バッドエンド回避のために結婚相手を探していたら、断罪した本人(お兄様)が求婚してきました

りつ

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11、ほっとしたのも束の間……

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「お兄様……いいの?」
「ああ。……お前こそ、いいのか」

 くすりと笑い、兄を力いっぱい抱きしめ返した。

「いいに決まっているわ。お兄様が他の女がいいと言っても絶対に離してあげないから、覚悟してよね」
「お前以外の女など今までも、これからも興味はわかないから、無駄な心配だ」

 嬉しく思うと同時に、少し胸の痛みも覚えた。

 この世に絶対はない。マリオンのような女性と出会えば、兄の心も変わってしまうかもしれない。

(それならいっそ、今だけでもお兄様の心を独り占めしたい)

 なんて考える自分は夢の中でレーモンに執着する姿とあまり変わらない気がした。

「イザベル?」

 急に黙り込んだイザベルにフェリクスは何か気に障ることを言ったかと気にする。

 彼女は何でもないと笑い、今はこの幸せな気持ちを大事にしようと思った。

「お兄様と気持ちが通じ合えて、幸せを噛みしめていたの」

 決して嘘ではないが誤魔化す気持ちも少しあって言った台詞は、フェリクスの心に響いてしまったようでまたさらに力を込めて抱きしめられた。苦しいので、背中をばしばし叩いて現実へ引き戻す。

「お兄様。人がいないとはいえ外ですし、昼間ですから自重してください」
「嫌だ」
「えっ」
「……いや、すまない」

 フェリクスはようやくイザベルを開放し、気まずそうな顔で謝った。

「つい、気持ちが昂った」

 いつもの冷静沈着な時と変わらぬ表情で言われてもあまり説得力がなかったが、内心は違うのだろうか。まぁ、喜んでくれるのならばいいやとイザベルはフェリクスの手を取った。

「では、そろそろ帰りましょう。みんな、お兄様が突然出て行かれて、とても心配していたんですよ?」
「一応書き置きは残してきたつもりだが……もう、帰るのか。どこかに寄っていかなくていいのか」

 フェリクスを誘導するように歩き始めたイザベルは呆れて振り返る。

「わたしはお兄様を探しにきたんです。呑気に買い物なんかして帰れば、みんなから呆れられます」
「私がそうしたかったと言えば、何も問題ない。それにただ気分転換しに外出していた私をお前が迎えにきて、いつものように買い物をして帰ってきた……というふうにしてくれた方が、私も気まずい思いをせず過ごすことができる」
「家出したことが恥ずかしいんですね」

 そんなことない、と言うフェリクスの耳は赤かった。

 確かに兄は今までずっと反抗期らしい反抗期を見せることはなかった。

 二十二歳になって初めて実行した家出にどう収拾を付けていいかわからないのも当然かもしれない。

 ちなみにイザベルは幼い頃しょっちゅう些細なことで拗ねては屋敷を抜け出していた。みんなが騒然となって探す中、一番に見つけてくれるのは兄だった。

 家出が定番になって両親や使用人たちがまたか……と騒がなくなっても、兄だけはいつもイザベルを迎えにきてくれた。

 イザベルの大事な思い出だ。

「仕方がないわね。なら、わたしのいつもの我儘に振り回されて、お兄様がたくさんお土産を買わされて屋敷へ帰る、っていうことにしてあげる」

 昔そうしたように指を絡めて微笑めば、フェリクスも頬を緩めた。

「ああ。助かる」

 そうと決まれば、兄との外出を楽しもうと思った。

 執事が付けた護衛もこのやり取りをどこかでこっそり見ているはずだから引き続き護衛してくれるか、屋敷への報告もしてくれるだろう。

(お兄様とのお出かけするの、久しぶりだもの)

 前世の記憶を見たせいで気まずく、誘われても断ることが多かった。本当は行きたくてたまらなかったのに。
 だから今日からもう我慢する必要もないことに、とても晴れやかな気持ちで幸せだった。

(何だかぜんぶ上手くいきそう)

 兄とそういうことをするのは実際するとなればかなり気まずいかもしれないが、兄とならばなんとかなる気がした。

 いいや、絶対になる。イザベルはそう思って、にこにこ微笑みながら兄と一緒に歩く。

「お兄様。どちらへ向かっているの? わたし、そろそろ夏物の小物が欲しいなぁ」
「わかった。その前に、腹ごしらえしないか? この先に、美味しいパン屋があると噂になっている。お前はパンが好きだろう? 寄っていかないか?」
「ええ、もちろん。パン、大好きだもの。でも、この先って庶民が出入りする店が多いのよね?」

 あれ、と自分の台詞にイザベルは違和感を覚える。

「ああ。そこそこ評判の店だったんだが、その店主の娘が考えたというレシピでさらに人気になって、貴族も出入りするようになったんだ」

(えっ、待って。その娘って、まさか)

「ほら、見えてきた。あの行列ができている店だ」

 兄の言う通り、店の前には多くの人が並んでいた。店がこじんまりとして小さいのもあるだろうが、漂ってくるパンの甘い香りが自然と店に入りたくなる。

(間違いない。あれ、ヒロインの実家じゃない!)

 これはまずい。大変まずい。

 敵の本拠地に自ら足を運ぶようなものだ。もしヒロインのマリオンが出てきて目が合ってしまったら――

「お、お兄様。大勢の人が並んでいるから、別のところにしない? わたし、いつも食事をしていたレストランがいいわ」
「しかしあそこは貴族通りで……ここから歩くことになるぞ?」
「いいの! 今はお兄様と少しでも長く歩いていたい気分なの!!」

 イザベルの強い主張にフェリクスは驚いたものの、ほんのりと目元を赤らめて、「お前がそこまで言うなら、そうしよう」と承諾してくれた。

「じゃあ、一刻も早くここから立ち去りましょう!」

 さぁ早く! と背中を押して急かすイザベルにフェリクスは不思議そうな顔をする。

「イザベル。何をそんなに急いでいるんだ。……まるで誰かと会うのを恐れているように見えるが」

 ぎくりとする。なぜ自分の兄はこんなにも鋭いのだろう。……いや、イザベルがわかりやすぎるだけかもしれないが。

「そ、そんなことないわよ!」
「第一、わたしにそんな顔見知りの人間なんていないわ」
「そうか。それも、そうだな」

 そこを同意されると何だか腹も立つし悲しいが、今は離れるのが先だ。

「さっ、お兄様。そういうわけだから早く――」
「あぁ~、イザベル様ではありませんかぁ。こんなところで、奇遇ですねぇ!」

 間の抜けた声にイザベルはひくりと頬が引き攣った。

 誰だこの最悪なタイミングで声をかけるのは……。いや、こんな呑気な話し方をするのは一人しかいない。

「シャルル……」

 振り返れば、シャルルが手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる。

「お久しぶりです。お変わりありませんでしたか?」
「そうね……ええ、何も変わらないわ」
「お兄様の方も、お元気そうでなによりです」

 イザベルの記憶では、シャルルはフェリクスに首を絞め上げられたはずだが、何事もなかったように笑顔で話しかけているので驚嘆する。

「ええ……あなたも、相変わらずお元気そうで」

 露骨に冷たい表情を浮かべながら兄は少し毒を感じさせる言葉で返した。

「ええ、もう。僕、元気だけが取り柄ですから」

(シャルル、意外と強い……)

 兄の言動にも「え、それが何か?」という態度で、内心イザベルは実はすごい人物なのでは? と思い始める。

(そういえば、あのゲームにはシャルルは登場していなかった)

 脇役に眼鏡キャラがいたような気もするが、こんな爆発的な髪型はしていなかったし、教会関係の人間でもなかったので、やはり彼はゲームには関係ない。

「それより、お二人もパン屋に買いにきたのですか?」
「そのつもりだったんだが、急遽変更して、他の店へ行くことになった。……イザベルが私と歩いて話したいそうだからな」

 最後の台詞は別に言わなくてもよかったのでは?

 どこか照れた様子で自慢したそうに言う兄にシャルルも何かを察したのか、それとも単に興味がなかったのか、「そうでしたか~」と流す。

「でも、もったいないですよ。ここのお店のパン、本当にどれも美味しいんですよ? 話すだけなら、待っている間にもできますから、並んではどうですか?」
「ちょっ……」

(なに余計なこと言っているの!)

 せっかく危ない場所から上手く遠ざかろうとしていたのに……。

 この男、馬鹿じゃないのとイザベルは眉尻を上げて睨むも、シャルルはその前にふいと顔を逸らして指差す。

「ほら、僕だけじゃなくて、貴族の方も利用なさっているんですよ」

 シャルルの声で、ちょうど店内から外へ人が出てきた。

 数人ほどいるが、その中でも金色の髪が目を引いた。甘い顔立ちに王族に多いエメラルドのような緑の瞳。

 攻略キャラの一人である王太子。イザベルが身を滅ぼすほど執着して愛した、レーモンだった。

 彼の存在を認識すると同時に、ドクンとイザベルは心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚える。

 さらに大勢の人間がいる中、そこそこ距離があったというのに、レーモンがこちらを見て、目が合った瞬間、割れるような頭痛がした。

「うっ……」
「イザベル!?」

 イザベルは耐え切れず、その場に蹲る。

「どうした、大丈夫か!?」
「イザベル様!?」

 兄とシャルルが大声で名前を呼び、心配する。
 周りの人間もなんだなんだと注目し始める。

「どうした、怪我人か?」

 王太子であるレーモンも駆けつけて、声をかけた。
 ――なんて素敵な声だろう。ぜひ顔を見たいわ。

(いやだ、聞きたくない。見たくない)

 呼吸するのも辛いはずなのに、イザベルは自分の意思とは裏腹に顔を上げてしまう。

(あ)

 レーモンの瞳に自分が映る。彼が自分を見てくれた。

「イザベル」

 フェリクスの自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、イザベルは気を失った。

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