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31、悪役で脇役の彼ら
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「――お、終わったか」
「無事に終わってよかったです」
「それ、どういう意味です?」
不機嫌な物言いのイザベルに、アランが笑う。
「なに。あと少し戻ってくるのが遅かったら、きみの兄上が心配して突撃しただろうから、その前に帰ってきてくれてよかったという意味だ」
見ればアランとジルベールの後ろに隠れるようにして兄の姿があった。別に驚きはしなかった。
「では私たちは殿下を慰めにまいりましょうか」
「もう少し時間を置いた方がいいんじゃないか? こういう時は一人で噛みしめるのも大人になるのに必要だろう」
「そうですか? では、涙目になって嗚咽を噛み始めた頃に突撃しますか」
この二人、本当にレーモンの友人なのだろう。いや、あえてからかう感じで励ましてやろうとしているのかもしれない。
男同士の友情はイザベルにはよくわからないので、早々に立ち去ることにした。
「お兄様。行きましょう」
「もういいのか」
「ええ。……迎えにきてくれてありがとう」
アランとジルベールとも特に挨拶はせず、イザベルはその場を離れた。
「……あの二人が言う通り、あと少ししたら部屋に押し入るつもりだった」
「殿下、きちんと謝罪してくれたわ。……何だか少し申し訳ない気持ちになっちゃった」
「髪を切られたのに、寛大だな。……たとえ操られていたとしても、私は目の前でお前を殺されそうになったことを、一生覚えているし、許せない」
兄にも同じ説明をしたが、納得しがたいという顔をされた。それも仕方がないかもしれない。どんな理由であれ、大事な人を傷つけられそうになったのだ。
(最悪な結果にならなくて、本当によかった)
イザベルは改めてそう思い、兄の手をぎゅっと握りしめた。黙り込んだイザベルにフェリクスが優しい声で言う。
「すまない。お前にこんなことを伝えては、また心配させてしまうな。殿下のことは許さないが、それを露骨に態度に出すことはないから安心しろ。きちんと節度を持って接する」
兄らしい気遣いにイザベルはふっと微笑んだ。
「お兄様って本当に大人ね。ありがとう。……わたしがお兄様の立場だったら、たぶん顔を見る度に暴言を吐いて、一生許さなかったと思うわ」
「お前が今私のそばにいて、私を愛しているから持てる余裕だ。そうでなければ……私もお前と同じになっていたさ」
そんなことないと思うが、イザベルは茶化すように返した。
「じゃあ、わたしたち、兄妹そろって手が付けられない悪役になった可能性を、見事回避できたってわけね」
「そういうことだ」
兄は繋いだ手の薬指を愛おしげに撫でて、こうも付け加えた。
「さらに想いが通じ合って、卒業後はすぐに結婚する。子どもにも恵まれて、幸せな家庭を築き、誰もが羨むハッピーエンドを迎えた」
まるでエピローグのように兄が語るので、イザベルは笑い、微塵も疑わない結末に同意したのだった。
◇
「俺はお前たちを一生許さない」
これはイザベルの視点にはない――ゲームでは語られていない話だ。
なぜなら悪役の身内であるその後など描いても後味が悪いし、そもそも悪役であるイザベルはもう死んでしまっているのだからなくて当然だ。
彼女に止めを刺したのはフェリクスの剣であるが、彼女の心を狂わせて悪に染め上げてしまったのは、フェリクスからすればレーモンに他ならない。
たとえレーモンが拒絶するようになった原因がイザベルにあっても、フェリクスはレーモンがすべて悪いと思った。
フェリクスは憤怒の表情でレーモンを睨んでそのまま剣で斬り殺すのではないかと思ったが、息を引き取ったイザベルの躯を抱き上げて学院を後にする。その後ろ姿はまるで荒野を彷徨う亡霊のようだ。
「どこへ行くのですか」
呑気な声で言ったせいか、フェリクスは足を止めて振り返った。
「妹を屋敷に連れて帰る」
「そうですか。それで、あなたも一緒に死ぬつもりですか」
「俺はあの王太子や他の人間を殺したあと、死ぬつもりだ」
清々しい答えに思わず笑ってしまう。
「何がおかしい」
「失礼。妹さんによく似ていると思って」
言いたいことはそれだけかとフェリクスはまた前を向く。その背中を見ながら告げた。
「あなたにレーモンは絶対殺せない」
「そうなる前にお前が告げ口するからか」
「いいえ。僕はこの世界で起こることに、公平でなければならない。それがルールですから」
レーモンはマリオンに選ばれたヒーローだ。ハッピーエンドを迎えてこの先もずっと彼女のそばで彼女を愛さなければならない。
それが物語の決まりだ。
悪役に殺される未来など許されない。
「お前のくだらない説教など、どうでもいい。はは、そう、もうどうでもいいんだ。あの男を殺す前に俺が捕らえられようが、殺されようが、もう……」
「イザベルは帰ってこないから」
フェリクスは無言で立ち止まる。
「イザベルを、愛していますか」
「……ああ、憎らしいほどに愛しているよ」
「そうですか。ではもう一度、違う物語の一つとして、頑張ってみてください」
フェリクスが自分の気配に気づいて振り返ると同時に、シャルルは彼の肩に触れて、物語を振り出しに戻した。
この物語――レーモンルートはここで終わり。
いくつもあるセーブデータの一つに保存されて、マリオンはこれからまた別のキャラと恋をする。そしてその時、悪役で脇役の彼らは――
「無事に終わってよかったです」
「それ、どういう意味です?」
不機嫌な物言いのイザベルに、アランが笑う。
「なに。あと少し戻ってくるのが遅かったら、きみの兄上が心配して突撃しただろうから、その前に帰ってきてくれてよかったという意味だ」
見ればアランとジルベールの後ろに隠れるようにして兄の姿があった。別に驚きはしなかった。
「では私たちは殿下を慰めにまいりましょうか」
「もう少し時間を置いた方がいいんじゃないか? こういう時は一人で噛みしめるのも大人になるのに必要だろう」
「そうですか? では、涙目になって嗚咽を噛み始めた頃に突撃しますか」
この二人、本当にレーモンの友人なのだろう。いや、あえてからかう感じで励ましてやろうとしているのかもしれない。
男同士の友情はイザベルにはよくわからないので、早々に立ち去ることにした。
「お兄様。行きましょう」
「もういいのか」
「ええ。……迎えにきてくれてありがとう」
アランとジルベールとも特に挨拶はせず、イザベルはその場を離れた。
「……あの二人が言う通り、あと少ししたら部屋に押し入るつもりだった」
「殿下、きちんと謝罪してくれたわ。……何だか少し申し訳ない気持ちになっちゃった」
「髪を切られたのに、寛大だな。……たとえ操られていたとしても、私は目の前でお前を殺されそうになったことを、一生覚えているし、許せない」
兄にも同じ説明をしたが、納得しがたいという顔をされた。それも仕方がないかもしれない。どんな理由であれ、大事な人を傷つけられそうになったのだ。
(最悪な結果にならなくて、本当によかった)
イザベルは改めてそう思い、兄の手をぎゅっと握りしめた。黙り込んだイザベルにフェリクスが優しい声で言う。
「すまない。お前にこんなことを伝えては、また心配させてしまうな。殿下のことは許さないが、それを露骨に態度に出すことはないから安心しろ。きちんと節度を持って接する」
兄らしい気遣いにイザベルはふっと微笑んだ。
「お兄様って本当に大人ね。ありがとう。……わたしがお兄様の立場だったら、たぶん顔を見る度に暴言を吐いて、一生許さなかったと思うわ」
「お前が今私のそばにいて、私を愛しているから持てる余裕だ。そうでなければ……私もお前と同じになっていたさ」
そんなことないと思うが、イザベルは茶化すように返した。
「じゃあ、わたしたち、兄妹そろって手が付けられない悪役になった可能性を、見事回避できたってわけね」
「そういうことだ」
兄は繋いだ手の薬指を愛おしげに撫でて、こうも付け加えた。
「さらに想いが通じ合って、卒業後はすぐに結婚する。子どもにも恵まれて、幸せな家庭を築き、誰もが羨むハッピーエンドを迎えた」
まるでエピローグのように兄が語るので、イザベルは笑い、微塵も疑わない結末に同意したのだった。
◇
「俺はお前たちを一生許さない」
これはイザベルの視点にはない――ゲームでは語られていない話だ。
なぜなら悪役の身内であるその後など描いても後味が悪いし、そもそも悪役であるイザベルはもう死んでしまっているのだからなくて当然だ。
彼女に止めを刺したのはフェリクスの剣であるが、彼女の心を狂わせて悪に染め上げてしまったのは、フェリクスからすればレーモンに他ならない。
たとえレーモンが拒絶するようになった原因がイザベルにあっても、フェリクスはレーモンがすべて悪いと思った。
フェリクスは憤怒の表情でレーモンを睨んでそのまま剣で斬り殺すのではないかと思ったが、息を引き取ったイザベルの躯を抱き上げて学院を後にする。その後ろ姿はまるで荒野を彷徨う亡霊のようだ。
「どこへ行くのですか」
呑気な声で言ったせいか、フェリクスは足を止めて振り返った。
「妹を屋敷に連れて帰る」
「そうですか。それで、あなたも一緒に死ぬつもりですか」
「俺はあの王太子や他の人間を殺したあと、死ぬつもりだ」
清々しい答えに思わず笑ってしまう。
「何がおかしい」
「失礼。妹さんによく似ていると思って」
言いたいことはそれだけかとフェリクスはまた前を向く。その背中を見ながら告げた。
「あなたにレーモンは絶対殺せない」
「そうなる前にお前が告げ口するからか」
「いいえ。僕はこの世界で起こることに、公平でなければならない。それがルールですから」
レーモンはマリオンに選ばれたヒーローだ。ハッピーエンドを迎えてこの先もずっと彼女のそばで彼女を愛さなければならない。
それが物語の決まりだ。
悪役に殺される未来など許されない。
「お前のくだらない説教など、どうでもいい。はは、そう、もうどうでもいいんだ。あの男を殺す前に俺が捕らえられようが、殺されようが、もう……」
「イザベルは帰ってこないから」
フェリクスは無言で立ち止まる。
「イザベルを、愛していますか」
「……ああ、憎らしいほどに愛しているよ」
「そうですか。ではもう一度、違う物語の一つとして、頑張ってみてください」
フェリクスが自分の気配に気づいて振り返ると同時に、シャルルは彼の肩に触れて、物語を振り出しに戻した。
この物語――レーモンルートはここで終わり。
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