこまでも聖女としての役目を求めたように、俺もあなたに王女としての務めを果たしてもらう)

 そうでなければ、いけない。そうでなければ、許さない。

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