囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ

文字の大きさ
23 / 34
第二部

6. 普通のからだ

しおりを挟む
 その後バージルも仕事へ戻ってしまい、カシュアは一人で簡単な夕食をとった。
 今日はいろいろあったので、自分でもこれ以上の活動は体に障ると判断して、おとなしく休むことにする。

 風呂をすませてベッドにもぐると、脳裏に浮かぶのはエンシオ王子と、彼に寄り添う宮廷医師の姿だった。

(あの医師が王子に懸想してる? なんて無謀なことを)

 ヒースダインは、身分制度を殊更重んじる国のため、王族に思いを寄せただけで罪人と見なされる可能性がある。
 過去に侍従と恋仲になった王子もいたらしいが、国王の耳に入るや否やその侍従は極刑に、件の王子は、年老いた国王が統治する遠方の国の側室にされたと聞く。

(曲がりなりにも王族なら、最終的には行き着く運命だ。ウェストリンだって変わらない)

 現にバージルも、老王の元側室を娶ることになってしまったではないか。

(でも……俺のうぬぼれじゃなければ……殿下は、義務感からだけではなく、俺を受け入れてくれてる)

 でも……仮に相手がカシュアでなかったとしても、バージルは受け入れたはず。それが王族の結婚というものだ。

(しかもエンシオ王子は、毒を仕込まれている。きっともともとは、バージル殿下に差し向ける予定ではなかったはずだ……では、本当はどこの国へ送るつもりだったのだろう?)

 ヒースダインと国境を接する国は、ウェストリンの他に二国、南西にダーマ国、北東にエスカリオ国がある。

 エスカリオ国は、国土こそヒースダインと同じくらいだが、年中通して気候が悪く、不毛の土地が広がる貧しい国だ。
 ヒースダインが史実上、この国に干渉した記録はない。

 一方、南西のダーマは、国土こそヒースダインより狭いが、肥沃な土地と温暖な気候で天然資源も豊かだ。

(ダーマの後宮は大きくて有名だから、エンシオ王子の行き先はそこだったのかもな)

 きっとエンシオ王子は、予定を変更してウェストリンに送りこまれた。もし自国へ戻っても、行き着く先はけっきょくダーマかもしれない。
 そう思うと気の毒だが、カシュアだって彼に同情してるほど、余裕のある立場でもない。

 カシュアだって、役立たずの無益な人間ならば……きっと切り捨てられる。

(バージル殿下が、国益を優先しないわけがない。王族として、情に流されるわけにはいかないことは、よくご存じのはず)

 薄く開いたカーテンから、星が瞬く夜空を見つめる。
 ヒースダインの後宮では、夜毎どこかで宴が開かれるため、そこかしこで灯りがこうこうと照らされていて、あまり綺麗に星が見えなかった。

 ――北の塔に入って、一番心を揺さぶられたのは、星が綺麗なことだった。

「カシュア……まだ起きていたのか」
「バージル殿下」

 バージルは、すでに寝巻き姿だった。
 ここ最近にしては、早い就寝と言える……彼は颯爽とした足取りでベッドまでやってくると、半身を起こすカシュアの隣にもぐりこんだ。

 触れた肩から、ぼんやりと痺れたような、独特の違和感をわずかに覚える……この感覚は知っている。カシュアは眉をひそめたを

「……また薬を飲みましたね」
「少しだけ頭痛がしたから。あなたをわずらわせたくなくて」

 近ごろバージルは鎮痛剤に頼りすぎだ。
 それはカシュアに痛覚を感じて欲しくないのが理由らしいが、ほんの少しの痛みならばカシュアは気にしない。
 そう伝えても、彼はかたくなに薬を服用し続けている。

「そのうち薬が効かなくなりますよ」
「……なんだって?」

 バージルはむくりと身を起こすと、カシュアをジッと見つめた。
 部屋の明かりを落としているため、暗さに目が慣れても顔色まではわからない。
 だがカシュアの目には、バージルの顔が青ざめているように感じた。

「それは本当か」
「そう医師に聞いたことがあります」

 バージルは少し視線を落とした。

「それは、困る」
「ええ。バージル殿下には、本当の意味で健康でいて欲しいです。鎮痛剤はあくまで対処療法でしかありません」

 バージルは両手を伸ばすと、カシュアをギュッと抱きしめた。

「あなたはいつも正しいな」
「そんなことありません。間違ったり失敗ばかりしてます。先ほどだって勝手にエンシオ王子に面会して、殿下にご心配を掛けてしまいました」
「あれはピアースが悪い。陛下の命令だろうと、私に対して事前にひと言断りを入れることができたはずだ」

 カシュアは苦笑を漏らす。もし事前に断りを入れたら、自分も同行すると言い張りそうだ。
 あの場に同席されたら、もしかすると王子との握手を阻まれた可能性がある。なんせバージルは、カシュアから全ての痛みや苦しみを遠ざけることに、全力を注いでいるようだから。

(全部なんて無理なのに)

 生きていて、痛みや苦しみから逃れられるわけがない。
 究極には、誰とも触れ合わずに過ごすことだが、北の塔に四年隔離されていたとき、肉体的には痛みや苦しみとは無縁だったが、心の中はひどく苦しかった。

 そんなこと誰にも話したことない。
 話せる相手もいなかったから。

「殿下……俺は殿下のお体が心配で、ときどき苦しくなります。殿下の健康が損なわれると胸が痛むのです」
「……そうか」

 バージルはカシュアを抱きしめたまま、シーツに身を沈めた。

「少し、疲れた。昔の悪い癖で、仕事を詰め込みすぎたようだ」
「急ぎの仕事があったのですか」
「私が急ぎたかっただけだ。あなたの体に関することなら、わずかな時間も惜しくて」

 バージルの説明によると、件の宮廷医師の素性について、すでに調べ上げたらしい。
 驚いたことに、かつてカシュアの担当医のひとりの息子だそうで、また出身はエンシオ王子の母親の母国だそうだ。

「あの宮廷医師が、例の王子に肩入れする理由のひとつだろう」
「エリーゼ様は、ヒースダインでも三本の指に入るアバネシー伯爵家の出身だったはずですが……」
「養女らしい。本当は、隣国ダーマの、ある没落貴族の出身だった。後宮に送りこむため、利用されたのだろう」

 ヒースダインの後宮では、ここ十年ほど、幼い王子や王女を被験者として毒を仕込ませる行為が密かに行われていたそうだ。
 半数以上は途中で命を落としたが、数名は耐え抜いたらしい。
 その貴重な『成功例』も、先日再燃した例の流行病によって、半数以上が命を落としたらしい。

「奴らはどうにかして、あなたを取り戻したいようだ。蠱毒にも耐え抜き、さらに流行り病をも乗り越えたと『誤解』している」

 バージルの手が、カシュアの伸びてきた灰色の髪をやさしく撫でた。

「あなたは普通の人間なのに」
「どうでしょう。普通ですか? 痛みを感じないのに?」
「それは天から授かった才能ギフトだ。それ以外ほかの人間となんら変わらない。現にあなたの体は……いや、あなたはまだ回復中だ。いずれ完治する」

 たしかにカシュアは痛みを感じないだけで、体はそれなりのダメージを受けていた。
 流行病にかかってなくても、毒で体が弱っているから、北の塔にいる間に命を落としてても不思議ではなかった。

「奴らの狙いは、あなたの血液だ。それで血清をつくり、第二、第三の蠱毒の『成功例』に与えるつもりらしい」

 ならばいっそのこと、自分の血液だけ送りつければいい……カシュアは一瞬頭に浮かんだその考えを、口に出す前に否定した。
 おそろしい毒に侵された血液は危険で、誰かの命を奪うかもしれない。

 カシュアは背中に回された、あたたかい腕に後ろめたさを感じた。
 本当にバージルのことを思うなら、拒絶すべきなのに、どうしてもできないでいる。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付く。処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚び売ったり、どうにか能力を駆使したりして生きてたら、色々な人に構われる話。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。 美形×平凡。 乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。 崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。 転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。 そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。 え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む

木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。 その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。 燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。 眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。 それが妹の名だと知っても、離れられなかった。 「殿下が幸せなら、それでいい」 そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。 赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎月影 / 木風 雪乃

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

俺の好きな人は誰にでも優しい。

u
BL
「好きなタイプは?」と聞かれて世界で一番多く答えられているのは間違いなく「優しい人」だろう。 相手の優しいところに惹かれ、気づいた時には引き返せないところまで恋に落ちている。 でも次第に気付くのだ。誰だってみんな「優しい人」ではなく「"自分だけに"優しい人」が好きなのだと。 ロランは、"誰にでも優しい男"、フィリオンに恋をしてしまい、地獄のような日々に身を焼かれていた。 そんなとある日「この恋、捨てたいな…」と溢したら「それ、捨てようとすんの、やめてくんね?オレ、あんたがアイツを見る視線に興奮すっからさ」と遊び人で有名な男、ヒューゴに言われる。 彼は、自分を好きな人間には興味がなく、別の誰かに恋い焦がれている人間の目が好きな変態らしい。 そんな身勝手な遊び人とちょくちょく話すようになってからというもの、フィリオンの様子はどんどんおかしくなっていく。 恋を捨てたい男と、恋を捨てるなと言う男と、優しさが狂い始めていく男の話。 ※作者の意思ではなくキャラの意思で結末が決まります。ご要望は受け付けられませんのでどちらとくっついても美味しいと思う方のみお読みください。 ※中世ヨーロッパ風学園ものです。 ※短編予定でしたが10万文字以内におさまらないので長編タグへと変更します。 ※完結までノンストップで毎日2話ずつ更新。

処理中です...