囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ

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第三部

3. マリオン

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 目が覚めると、ベッドにひとりだった。部屋の中は明るいので、まだ日が高い時間帯だろう。
 室内に人の気配はなかった。どうやらピアースは仕事に戻ったらしい。多忙な宰相だから、休みたくても休めないのが実情だ。

(こんなにぐっすり眠ったのは、いつぶりだろう)

 ピアースに抱きしめられた体勢で、眠れるはずがないと思っていたリカルドだが、わりとあっさり意識を手放した。

(疲れていたからかな……いや、違う)

 きっと解毒剤の影響で意識を失っている間に、ガイヤが鎮痛剤を処方したのだ。なぜなら体が異様に軽く、慢性化していた手足の痛みも感じられないからだ。
 まとまって眠れたので、体調は上向きになったが、次第に憂鬱な気持ちに落ち込んでいく。

 ここ最近、痛みを感じないと心がひどく不安定になる。そのため医師に処方された鎮痛剤はこっそり捨てていた。
 薬を飲まないと、全身の痛みで当然眠りが浅くなる。日によっては、一晩中眠れないこともあった。

 そんな疲労がたまっている中で、解毒剤を飲んだ、いや無理やり飲まされたのだから、倒れて当然だ。

(薬を捨てていたことを、医師に気づかれたかもしれない)

 甘えたことを言うと、少しでも心が楽になりたかった。ほんのわずかではあるが、苦痛はリカルドの罪の意識をやわらげていたから。

 ――誰か、罰してほしい。

 ヒースダインの宮廷医師として生きた日々を地獄のようだったと気づけたのも、リカルドとして生きるようになってからだ。だが同時に芽生えた罪悪感に、さいなまれるようにもなった。

 静かなノックの音に、リカルドの思考が中断された。扉が勝手に開く音がしたので、おそらく医師が来たのだろう。

「……気分はどう?」

 そのやさしげな声音に、リカルドは肩を揺らした。ベッドに仰向けになったまま、枕元に立つ人物に視線を向ける。

「エンシオ殿下……なぜ、このような場所に?」
「懐かしい呼び名だな。今はマリオンだよ」

 マリオンは質問には答えず、枕元にしゃがみ込んだ。視線が同じになったことに、リカルドは戸惑いを隠せなかった。

「ガイヤ様から、薬を預かってきたんだ」
「薬……」

 マリオンはシーツの上に、二種類の薬を置いた。

「こっちの青い錠剤が、リカルドの鎮痛剤。この白い粉薬は宰相様用だよ」

 リカルドが無言で薬を見つめていると、マリオンは小さく笑った。

「毒じゃないよ」

 そのひと言こそ、リカルドには十分効果のある毒だ。

「私が憎いのでしょう……」

 痛みが引いている今だから、こんな愚かな言葉が口について出た。肯定されても否定されても、自分を追い詰めるのだと分かっているのに。

「どうだろうね。なんか毎日忙しくて、あまり昔のことを思い出さなくなったよ」

 頬杖をついて身を乗り出してくるマリオンに、リカルドは複雑な気持ちになる。自分の犯した罪を許せる日なんて来ないのは分かってる。
 こうやって一生、晴れない気持ちを抱えていくのだ。残りの時間が誰かの役に立つなら、それでいい。マリオンの影がリカルドに落ちても、それは仕方のないこと。

「……んっ、ふ……」

 やわらかな肉が粘膜に押し付けられ、隙間から声が漏れる。水音を聴きながら、何をされているのだろうと、リカルドは霧がかかった頭で考えていた。
 やがてゆっくりと影が引くと、困ったようなマリオンの顔があった。

『なんで無反応なのかな。毒のせいで、感覚まで鈍っちゃった?』
『……危ないので、おやめください』

 懐かしいヒースダインの言葉に、つい同じ言葉を返してしまう。

『僕はこの毒に耐性があるから、このくらいどうってことないよ。それにあなたも、ずいぶんと解毒が進んだみたいだね』
『やめっ……くっ……』

 リカルドはなんとか近づいてきた顔を押し退けると、枕に顔を伏せて布団に潜り込んだ。

『つれないなあ。ま、あなたの相手ができるのは、毒への耐性がある僕くらいだってそのうち分かるよ』

 マリオンが部屋を出ていった様子をうかがって、リカルドはベッドから起き上がった。

 ――毒への耐性、か。

 それはマリオンも同じで、彼を慰められるのはリカルドしかいないのかもしれない。回復してるとはいえ、マリオンの体内には、まだまだ危険な毒物が残っているはずだ。

(彼を見ると、あのころを思い出してしまうな……)

 ヒースダインの地下にある『医務室』での忌まわしい記憶はこうだ。実際にマリオンへの毒の投与を行ったのはリカルドだが、毒の調合や量は別の医療チームで行っていた。リカルドの役目は、マリオンに毒を与え、その経過を報告することだった。
 はじめてマリオンが吐血した日、リカルドは夜眠れなかった。その後、薬の成分や調合について必死に学び、被験者にどんな影響が起こり得るか事前に把握できるようにした。

 だが、量だけは減らせない。
 監視の目が厳しく、こっそり処分もできない医務室で、リカルドは最後の手段に出た。それは毒の一部を、自分自身に投与すること。密かに体内に入れてしまえば、医療チームの目をあざむけると考えた。
 実際誰にも気づかれず、マリオンと毒を分け合う日々が続いた。投与を始めたころ、マリオンはまだ子どもで体も小さく、とても『耐えられない』と考えて、リカルドが多くの毒を密かに肩代わりした。

 毒の与え方は、三段階になっている。
 一段階目で、できるだけ多くの種類の毒に体を馴らす。その後二段階目で、毒の増幅薬を服用させる。そして最終段階に入ったら、体が耐えられる限り強い毒を与えるのだ。
 大抵のケースでは、一段階目で脱落する。その場合、最悪命も落としてしまう。

 リカルドは、自分の耐えられる限りの毒を代わりに飲んだ。マリオンが子どもだったことが不幸中の幸いだった。毒の量は少なめに調整され、結果大人のリカルドにはどうにか耐えられた。
 第二段階に進み、マリオンには増幅薬を投与された。しかし前段階で少ない毒しか服用しなかったため、彼の体もなんとか耐えられた。

 そしていよいよ三段階目を、という最中で……ウェストリン行きが決定した。
 そのころマリオンほどの成果を出した被験者は、他にいなかったからだ。ヒースダインはどうしてもマリオンを利用して、件の王子を連れ戻したかったのだ。

(なんて愚かなことをしたのだろう……)

 環境や境遇を言い訳にするには、あまりにも恐ろしい罪を犯してしまった。自分の生い立ちや運命を呪っても、どうにもならない。

「……起きたのですか」

 気がつくと、寝室の入り口にはピアースが立っていた。なぜそんなホッとしたような顔をするのだろう。

(あれではまるで、心配してたみたいじゃないか……)

 リカルドには、ピアースの心が分からなかった。いや、分かろうとしなかった。
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感想 6

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みんなの感想(6件)

hiroe
2025.09.01 hiroe

はじめまして。
面白くて一気読みしました。
バージルとカシュア、良かったね~と思ったのも束の間。。。え!?
これからどうなるのか、第三部を楽しみにしています!

2025.09.01 高菜あやめ

はじめまして、楽しんで読んでいただけて、とてもうれしいです!
第三部は準備中ですので、のんびりお待ちくださいませ!

解除
sumomomo
2025.08.30 sumomomo
ネタバレ含む
2025.08.30 高菜あやめ

びっくりさせてすいません!
第三部は準備中ですので、ご安心ください。連載はじまったらまた読みにきていただけるとうれしいです!

解除
komomo03
2025.07.11 komomo03

久々の更新ありがとうございます!

バーシルの為に自分を高めようとする、前向きなカシュアが可愛い

ゆっくりでも構わないので、ぜひ完結をお願いします
楽しみにしています!

2025.07.15 高菜あやめ

わあああ、お待たせしてすいません💦
そして読み続けてくださってうれしいです、ありがとうございます!

数ヶ月前から、他サイトで小説連載してて、そのためこちらなかなか進められず……でもちゃんと完結します!ので、お待ちくださいませ!

さいごに……コメントうれしかったです。
ありがとうございました!

解除

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