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第9章
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「受け取れないです、そんなすごいもの」
「なぜ? 君には充分な資格があるのに?」
「だって、ダイヤはもうないし、ばあちゃんの孫だったっていう自覚はあるけど、レナード・スペンサーっていう人は、やっぱり僕には知らない人で、おじいちゃんだったって言われても、全然実感が湧かない。それに、自分で働いたお金じゃないのに、突然そんな大金もらっても、困ります。アルフさんみたいに経営に携わることなんてとてもできないし、英語もしゃべれない。株の運用だって全然わからない。僕は日本で、いままでとおなじように暮らしていければ、それで充分です」
僕、庶民だから普通でいいです、とはにかみながら言う莉音に、ヴィンセントは穏やかな眼差しを向けた。
「じゃあ、相続は放棄したい。そういうことでいいのかな?」
確認されて、莉音は「はい」と頷いた。
「手放す権利は、レッドダイヤどころの話ではないかもしれないよ?」
「いいです。もともと僕のお金じゃないから。それに、よく考えたらダイヤだって」
迷いのない決断に、ヴィンセントはそうかと微笑を深めた。
「『莉音』というのは、ひょっとして多恵がつけた名前かな?」
唐突に訊かれて、一瞬面食らったように瞬きをした莉音は、しかしすぐに頷いた。
「そうです。あの、母さんが『莉沙』で、だからたぶん、その一文字を取って」
「きっとそれ以外にも、もうひとつの意味があるのだろうね」
「え?」
「レナードの愛称は『レオ』。その語源は獅子という言葉に繋がって、それは『リオン』にも繋がっていく。たぶん、そういうことなんだろう」
言われてはじめて、自分の名前にそんな思いが込められていたのだと知った。
生涯胸に秘めつづけた、愛する人への想い――
「ばあちゃん、そんな夢見がちな女の子みたいなところがあったんだ。知らなかった」
思わず笑いながら、不意に目頭が熱くなった。
異国から父親のいない子供を産んで戻った祖母に、周囲の目は冷たく厳しかったと聞いている。親からは勘当同然に縁を切られ、生涯結婚することもなく、英語教師や通訳、翻訳の仕事で母の莉沙を育てた。ときには近所の子供を集めて英会話教室を開いて、それなのに祖母は、母にも自分にも、決して英語を教えようとはしなかった。おまえたちは日本人なのだから、その必要はないと言って。
――ばあちゃん、あの指輪、本物だったって。あれ、偽物じゃなくて、本物のダイヤだったんだよ。赤い色のダイヤ。そういうのが、あるんだって。
莉音は心の中で、祖母に向かって話しかけた。祖母と祖父と母と。いまごろ天国で再会を果たして、親子水入らずでこちらの世界ではかなわなかった一家団欒を満喫しているのだろうかと思いながら。
「なぜ? 君には充分な資格があるのに?」
「だって、ダイヤはもうないし、ばあちゃんの孫だったっていう自覚はあるけど、レナード・スペンサーっていう人は、やっぱり僕には知らない人で、おじいちゃんだったって言われても、全然実感が湧かない。それに、自分で働いたお金じゃないのに、突然そんな大金もらっても、困ります。アルフさんみたいに経営に携わることなんてとてもできないし、英語もしゃべれない。株の運用だって全然わからない。僕は日本で、いままでとおなじように暮らしていければ、それで充分です」
僕、庶民だから普通でいいです、とはにかみながら言う莉音に、ヴィンセントは穏やかな眼差しを向けた。
「じゃあ、相続は放棄したい。そういうことでいいのかな?」
確認されて、莉音は「はい」と頷いた。
「手放す権利は、レッドダイヤどころの話ではないかもしれないよ?」
「いいです。もともと僕のお金じゃないから。それに、よく考えたらダイヤだって」
迷いのない決断に、ヴィンセントはそうかと微笑を深めた。
「『莉音』というのは、ひょっとして多恵がつけた名前かな?」
唐突に訊かれて、一瞬面食らったように瞬きをした莉音は、しかしすぐに頷いた。
「そうです。あの、母さんが『莉沙』で、だからたぶん、その一文字を取って」
「きっとそれ以外にも、もうひとつの意味があるのだろうね」
「え?」
「レナードの愛称は『レオ』。その語源は獅子という言葉に繋がって、それは『リオン』にも繋がっていく。たぶん、そういうことなんだろう」
言われてはじめて、自分の名前にそんな思いが込められていたのだと知った。
生涯胸に秘めつづけた、愛する人への想い――
「ばあちゃん、そんな夢見がちな女の子みたいなところがあったんだ。知らなかった」
思わず笑いながら、不意に目頭が熱くなった。
異国から父親のいない子供を産んで戻った祖母に、周囲の目は冷たく厳しかったと聞いている。親からは勘当同然に縁を切られ、生涯結婚することもなく、英語教師や通訳、翻訳の仕事で母の莉沙を育てた。ときには近所の子供を集めて英会話教室を開いて、それなのに祖母は、母にも自分にも、決して英語を教えようとはしなかった。おまえたちは日本人なのだから、その必要はないと言って。
――ばあちゃん、あの指輪、本物だったって。あれ、偽物じゃなくて、本物のダイヤだったんだよ。赤い色のダイヤ。そういうのが、あるんだって。
莉音は心の中で、祖母に向かって話しかけた。祖母と祖父と母と。いまごろ天国で再会を果たして、親子水入らずでこちらの世界ではかなわなかった一家団欒を満喫しているのだろうかと思いながら。
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