ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

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60.アレクシスの求婚

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 アリシアの独断とも言える決定に、重臣たちも、父親である国王ですら、何の異議も唱えなかった。アリシアに反対する勇気がなかったから? 彼女の機嫌を損ねると思ったから?

 違う。

 王女の言う通りだと思ったからだ。自分の身に何か起きた時、聖女がいないということは心もとない。

 聖女の力は王宮で保護――独占するべきだ。

(なんてことだ……)

「聖女はまた籠の鳥に戻りましたね」

 ジョナスが皮肉気につぶやいた。むしろナタリーがアリシアに意見したことで監視はさらに強くなったとも言える。

「俺は、何も言えなかった……」

 王女に冷たくあしらわれたナタリーを思い出し、リアンは顔を歪めた。己の不甲斐なさが心底嫌になる。

(これじゃあ前と何も変わらない)

 一体自分は何のために――

「それはそれとして、ユグリット国から書簡が届きました」

 ユグリット国。使者として滞在したことがもうずいぶんと前のことのように思える。

『私は自分の選んだ道に後悔はありません。私の主君はカルロス殿下のみです』

 いや、あの時のディアナの言葉、表情、焼かれていく運命は、今でも鮮烈にリアンの記憶に刻み込まれている。アレクシスが王となったばかりに切り捨てられた聖女。

「……なんと書かれていたんだ」
「王女殿下への結婚の申し込むです」

 リアンは息を呑む。

「アレクシス陛下がか!?」
「ええ、そのようです」

 アレクシスに伴侶がいないことはリアンも知っていた。

(だからといって王女殿下を望むとは……)

 別に王族同士の結婚は珍しくない。むしろ自分たちは貴族や平民とは違い、神に最も近しい存在だという考えに従うならば、当然とも言えた。

 しかしこれがアレクシスとなると、しかもその相手がアリシアとなると、リアンはだいぶ困惑してしまった。

「実はユグリット国内部で、聖女の処罰に対してやりすぎだったのではないかという声が上がっているそうです」
「なに?」
「弟のカルロス殿下は謀反を起す前は慈善事業にも力を入れていたようで、主に中心となって進めていたのがディアナだったそうです。そんな生前の彼女の活動によって恩を受けた人々が聖女の名誉を回復しようと動き始めている、という状況ですかね」
「今さらだな……」

 なぜもっと早く、ディアナが生きている間に助けようと立ち上がらなかったのだ。死んでしまっては何も意味がないではないか。……だがそれでも、彼女の死について後悔する人間がいるという事実は幾分リアンの心を慰めた。

「しかし、例えそのような事態に追い込まれたとしても、アレクシス陛下が撤回するとも思わないが」
「そうですね。ですがどこまで声が大きくなるかわかりませんから……もしディアナの名誉が回復されれば、アレクシス陛下ご自身の立場を揺るがすことにもなります」

 王位に即くのはアレクシスではなく弟のカルロスであるべきだった。アレクシスが一番危惧していることだ。

「だから王族であるアリシア様と婚姻を結ぶことで、自身の正当性を確実にする、ということか?」
「おそらく」

 なるほど。事情はわかった。

(また会う機会があるとおっしゃっていた。もしかするとこうなることを陛下はある程度予期していたのかもしれない)

 ラシア国がカルロスとアレクシスのどちらにも加担しなかったことをあっさり流したのも、王女を迎え入れることを計算していたからか。

(だとすると抜け目ないお方だ……)

「王女殿下は受け入れるだろうか」
「受け入れてもらわねばこちらも困ります」

 力関係ではユグリット国の方が上である。断ることは争いの火種にもなりかねない。

「王女殿下がこの国を離れれば、」

 ハッとジョナスの顔を見る。彼はこくりと頷いた。

「今よりも聖女様の地位を改善できるかもしれません」

 ナタリーを苦しめる障害を一つ、取り除いてやれる。

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