ひろいひろわれ こいこわれ【完結済み】

九條 連

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第9章

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「莉音」

 呼ばれて、莉音はヴィンセントに視線を戻す。

「いままでとおなじように暮らしたい。さっき君が言ったその希望の中に、私の存在はもう、含まれていないのだろうか?」
 これまでにないほど真剣に問われて、返答に窮した。

「あ、の…、僕……」
「君がこの家を出てからの日々、なにもかもが虚しくて味気なかった。自分でもそれ以前の生活を、どうしていたのか思い出せないほどに。私はもう、君なしではいられないのだとつくづく思い知った。君は? 莉音は私がそばにいないほうが、幸せか?」

 宝石のように美しい青い瞳が、まっすぐに自分を見据える。その瞳を見返す莉音の目から、ふたたび涙が溢れて零れ落ちた。

「僕……」

 心が大きく揺れる。
 答えなら、もうとっくに出ている。自分の気持ちは最初からただひとりに向いていて、諦めることも、忘れることもできないから苦しくてつらかった。
 この先の人生に、希望が見いだせなくなるほどに――


「莉音」
「僕もアルフさんに、ずっと、会いたかったです……」

 ポツリと本音を漏らしたら、想いが溢れて止まらなくなった。

「ずっと会いたくて、寂しくて、そばにいてほしかった。でも、アルフさんには婚約者がいて、あんなにお金持ちで綺麗な人で、僕は足手まといだから邪魔しちゃダメって。わかってるのに、何度も自分に言い聞かせてるのに、それなのにすごくつらくて、悲しくて。毎日、いつも会いたいって、大好きって……っ」

 伸びてきた腕に絡めとられるように、莉音はヴィンセントの腕の中に抱き竦められた。

「すまない、つらい思いをさせて。本当に悪かった。莉音、おまえにもう二度と、こんな思いはさせない」
「ア、ルフさん……、……き……。大好きっ」

 顎をとらえるヴィンセントの手に上向かされ、そのまま口づけられる。

「っん、……ふ……っ、ん、ん……っ」

 口の中に侵入してきた舌に情熱的に貪られ、口腔内を犯されて、たちどころに理性を奪われていく。だが次の瞬間。
 莉音はビクッと身を竦めて小さく呻いた。眉間に深い皺が寄る。
 ハッとしたヴィンセントは口唇を離し、そっと莉音の左頬に手を触れた。

「ひょっとして、口の中も切れているのか?」

 訊かれて、莉音は大丈夫と笑った。食事のときには意識して傷口にあまり触れないよう気をつけていたのだが、一度にいろいろなことがありすぎて、すっかり忘れていた。

「クソッ、私の莉音に酷いことをっ」

 眉を顰めたヴィンセントは、普段の紳士的な彼に似つかわしくない、荒々しい口調で悪態をついた。その様子を見て、莉音は泣き腫らした顔でふふっと笑う。気づいたヴィンセントが、怪訝な顔をした。

「アルフさん、さっきも言ってくれたけど、『私の莉音』って」

 嬉しそうに言う莉音に、ヴィンセントは途端に苦笑を閃かせた。そして、まだ熱を持って赤みの残る左頬を、そっと撫でた。

「あたりまえだ。私はもうずっと、そう思っている。私の愛する莉音、と」

 ヴィンセントの手に自分の手を重ね、莉音は目を閉じて頬を擦り寄せた。
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