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第9章
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「莉音、どうか泣かないでくれ。君に泣かれるのはとてもつらい」
困ったように、なだめるように、ヴィンセントは言葉を紡ぐ。
「私を魅了してやまないあの笑顔で、君にはいつも幸せを感じていてほしい。莉音、私ではもう、君を幸せにすることはできないのだろうか?」
あたたかな指先に、涙を拭われるそばから溢れる雫が頬を濡らした。
苦しくて、切なくて、シャーロットの気持ちがわかるのに、どうしても想いを止めることができない。
「こんなのっ、ダメなのに……っ。シャーロットさん、いっぱい傷つけて、いっぱい苦しめて、ダメってわかってるのにっ」
「莉音、それは全部私の責任だ。彼女とは私がきちんと話をして、けじめをつける」
「でも、でも僕、アルフさんになにもしてあげられないっ」
「莉音?」
「シャーロットさんと結婚したら、いままで以上の地位と名誉が約束されて、アルフさんはすごい力を手に入れられるって」
「そんなもの――」
「僕、ダイヤの指輪も持ってないっ」
泣きながら必死に訴える莉音を見ていたヴィンセントは、なにかを言いかけて、ふと口を噤んだ。
「莉音、そのことなんだが」
急に口調をあらためたヴィンセントに、莉音の激していた感情も瞬時に熱を失った。
「莉音は本当に、そのダイヤに心当たりはないか?」
「……え?」
問われて、一瞬目を瞠った莉音はゆるゆるとかぶりを振った。
「ない、です。一度も見たことがないし、うちにそんな高価な物、あるなんて聞いたこともないから」
「指輪は? お母さんかおばあさんは、装飾品の類いをひとつも持っていなかった?」
「ほとんど。ネックレスとかイヤリングくらいならほんの少しあったけど、指輪は、母さんの結婚指輪と、あと偽物の石がついたのがひとつ。それだけ」
「偽物?」
「ばあちゃんの形見で一応とってあったけど、ただのガラス玉だからなんの価値もないって。でも、すごくきれいで、母さんのお気に入りで」
言ったあとで、莉音はあわてて付け加えた。
「あのでも、全然ダイヤとかじゃないです。大きくて真っ赤な石で、ばあちゃんもずっと、ガラクタだって言ってたから」
「おばあさんが、その指輪を手に入れた経緯は?」
「聞いたこと、ないです。ばあちゃん、僕が高校一年のときに癌で亡くなったけど、亡くなる直前に、どうせなんの値打ちもないものだけどって母さんに渡して。でも、偽物でもすごくきれいだったから、母さん、ときどき指に嵌めて、ちょっとだけお姫様気分になれるねって……。――アルフ、さん?」
いつになく難しい顔をしているヴィンセントの様子に、莉音は急に不安をおぼえはじめた。
しばらく考えこんでいたヴィンセントは、やがてふっと息をついた。
「莉音、レナードが多恵に贈った指輪は、おそらくそれだ」
一瞬、言われた意味がわからなくて、莉音はきょとんとヴィンセントの顔を見つめた。
「……え? でも、ダイヤ……」
「そう。それがその石だ」
莉音はなおもヴィンセントの顔を見つめつづけ、やがてゆっくりと瞬きをした。
「え、でも、色……赤い……」
「赤いダイヤモンド。レッドダイヤと言って、カラーダイヤの中でも極めて希少価値が高く、市場でも滅多に取り引きされることはない。レナードが多恵に贈ったのは、そういう宝石だ」
しばし茫然としていた莉音は、意味もなく視線を彷徨わせ、それから最後にもう一度、確認するようにヴィンセントの顔を見た。ヴィンセントは、そんな莉音に肯定の意味を込めて頷きかけた。
「え……、ほんとに? じゃあ、あれ、本物……?」
「実物を見ていないのではっきりしたことは言えないが、おそらくは」
ヴィンセントの言葉を聞いた途端、莉音の顔から血の気が引いていった。
「莉音、どうし――」
「どうしようっ!」
すっかり涙の引っこんだ目を驚愕に見開いて、莉音は小さく叫んだ。
困ったように、なだめるように、ヴィンセントは言葉を紡ぐ。
「私を魅了してやまないあの笑顔で、君にはいつも幸せを感じていてほしい。莉音、私ではもう、君を幸せにすることはできないのだろうか?」
あたたかな指先に、涙を拭われるそばから溢れる雫が頬を濡らした。
苦しくて、切なくて、シャーロットの気持ちがわかるのに、どうしても想いを止めることができない。
「こんなのっ、ダメなのに……っ。シャーロットさん、いっぱい傷つけて、いっぱい苦しめて、ダメってわかってるのにっ」
「莉音、それは全部私の責任だ。彼女とは私がきちんと話をして、けじめをつける」
「でも、でも僕、アルフさんになにもしてあげられないっ」
「莉音?」
「シャーロットさんと結婚したら、いままで以上の地位と名誉が約束されて、アルフさんはすごい力を手に入れられるって」
「そんなもの――」
「僕、ダイヤの指輪も持ってないっ」
泣きながら必死に訴える莉音を見ていたヴィンセントは、なにかを言いかけて、ふと口を噤んだ。
「莉音、そのことなんだが」
急に口調をあらためたヴィンセントに、莉音の激していた感情も瞬時に熱を失った。
「莉音は本当に、そのダイヤに心当たりはないか?」
「……え?」
問われて、一瞬目を瞠った莉音はゆるゆるとかぶりを振った。
「ない、です。一度も見たことがないし、うちにそんな高価な物、あるなんて聞いたこともないから」
「指輪は? お母さんかおばあさんは、装飾品の類いをひとつも持っていなかった?」
「ほとんど。ネックレスとかイヤリングくらいならほんの少しあったけど、指輪は、母さんの結婚指輪と、あと偽物の石がついたのがひとつ。それだけ」
「偽物?」
「ばあちゃんの形見で一応とってあったけど、ただのガラス玉だからなんの価値もないって。でも、すごくきれいで、母さんのお気に入りで」
言ったあとで、莉音はあわてて付け加えた。
「あのでも、全然ダイヤとかじゃないです。大きくて真っ赤な石で、ばあちゃんもずっと、ガラクタだって言ってたから」
「おばあさんが、その指輪を手に入れた経緯は?」
「聞いたこと、ないです。ばあちゃん、僕が高校一年のときに癌で亡くなったけど、亡くなる直前に、どうせなんの値打ちもないものだけどって母さんに渡して。でも、偽物でもすごくきれいだったから、母さん、ときどき指に嵌めて、ちょっとだけお姫様気分になれるねって……。――アルフ、さん?」
いつになく難しい顔をしているヴィンセントの様子に、莉音は急に不安をおぼえはじめた。
しばらく考えこんでいたヴィンセントは、やがてふっと息をついた。
「莉音、レナードが多恵に贈った指輪は、おそらくそれだ」
一瞬、言われた意味がわからなくて、莉音はきょとんとヴィンセントの顔を見つめた。
「……え? でも、ダイヤ……」
「そう。それがその石だ」
莉音はなおもヴィンセントの顔を見つめつづけ、やがてゆっくりと瞬きをした。
「え、でも、色……赤い……」
「赤いダイヤモンド。レッドダイヤと言って、カラーダイヤの中でも極めて希少価値が高く、市場でも滅多に取り引きされることはない。レナードが多恵に贈ったのは、そういう宝石だ」
しばし茫然としていた莉音は、意味もなく視線を彷徨わせ、それから最後にもう一度、確認するようにヴィンセントの顔を見た。ヴィンセントは、そんな莉音に肯定の意味を込めて頷きかけた。
「え……、ほんとに? じゃあ、あれ、本物……?」
「実物を見ていないのではっきりしたことは言えないが、おそらくは」
ヴィンセントの言葉を聞いた途端、莉音の顔から血の気が引いていった。
「莉音、どうし――」
「どうしようっ!」
すっかり涙の引っこんだ目を驚愕に見開いて、莉音は小さく叫んだ。
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