囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ

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第二部

10. カシュアの頼み

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 翌朝、カシュアは朝食を断って部屋にこもった。
 昨夜バージルが部屋を出ていったあと、一晩中眠れなかった。落ち込んだ気分のまま迎えた朝は、ベッドから起き上がることすらおっくうだった。
 今は一人でいたい……誰とも会いたくなかった。

 それでも最低限の護衛と侍女は部屋にいて、カシュアを静かに見守っていた。
 そしてもうひとり、コニーもそばにいた。

「食欲が無いのでしたら、せめて水分だけでもお取りください」
「……分かった」

 注いでもらったグラスの水を、一気に飲み干す。喉は疲労と不安でカラカラだった。

(やっぱりこういうとき、自分の体調が分からないのは不便だな)

 バージルの望むことには、できるかぎり応えたい。まさか望まれるとは思わなかった夜の務めも、精神的にはそれほど抵抗感もない。

 だがバージルは、カシュアの反応を見て、思うように進められないようだ。

(しかたないだろ、はじめてなんだから……)

 カシュアの反応に惑わされず、少し強引でも進めてもらわないと。

 でも一番の問題は、カシュアに心からこの行為を望んで欲しい、と求める点だ。

(無理だ……そんなこと、心が追いつかない)

 それにカシュアの体の毒は、本当にバージルに影響しないのか、不安でもある。
 体を繋げる行為は、一番濃い体液を共有することになる。おそらくカシュアの体内で、一番毒性が強いものになる。キスでの接触よりもずっと、危険性が高い。

(そういえば、あの宮廷医師はどうなのかな……)

 宮廷医師は、例の毒に侵されていた。
 エンシオ王子の代わりに毒を飲んだ可能性もあるが、もしかすると彼と触れ合ったせいで、体内に毒が入ったのかもしれない。

(そのあたりを、詳しく聞いてみたい)

 だがバージルに断りなく、彼らに会うのは難しいだろう。
 ただ感情論で頼んでも、納得しないのは目に見えている。ならば彼にとって、有益になるような理由付けが必要だ。

(有益……たとえば、夜のつとめの参考にしたい、とか?)

 恥ずかしいが、これは効果がありそうだ。
 あの二人が恋仲で、体を繋げているのならば、どの程度の毒の影響があるのか参考になる。それならきっと、承諾してくれるような気がした。



 その夜。さっそくカシュアは、夕食の席でバージルに切り出した。

「……というわけで、宮廷医師に直接聞いてみたいのです」

 バージルは最初あっけにとられていたようだが、すぐに真剣な表情になってカトラリーをテーブルに置いた。

「あなたが望むならば、それも悪くない話だ」

 カシュアは心の中で、やった、と交渉の成功によろこぶ。しかし同時に、あの毒に苦しめられている人間がいる事実に、気持ちが沈んでいく。
 もし二人に体の関係があり、その影響で宮廷医師が毒に侵されたとしたら……バージルは、カシュアを抱けない。そうなったらカシュア以外の、誰か他の人を……。

「あなたは何かに気を取られると、食事がおろそかになるな」
「あっ……」

 テーブルを見ると、バージルはすでにメインディッシュを平らげているのに、カシュアはほとんど手つかずのままだ。
 今日の料理は、牛のテールを煮込んだもので、カシュアにも食べやすい料理だ。スプーンでも切り分けられるほどクタクタにやわらかく、しみこんだワインと玉ねぎを煮詰めたソースがからんで、舌の上でとろけるほどおいしい。

「ゆっくり食べるといい」
「はい、失礼しました……」

 カシュアはゆっくりと料理を口にはこんだ。口の中で広がるソースのうまみが、やわらかな肉とからみあって、のど越しもすばらしい。

(今あれこれ憶測で考えても、意味がない。ちゃんと話してみてから考えよう)

 黙々と食べていると、今度は小さな笑い声がした。

「あなたは……実に可愛らしいな。そんなにうまそうに食べていると、なんでも与えたくなる」

 これ以上、料理を追加されたら食べきれない。カシュアは口の中をいっぱいにしたまま、あわてて首を横に振った。

「のどにつまらせないよう、気をつけてくれ。あとはデザートだが、無理しない程度に楽しんで欲しい」
「お気遣いありがとうございます」

 カシュアは、まだテーブルマナーに自信がないので、ここがダイニングホールではなく、私室でよかったと心から思う。
 バージルには、そのうち兄弟も含めて夕食の席をもうけたい、と言われているが、その前にきちんとしたマナーを習得したい。

「お待たせしました、デザートでございます」

 出されたのは、ベリーのソースがふんだんにかけられた、真っ白いムースだった。
 おいしそうな上、簡単に食べられそうで助かる。小さいスプーンですくって、ひと口食べてみると、甘酸っぱいさわやかな味が、舌の上でとろけていった。

「おいしいですね」
「あなたが気に入ったのならば、料理長に伝えておこう。きっとよろこぶ」

 バージルはそういって、うれしそうに微笑む。カシュアがたくさん食べると、体が回復している証拠だと思っているらしい。
 カシュアは気恥ずかしくなって、ベリーのソースをスプーンで集めながらうつむいた。

「それで……さっき、あなたが話していた夜のことだが」

 デザートを終えて、食後のお茶を出されると、メイドたちは部屋を出ていった。部屋には二人きりになって、改めてカシュアは緊張しながら、カップを両手で包むように持った。

「私を受け入れてもらうためには、やはりしっかりした準備が必要だ」
「準備、ですか?」
「ああ。受け入れるあなたのほうが負担が大きい。かなりの痛みをともなうと聞く」

 カシュアは首をかしげた。痛みなら問題ないはずだ……そもそもカシュアは、痛みなど感じないのだから。

「あなたは痛みについて、感じないから問題ないと思っているかもしれないが、痛みは体の危険信号でもある。それだけ体の負担が大きいという意味だから、痛みを感じないからこそ、慎重に解していく必要がある」
「ほぐす?」
「あなたの後ろを、だ」

 とんでもないことを聞いて、カシュアは顔が熱くなった。

「い、いったい、どうすればいいのでしょう? なにか指南書でもあれば、勉強しますが……」
「本などに頼ってはだめだ。私が実地で教える。教えるというよりも、私があなたの後ろを解す」

 バージルは席を立つと、ぼうぜんと座っているカシュアの腕を取って、立ち上がらせた。そして抱き込むようにして、寝室へと誘う。

「あ、あの……まさか、今から解すのですか?」
「あなたの体調に問題なければ。昨夜は、性急に進めすぎたから、あなたを不安にさせた。だが安心してほしい。今度はしっかり解れるまで、無理に進めたりしない」

 バージルは寝室に入ると、ゆっくりとカシュアをベッドに押し倒した。
 暗い照明が落ちたシーツの波に、白い肢体が投げ出される。覆いかぶさる影がカシュアを見下ろしながら、うっとりするような甘い微笑を浮かべた。

「今度こそ、やさしくする……」

 吐息が近づいて、唇がしっとりと重ねられた。そのまましばらく擦り合わせていたが、やがて熱い舌が口内に挿し入れられた。歯列をなぞって、頬の裏を撫であげてから、のどの奥に縮こまっているカシュアの舌にからみつく。
(うっ……甘い)
 さっきのベリーの香りと、舌から染み出るような甘さに、口の中が溶けていきそうだ。技巧に長けた甘いキスに夢中になっていたら、大きな手がすべるように、カシュアの寝巻ズボンの内側に侵入してきた。
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