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12、シャルルのお節介
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結果的に、気を失ってよかったと思う。
(なに、あれ)
自分の部屋で目を覚ましたイザベルは恐怖に震えた。
レーモンに会った瞬間、自分が自分でなくなる気がした。
それは全く知らないもう一人の自分が突如現れて身体を乗っ取られるような感覚に近かった。
(わたしの意思とは関係なくレーモンを好きになろうとした)
これはゲームの強制力というやつだろうか。
(あの時は運よく気を失ってよかったけれど、もしあのまま意識を保ち続けていたら……)
レーモンに好意を示していたのだろうか。
兄が見ている隣で……。
(なんて地獄)
血の気が引く思いがして、イザベルは自分の身体を抱きしめた。
その時かたりと物音がして顔を上げれば、水差しを手にした兄が目を見開いてイザベルを見つめていた。
「……イザベル。気がついたか」
部屋へ入ってきたフェリクスは水差しを寝台のそばのテーブルに置くと、イザベルを強く抱き寄せた。
「よかった……お前が今度こそ目を覚まさないんじゃないかと生きた心地がしなかった」
「お兄様……」
兄の大きな身体は震えており、自分はまた彼を心配させてしまったと申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい、お兄様。わたし、急に眩暈がしてしまって」
「……イザベル。本当のことを話してくれ」
抱擁を解き、怖いくらい真剣な顔をしたフェリクスに見つめられ、イザベルは動揺する。
「本当のことって……」
「お前は何か私に隠し事をしているだろう?」
どきりとする。
「そ、そんなことはありませんよ」
「隠そうとしても無駄だ。お前の嘘は他の人間は騙せても、私には通用しない」
何それ怖い。
さすが自分の兄、というには、勘がよすぎる。
「思えば、十七歳の誕生日を迎えたあたりからどこかよそよそしい態度になった。教会など今まで近寄りもしなかった場所に出向いたり、急に結婚相手を探し始めたりと……私への複雑な感情もあったかもしれないが……いや、そう思う何かきっかけがあったんじゃないのか」
鋭い。
(どうしよう。もうここまできたら、本当のことをすべて話してしまう?)
でも、ここが乙女ゲームの世界だなんて、果たして兄は信じてくれるだろうか。
何よりイザベルは、兄が妹に手をかけた……たとえ数ある結末のうちの一つで、確定ではない未来の話だとしても、話すのが嫌だった。知れば、兄は絶対、イザベル以上にショックを受けるとわかっているから。
(わたし、どうすればいいの?)
いっそ嘘をついて、兄をごまかそうか。
……だけど、自分を心配してくれる兄をだますことに罪悪感を覚えた。
黙り込むイザベルに、フェリクスは悲しげな目をする。
「イザベル。私はそんなに頼りにならないか? 私では、お前の力になれないのか?」
「ちがっ……」
「イザベル様はフェリクス様を誰よりも大事に思っていらっしゃるから、言えないのですよ」
イザベルの気持ちを代弁してくれたのは、シャルルだった。
彼はイザベルを見ると、にっこり笑った。
「何用だ。勝手に妹の部屋に入ってくるな」
兄妹の会話に急に入ってこられて、不快さを隠さずフェリクスが冷淡に命じる。
しかしシャルルは気にせず、そばへ寄ってきた。
「申し訳ありません。フェリクス様があまりにも思いつめた表情をなさっておられて、他の使用人の方々も心配なさっているようでしたから。ここは部外者である僕の方が、ずけずけ会話に入っていけると思ったのです」
憎らしいほど平気でそう述べるシャルルにフェリクスがますます眉間の皺を深くする。兄の怒りが爆発する前に、シャルルはこう打ち明けた。
「イザベル様が悩んでおられるのは、邪悪な魂に身体を乗っ取られかけているからです」
「なに?」
イザベルも一体何を言い出すのだとシャルルを凝視する。彼は任せておけと言うようにイザベルの方を見て小さく頷くと、神妙な顔を作って先を続けた。
「以前、僕に触れられてイザベル様が倒れたことがあったでしょう? あれは僕が聖職者であったからこそ反応したのです。つまり、清らかな人間に触れられて、邪悪な心を浄化されそうになったので、慌てて意識を失って防衛した」
「……胡散臭い」
「まぁ、そう言わずに。実際、お兄様の方にも心当たりがあるのではありませんか? 先ほどもおっしゃっていたではありませんか。イザベル様の普段との違いに」
フェリクスは押し黙り、イザベルの方へ視線をやった。
シャルルの言うことは本当なのか、と問われている気がした。
「……変な夢を見るようになったのです」
「変な夢?」
「ええ。自分が、自分でなくなってしまう夢。……その夢の中で、わたしはお兄様ではない他の男性にひどく執着していました」
ぴくりと兄が反応する。
「誰だ、その男は」
「それは……王太子殿下です」
固まる兄にイザベルも気まずい思いを味わう。しかしここまで打ち明けてしまったからには、シャルルに便乗して上手く事情を説明しようと決めた。
「夢の中のわたしはいろんな方々に迷惑をかけていました。王太子に他に好きな人がいるのにしつこく追いかけ回して、決して諦めようとしなかった。……お兄様のことも何度も、傷つけていたの」
「お前が私を……」
「イザベル様はどうすればいいか悩み、私に相談しにきたのです」
そこでフェリクスは納得できないように口を挟んだ。
「なぜ私ではなく、こんな男に頼ったんだ」
「フェリクス様? それは本人を前にして失礼では?」
フェリクスはシャルルの抗議を無視してイザベルに答えを求める。
「だって、言ったらお兄様をすごく悩ませてしまうと思ったもの!」
兄を困らせたくなかった。……嫌われたくなかった。
「わたしだって、悩んだわ。でも、どうしたらいいかわからなくて……そんなに責めないでよ」
泣きそうな顔で言えば、フェリクスはとたんに焦った顔をする。
「お前を責めているわけじゃない」
「口調が責めているわ」
「それは、お前が私よりもまるで面識のない男を頼ろうとするから……」
「ほら。やっぱり責めているんじゃない」
「だから――」
「まぁまぁ。お二人とも。互いを思って喧嘩なさらないで」
仲裁に入るシャルルをフェリクスとイザベルは揃って睨む。
「おお。さすが兄妹ですね。息ぴったり」
「わたし、あなたのことをおどおどした人間だと思っていたけれど、認識を改めるわ」
「私もだ。なかなか図太い神経したお節介焼きらしい」
兄妹そろってそんなふうに言われてもシャルルは笑顔のままだ。
「それは嬉しい。それよりも話を元に戻しますね。とにかくイザベル様は僕のところへ相談しにきて、僕は彼女の魂がこのままでは危ういことに気づきました。先ほど言ったように、悪しき者に乗っ取られかけて、本来の彼女ならばしないようなことをして、悪女になってしまう。そのことを知ったイザベル様はショックを受けられて、気絶してしまった。僕はあなたにしこたまどつかれて、殺されかけた……というのがこれまでのお話です」
兄はシャルルに何か異議ありと言いたそうな顔をしていたが、グッと堪えて、「それで?」と訊いた。
「お前がイザベルに他の男と結婚するよう勧めたのか? 王太子殿下に執着する前に、などと言って」
「いえ。それは」
シャルルはぽっと頬を赤らめる。イザベルは嫌な予感がした。
「イザベル様がお決めになったことです。魂を乗っ取られないようにするためにはどうすればいいかと僕に訊いて、僕が迷信とも言える方法――身体を繋げれば、身も心もその相手に束縛されて、王太子殿下に向かいそうになる心を食い止めることができるのではないかと……。僕はほんの冗談で言ったつもりだったんですが、イザベル様は意外にも乗り気で、他の男と結婚すると張り切られて――」
「わー! もういいから! みなまで言わなくてもいいから!」
真っ赤になってイザベルはシャルルの言葉を遮った。
兄の前でとんでもない暴露である。
「イザベル。落ち着け」
取り乱す妹に対してフェリクスが冷静になるよう促すが、とても無理な話である。
顔を手で隠して蹲るイザベルに、シャルルが驚いた声を上げる。
「おやおや。僕の時とずいぶんと違う反応をなさるのですね。でもよかった。あなたにも羞恥心や慎みというのは存在していたのですね」
「あ、あなたねぇ……」
これはもしや彼なりの仕返しなのだろうか。
怒りでぷるぷる震えるイザベルに、フェリクスがスッと立ち上がった。
「話はだいたいわかった。ので、あなたには即刻部屋を出て行ってもらいたい」
「ええっ、急に塩対応すぎませんか」
「年頃の娘の部屋に勝手に入ってくるのは礼儀に反する。それにこれ以上顔を合わせていると、あなたは妹に直接制裁を食らうことになる。――私も、どうするかわからない」
脅すような文句にシャルルも大人しく引き下がった方がよいと判断したようだ。
「はぁ、まったく……。あなたたちご兄妹には血の繋がりはないとお聞きしましたが、ずいぶんと似ていらっしゃる。お望み通り、僕はこれで失礼させていただきます」
そう言って部屋を出て行こうとしたのだが、最後に何か思い出した様子でこちらを振り返った。
「イザベル様。しかしあの方法を試すならば、お早い方がいいでしょう。王太子殿下とお会いになられたということは、夢の内容に近づいたということでしょうから」
「え……」
では、と最後に不穏な台詞を残して、シャルルは出て行ってしまった。
(え、それはつまり、あの方法って、お兄様と……いえ、それより、そうよね。レーモンと会ってしまったのだから、うかうかしていては……ああ、でも)
「イザベル」
「な、なんでしょう」
気が動転しすぎて、変な声が出てしまった。
フェリクスは構わず、イザベルに寝台に横になるよう告げた。
(え、まさか、このまま?)
うそ。急展開すぎる。でも兄にもいいと互いに確認し合ったのだ。いけないことじゃない。ああ、でも……!
脳内がパニックになる間にも兄の顔がゆっくりと近づいてきており、イザベルはとっさにぎゅっと目を瞑った。唇の柔らかな感触が落ちる。
目元に。
「……え?」
思わず目を開けると、フェリクスはいつもと変わらぬ仏頂面に見える表情で告げた。
「疲れただろうから、今日はもう休め」
毛布をしっかり肩までかけられると、子どもにするように頭を撫でられて、兄は部屋を出て行った。
「え……」
一人になると、イザベルは呆然と呟いた。
(なに、あれ)
自分の部屋で目を覚ましたイザベルは恐怖に震えた。
レーモンに会った瞬間、自分が自分でなくなる気がした。
それは全く知らないもう一人の自分が突如現れて身体を乗っ取られるような感覚に近かった。
(わたしの意思とは関係なくレーモンを好きになろうとした)
これはゲームの強制力というやつだろうか。
(あの時は運よく気を失ってよかったけれど、もしあのまま意識を保ち続けていたら……)
レーモンに好意を示していたのだろうか。
兄が見ている隣で……。
(なんて地獄)
血の気が引く思いがして、イザベルは自分の身体を抱きしめた。
その時かたりと物音がして顔を上げれば、水差しを手にした兄が目を見開いてイザベルを見つめていた。
「……イザベル。気がついたか」
部屋へ入ってきたフェリクスは水差しを寝台のそばのテーブルに置くと、イザベルを強く抱き寄せた。
「よかった……お前が今度こそ目を覚まさないんじゃないかと生きた心地がしなかった」
「お兄様……」
兄の大きな身体は震えており、自分はまた彼を心配させてしまったと申し訳ない気持ちになる。
「ごめんなさい、お兄様。わたし、急に眩暈がしてしまって」
「……イザベル。本当のことを話してくれ」
抱擁を解き、怖いくらい真剣な顔をしたフェリクスに見つめられ、イザベルは動揺する。
「本当のことって……」
「お前は何か私に隠し事をしているだろう?」
どきりとする。
「そ、そんなことはありませんよ」
「隠そうとしても無駄だ。お前の嘘は他の人間は騙せても、私には通用しない」
何それ怖い。
さすが自分の兄、というには、勘がよすぎる。
「思えば、十七歳の誕生日を迎えたあたりからどこかよそよそしい態度になった。教会など今まで近寄りもしなかった場所に出向いたり、急に結婚相手を探し始めたりと……私への複雑な感情もあったかもしれないが……いや、そう思う何かきっかけがあったんじゃないのか」
鋭い。
(どうしよう。もうここまできたら、本当のことをすべて話してしまう?)
でも、ここが乙女ゲームの世界だなんて、果たして兄は信じてくれるだろうか。
何よりイザベルは、兄が妹に手をかけた……たとえ数ある結末のうちの一つで、確定ではない未来の話だとしても、話すのが嫌だった。知れば、兄は絶対、イザベル以上にショックを受けるとわかっているから。
(わたし、どうすればいいの?)
いっそ嘘をついて、兄をごまかそうか。
……だけど、自分を心配してくれる兄をだますことに罪悪感を覚えた。
黙り込むイザベルに、フェリクスは悲しげな目をする。
「イザベル。私はそんなに頼りにならないか? 私では、お前の力になれないのか?」
「ちがっ……」
「イザベル様はフェリクス様を誰よりも大事に思っていらっしゃるから、言えないのですよ」
イザベルの気持ちを代弁してくれたのは、シャルルだった。
彼はイザベルを見ると、にっこり笑った。
「何用だ。勝手に妹の部屋に入ってくるな」
兄妹の会話に急に入ってこられて、不快さを隠さずフェリクスが冷淡に命じる。
しかしシャルルは気にせず、そばへ寄ってきた。
「申し訳ありません。フェリクス様があまりにも思いつめた表情をなさっておられて、他の使用人の方々も心配なさっているようでしたから。ここは部外者である僕の方が、ずけずけ会話に入っていけると思ったのです」
憎らしいほど平気でそう述べるシャルルにフェリクスがますます眉間の皺を深くする。兄の怒りが爆発する前に、シャルルはこう打ち明けた。
「イザベル様が悩んでおられるのは、邪悪な魂に身体を乗っ取られかけているからです」
「なに?」
イザベルも一体何を言い出すのだとシャルルを凝視する。彼は任せておけと言うようにイザベルの方を見て小さく頷くと、神妙な顔を作って先を続けた。
「以前、僕に触れられてイザベル様が倒れたことがあったでしょう? あれは僕が聖職者であったからこそ反応したのです。つまり、清らかな人間に触れられて、邪悪な心を浄化されそうになったので、慌てて意識を失って防衛した」
「……胡散臭い」
「まぁ、そう言わずに。実際、お兄様の方にも心当たりがあるのではありませんか? 先ほどもおっしゃっていたではありませんか。イザベル様の普段との違いに」
フェリクスは押し黙り、イザベルの方へ視線をやった。
シャルルの言うことは本当なのか、と問われている気がした。
「……変な夢を見るようになったのです」
「変な夢?」
「ええ。自分が、自分でなくなってしまう夢。……その夢の中で、わたしはお兄様ではない他の男性にひどく執着していました」
ぴくりと兄が反応する。
「誰だ、その男は」
「それは……王太子殿下です」
固まる兄にイザベルも気まずい思いを味わう。しかしここまで打ち明けてしまったからには、シャルルに便乗して上手く事情を説明しようと決めた。
「夢の中のわたしはいろんな方々に迷惑をかけていました。王太子に他に好きな人がいるのにしつこく追いかけ回して、決して諦めようとしなかった。……お兄様のことも何度も、傷つけていたの」
「お前が私を……」
「イザベル様はどうすればいいか悩み、私に相談しにきたのです」
そこでフェリクスは納得できないように口を挟んだ。
「なぜ私ではなく、こんな男に頼ったんだ」
「フェリクス様? それは本人を前にして失礼では?」
フェリクスはシャルルの抗議を無視してイザベルに答えを求める。
「だって、言ったらお兄様をすごく悩ませてしまうと思ったもの!」
兄を困らせたくなかった。……嫌われたくなかった。
「わたしだって、悩んだわ。でも、どうしたらいいかわからなくて……そんなに責めないでよ」
泣きそうな顔で言えば、フェリクスはとたんに焦った顔をする。
「お前を責めているわけじゃない」
「口調が責めているわ」
「それは、お前が私よりもまるで面識のない男を頼ろうとするから……」
「ほら。やっぱり責めているんじゃない」
「だから――」
「まぁまぁ。お二人とも。互いを思って喧嘩なさらないで」
仲裁に入るシャルルをフェリクスとイザベルは揃って睨む。
「おお。さすが兄妹ですね。息ぴったり」
「わたし、あなたのことをおどおどした人間だと思っていたけれど、認識を改めるわ」
「私もだ。なかなか図太い神経したお節介焼きらしい」
兄妹そろってそんなふうに言われてもシャルルは笑顔のままだ。
「それは嬉しい。それよりも話を元に戻しますね。とにかくイザベル様は僕のところへ相談しにきて、僕は彼女の魂がこのままでは危ういことに気づきました。先ほど言ったように、悪しき者に乗っ取られかけて、本来の彼女ならばしないようなことをして、悪女になってしまう。そのことを知ったイザベル様はショックを受けられて、気絶してしまった。僕はあなたにしこたまどつかれて、殺されかけた……というのがこれまでのお話です」
兄はシャルルに何か異議ありと言いたそうな顔をしていたが、グッと堪えて、「それで?」と訊いた。
「お前がイザベルに他の男と結婚するよう勧めたのか? 王太子殿下に執着する前に、などと言って」
「いえ。それは」
シャルルはぽっと頬を赤らめる。イザベルは嫌な予感がした。
「イザベル様がお決めになったことです。魂を乗っ取られないようにするためにはどうすればいいかと僕に訊いて、僕が迷信とも言える方法――身体を繋げれば、身も心もその相手に束縛されて、王太子殿下に向かいそうになる心を食い止めることができるのではないかと……。僕はほんの冗談で言ったつもりだったんですが、イザベル様は意外にも乗り気で、他の男と結婚すると張り切られて――」
「わー! もういいから! みなまで言わなくてもいいから!」
真っ赤になってイザベルはシャルルの言葉を遮った。
兄の前でとんでもない暴露である。
「イザベル。落ち着け」
取り乱す妹に対してフェリクスが冷静になるよう促すが、とても無理な話である。
顔を手で隠して蹲るイザベルに、シャルルが驚いた声を上げる。
「おやおや。僕の時とずいぶんと違う反応をなさるのですね。でもよかった。あなたにも羞恥心や慎みというのは存在していたのですね」
「あ、あなたねぇ……」
これはもしや彼なりの仕返しなのだろうか。
怒りでぷるぷる震えるイザベルに、フェリクスがスッと立ち上がった。
「話はだいたいわかった。ので、あなたには即刻部屋を出て行ってもらいたい」
「ええっ、急に塩対応すぎませんか」
「年頃の娘の部屋に勝手に入ってくるのは礼儀に反する。それにこれ以上顔を合わせていると、あなたは妹に直接制裁を食らうことになる。――私も、どうするかわからない」
脅すような文句にシャルルも大人しく引き下がった方がよいと判断したようだ。
「はぁ、まったく……。あなたたちご兄妹には血の繋がりはないとお聞きしましたが、ずいぶんと似ていらっしゃる。お望み通り、僕はこれで失礼させていただきます」
そう言って部屋を出て行こうとしたのだが、最後に何か思い出した様子でこちらを振り返った。
「イザベル様。しかしあの方法を試すならば、お早い方がいいでしょう。王太子殿下とお会いになられたということは、夢の内容に近づいたということでしょうから」
「え……」
では、と最後に不穏な台詞を残して、シャルルは出て行ってしまった。
(え、それはつまり、あの方法って、お兄様と……いえ、それより、そうよね。レーモンと会ってしまったのだから、うかうかしていては……ああ、でも)
「イザベル」
「な、なんでしょう」
気が動転しすぎて、変な声が出てしまった。
フェリクスは構わず、イザベルに寝台に横になるよう告げた。
(え、まさか、このまま?)
うそ。急展開すぎる。でも兄にもいいと互いに確認し合ったのだ。いけないことじゃない。ああ、でも……!
脳内がパニックになる間にも兄の顔がゆっくりと近づいてきており、イザベルはとっさにぎゅっと目を瞑った。唇の柔らかな感触が落ちる。
目元に。
「……え?」
思わず目を開けると、フェリクスはいつもと変わらぬ仏頂面に見える表情で告げた。
「疲れただろうから、今日はもう休め」
毛布をしっかり肩までかけられると、子どもにするように頭を撫でられて、兄は部屋を出て行った。
「え……」
一人になると、イザベルは呆然と呟いた。
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