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第7章
第1話(2)
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住む世界が違う人なのだということは最初からわかっていた。自分がヴィンセントに相応しい人間でないことも承知していた。それでも、ヴィンセントに求められて、そばにいられることが嬉しかった。だが、彼のそばにいるべき人間は、自分ではないのだ。
「莉音、なぜ……」
「アルフさんには、とても感謝しています。僕がつらいとき、ずっとそばにいて安心できるように守ってくれて、すごく救われました。でも、僕はちゃんとひとりの人間として自立したいんです。ペットや小さな子供のように、頼れるだれかに守られて、与えられるだけの生きかたなんてしたくない。ちゃんと、自分の足で立ちたいんです」
「莉音、私はなにもそんな――」
「お願いです、帰らせてください。帰って、ちゃんと仕事を探して、女手ひとつで僕を育ててくれた母さんに胸を張れる自分になりたいんです。母さんとふたりで生きてきたあの部屋で再出発して、今度は自分の力で生きていけるようになりたい」
財界のことに疎い莉音でもその名を知っているような、世界有数の大企業の令嬢。
美しく、だれより彼の隣に並ぶことが相応しい、おなじ価値観を共有できる女性。
自分がこのまま彼のそばに居つづければ、きっとその人生をだいなしにしてしまうだろう。約束された将来を、踏みにじることになってしまう。それだけは、どうしても避けたかった。
これ以上、そばにいてはいけない。彼には相応しい世界があって、相応しい相手がいるのだから。
莉音をじっと見下ろしていたヴィンセントは、やがて、「わかった」と応じた。それが望みならば、希望に添うようにしよう、と。そして翌日、莉音は自宅アパートに戻った。
それから約ひと月。莉音は一度もヴィンセントのマンションを訪れてはいない。しばらくのあいだは職探しに生活の重点を置きたいと莉音が希望し、ヴィンセントがそれを受け容れたからだ。
このままズルズルと会わない時間を引き延ばして、正式にどこかに就職が決まれば、ヴィンセントとの繋がりもいずれきれいに消える日がくるのだろうか。
たったひと月、ともに過ごしただけなのに、ひさしぶりに戻った自宅アパートはどこか馴染まない、他人の家のような気がした。その感覚は、それからさらにひと月が過ぎたいまも変わらない。
「たった一ヶ月のあいだに、贅沢が染みついちゃったのかなぁ」
台所の椅子に座ってテーブルに突っ伏し、顔だけを食器棚に飾ってある母の写真に向けて呟く。
「身の丈に合わない生活だったのに、こんなんじゃダメだよね。ちゃんと現実と向き合って、まえに進んでいかなきゃ……」
この一ヶ月、ハローワークに通いつめ、エントリーシートも履歴書も書きまくって手当たり次第に送ってみたが、いまだどこからも色よい返事がもらえずにいる。
求人の張り紙を求めて足を棒にして歩きまわって、くたくたに疲れて帰宅する日々。
だれもいない家に帰ることにも、独りの時間を過ごすことにも慣れていたはずなのに、どれだけ時間が経っても寂しさを埋めることができない。差し伸べられた手を振りほどいて背を向けたのは、自分のほうなのに……。
莉音は口唇を噛みしめて、両腕のあいだに顔をうずめる。
知ってしまったぬくもりを、その心から手放すことがどうしてもできなかった。
「莉音、なぜ……」
「アルフさんには、とても感謝しています。僕がつらいとき、ずっとそばにいて安心できるように守ってくれて、すごく救われました。でも、僕はちゃんとひとりの人間として自立したいんです。ペットや小さな子供のように、頼れるだれかに守られて、与えられるだけの生きかたなんてしたくない。ちゃんと、自分の足で立ちたいんです」
「莉音、私はなにもそんな――」
「お願いです、帰らせてください。帰って、ちゃんと仕事を探して、女手ひとつで僕を育ててくれた母さんに胸を張れる自分になりたいんです。母さんとふたりで生きてきたあの部屋で再出発して、今度は自分の力で生きていけるようになりたい」
財界のことに疎い莉音でもその名を知っているような、世界有数の大企業の令嬢。
美しく、だれより彼の隣に並ぶことが相応しい、おなじ価値観を共有できる女性。
自分がこのまま彼のそばに居つづければ、きっとその人生をだいなしにしてしまうだろう。約束された将来を、踏みにじることになってしまう。それだけは、どうしても避けたかった。
これ以上、そばにいてはいけない。彼には相応しい世界があって、相応しい相手がいるのだから。
莉音をじっと見下ろしていたヴィンセントは、やがて、「わかった」と応じた。それが望みならば、希望に添うようにしよう、と。そして翌日、莉音は自宅アパートに戻った。
それから約ひと月。莉音は一度もヴィンセントのマンションを訪れてはいない。しばらくのあいだは職探しに生活の重点を置きたいと莉音が希望し、ヴィンセントがそれを受け容れたからだ。
このままズルズルと会わない時間を引き延ばして、正式にどこかに就職が決まれば、ヴィンセントとの繋がりもいずれきれいに消える日がくるのだろうか。
たったひと月、ともに過ごしただけなのに、ひさしぶりに戻った自宅アパートはどこか馴染まない、他人の家のような気がした。その感覚は、それからさらにひと月が過ぎたいまも変わらない。
「たった一ヶ月のあいだに、贅沢が染みついちゃったのかなぁ」
台所の椅子に座ってテーブルに突っ伏し、顔だけを食器棚に飾ってある母の写真に向けて呟く。
「身の丈に合わない生活だったのに、こんなんじゃダメだよね。ちゃんと現実と向き合って、まえに進んでいかなきゃ……」
この一ヶ月、ハローワークに通いつめ、エントリーシートも履歴書も書きまくって手当たり次第に送ってみたが、いまだどこからも色よい返事がもらえずにいる。
求人の張り紙を求めて足を棒にして歩きまわって、くたくたに疲れて帰宅する日々。
だれもいない家に帰ることにも、独りの時間を過ごすことにも慣れていたはずなのに、どれだけ時間が経っても寂しさを埋めることができない。差し伸べられた手を振りほどいて背を向けたのは、自分のほうなのに……。
莉音は口唇を噛みしめて、両腕のあいだに顔をうずめる。
知ってしまったぬくもりを、その心から手放すことがどうしてもできなかった。
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