すべてはあなたを守るため

高菜あやめ

文字の大きさ
23 / 41

十七日目-2

しおりを挟む
「国を出る? それで自由って、殿下は何か不自由を強いられてたんですか?」
「どうかな……王族に関わらず、誰だって程度の差こそあれ、不自由を強いられてる。僕のは、ただのわがままだったのかもしれないね」

 わがままってことは、この国出て自由になるってのは殿下の願望だった、ということになる。つまり殿下は、殿下でいることが嫌で、おそらく即位も望んでない。

(戴冠式まであと二週間というタイミングで、えらい事実を知ってしまった)

 ワイダール宰相補佐とか、このこと分かってるのだろうか。

「心配しなくても、ちゃんと王位は継ぐよ。そういう約束だったからね」
「そうですか……」

 殿下の鼻の先が、俺の首筋をなぞる。大型犬に甘えられてるようで、少しくすぐったい。でも交わす会話の内容は、ちっとも甘くなくて、どう反応すればいいのか迷う。

(本物の妾なら、色っぽいことで慰めるんだろうな)

 でも俺は殿下の護衛であって、それを支えにここで生きてる。そう思うとゾッとした。もし支えがなくなったら……近々なくなる予定だけど……俺は生きる気力があるだろうか、と。

「寒い? 震えてる」
「いえ……いや、まあ少し」

 殿下は全身を使って、俺を背後からすっぽりくるんだ。

「あとね、即位するにあたって、もうひとつ、わがままを聞いてもらえたから」
「もうひとつ?」

 背後から抱きしめる腕に力が入った。背中を包むあたたかさが、殿下にも自分の考えや意思があって、次期国王としての責務をただ果たそうしてるのではなく、いろいろ思うことや感じることもあるのだと分かる。

「君だよ」
「俺、ですか?」

 さびしいから妾が欲しかった、という意味だろうか。たぶん俺に固執しなくても、即位すれば愛人などいくらでも都合がつくだろう。宰相補佐だって、新しい妾候補を選んでると言ってたから、逆に考えると選べるくらい候補がいるってことだ。俺の代わりはいくらでもいる……そう考えると、少しだけ胸が痛んだ。

(いつだってそうだ。別に妾の立場だけじゃない、俺の代わりはいくらでも……)

「無理言って、君にしてもらったんだ」
「え?」
「二ヶ月ほど前になるかな。お忍びでX国へ行ってきた」
「ええっ!?」

 殿下が、うちの国に来た?

「その時、君が滞在していた施設も訪ねた。そこではじめて、君の姿を見かけてね……同行していたワイダールに『あの子がいい』って、わがままを通してもらった」
「は、えっ、なにそれ……」

 そんなうまくできた話、簡単に信じられるわけがない。そう思いつつも、殿下の言葉はありがたかった。事実が、嘘でも本当でもどうでもいいくらい、慰められた。





「もしも、の話ですよ? もしも、あなたがこのままこちらに残ることになったとして」
「ちょっと待ってください。そんな可能性出てきたんですか!?」

 俺は、ワイダール宰相補佐の執務室で、無作法にも雇用主の言いかけた言葉をさえぎった。

「あんた、万が一もないって言ってたじゃないですか」
「この件に関して、万が一などという言葉は口にしたおぼえはありません。まあ屁理屈ですね、ええそうです……わずかながら可能性が出てきました」
「な、なんで……」
「あなた、最近鏡は見ましたか」

 ワイダールは畳みかけるように言葉を続けた。

「なんですか、その肌艶は。髪もまるで緋色の絹糸のようにツヤツヤさせて」
「えっ、あっ、はっ……いやこれは」
「やはり気づいてましたね。まあ、これだけ変化が顕著ならば、いくら愚鈍な人間であっても、違和感くらい覚えるでしょう」

 俺は当惑気味に、窓ガラスにうつった自分を眺めた。

(そんなに変わったかな……?)

 足の傷ばかり気にしてたから、指摘されるまで気が回らなかった。

「今のところは、メイドたちの手入れのたまもの程度でごまかせる、ギリギリのラインです。まあ磨けば光るものだと、やはり殿下の妾に選ばれるくらいだから当然と、そのレベルで済まされます。でもそれ以上になると、面倒なことになります」
「はあ……」
「そこで、あなたの部屋を奥離宮へ移すことにしました」
「はあ!?」

 宰相補佐は、軽く眼鏡を押し上げると、ソファーの真ん中に縮こまって座る俺の前に立ちはだかった。

「あの美の結晶とも言えるべき宮殿で暮らせるとは、本当にいいご身分になられたものです」
「嫌味ですか」
「ええ。この流れは、殿下の思う壺ですよ。まったく……もう少しで、新しい妾と側室候補が決まりそうだった矢先に、これですからね。まあでも、度胸や口のかたさや、なにより自己防衛能力の高さを考えると、結局あなたでよかったのかもしれません」
「身分差とか……」
「あなた、X国の頭領の息子でしょう?」

 まるでどうでもいいような、投げやりな言い方だった。

「えーと、殿下のあの不思議な力は、やっぱりエルフの血ですか」
「それ以外なんだと言うのです」

 ワイダールはすっかり開き直っていた。下手なごまかしとかしないから、話が早くて助かる。

(エルフの末裔って、本当だったのか……)

 しかし癒しの力は分かるとして、なぜ俺の外見まで影響が出たのだろう。このまま顔の造形まで変化したら、シャレにならない。妾の振りするくらいは納得できても、さすがに全く別の人間にトランスフォームする覚悟まではない。

「それで、奥離宮に移された後、俺はどうなります?」
「さて、どうなるか……あなたの変化次第、というところでしょうか。赤猿の片鱗が残せるならば『あなた』は生きながらえる。しかし跡形もなくなったら、もう『生まれ変わる』しかない。違いますか」
「……」
「どちらにせよ、もう殿下をお止めできません」

 いやまさか、別人になるわけじゃないんだ。ただほんの少し、マシな形になるだけだろう。
 いつの日か、朝起きて顔を洗おうとしたら、鏡の前にある見慣れない顔に飛び上がったら、なんだ自分の顔か……なんてことが本当に起こるのか。

「奥離宮へ移るなら、国へ帰ってもよくないですか。もう刺客はほぼ捕縛したんでしょう? 俺がここにいる意味ってあります?」
「本来の意味で言うと、あなたの役目はほぼ終わってます。しかし、これからは真の意味で、殿下のパートナーになっていただく必要が出てきました」
「待ってください、なんで妾からパートナーに変わってんです!?」
「あなたにこれほど肩入れする殿下が、他に妾を作るとでも? 甘いですね、あなたはあの種族の、愛の重さを分かってない……どれほど、おそろしいか」

 今、おそろしいって言った? それに最初の『もしも』と『わずかながらの可能性』はどこいった?
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

処理中です...