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第二部
12. 過去の片鱗
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その後、エンシオ王子と宮廷医師は、バージルとの取引に応じて、ウェストリンにとどまることになった。
二人は身分と名前を捨てて、それぞれマリオンとリカルドとして、新しい人生をはじめた。
マリオンは被験者として、ガイヤ医師の解毒剤開発に協力している。
もともと医学に興味を持っていたらしく、さいきんは助手として働き出した。真面目で控えめで、なにより一所懸命なところが、ガイヤに気に入られたようだ。医局室にもすっかり馴染んで、周りからも可愛がられている。
一方リカルドは、意外にも本人たっての希望で、ピアース執務補佐官付きの使用人として働きはじめた。
ピアースのそばにいたい理由は、なんでも彼に監視『してもらえる』から、という。あやしい行動を取れば、すぐに地下牢行きになることも了承済みだ。
二人が新しい生活に慣れてきたころ。
エドワードは、ウェストリン国王として、正式な書簡をヒースダインに送った。
そこには、エンシオ王子は病死し、付人だった宮廷医師は後を追った、という内容が綴られていた。
ヒースダインからは、今のところなにも反応がない。
あきらめたのか、予想どおりの展開だと納得したのか。いずれにしても、この件はあとから再燃するかもしれないから、引き続き彼らの動きを注視するしかない。
「ま、なにかあれば、そのときに考えればいいさ。今はガイヤのためにも、利用するだけすればいい」
エドワードは笑いながら、さらにつけ加える。
「不要になったら、処分すればいいだけの話だ。あとは二人の努力しだいかな」
ある晴れた日の午後。
バージルは、執務室にやってきたピアース執務補佐報告に、耳を傾けていた。
「……あの二人を、北の塔に住まわせるだと?」
「ええ。あの場所は、もとは貴族の罪人を幽閉するために使われてましたから、それほどひどい造りではないはず。それに以前、妃殿下がお住まいになられていたので、少し整えるだけで有効活用できるかと」
ピアースの説明に、バージルは少しばかり複雑な気持ちになった。
北の塔は、かつて最愛の妃が住んでいた場所だ。そこに、訳ありの男二人を住まわせるなんて。
たとえ家具を変えても、建物自体の構造は一緒だ。つまり、彼との思い出を一部、共有することにならないか。
「……いや、北の塔は駄目だ。代わりに南の塔を使うといい」
「南の塔ですか? あそこはたしか、前国王の『ガラクタ』置き場でしたが……まだ手付かずなままです」
ピアースが渋面を浮かべる。南の塔は、前国王がかきあつめた悪趣味な美術品コレクションの仮置き場でもあり、墓場でもあった。
「売れるものは売って、それ以外はすべて処分だ」
「しかたありませんね……これを機に片付けましょう」
きっと手をつけるのが面倒で、後回しにしていたのだろう。
「ところでバージル様。北の塔はいかがされます?」
「……壊してしまえ、と言いたいところだが」
金がかかる。
塔の解体料なんて、今のウェストリンの財政状態では、とても捻出できそうにない。
「中の家具だけ、片付けておきましょうか」
「そうだな……」
カシュアは、北の塔にすべてを置いてきたと言っていた。もしかすると、彼が大事にしていた物が、残ってるかもしれない。
(なんて言っても、四年も住んでいたのだからな)
バージルは、あらためてその年月の重みを苦々しく思った。
北の塔にひとりきりで、どんなふうに日々を過ごしていたのだろう。きっと不自由なことも、たくさんあったに違いない。
彼が困っているとき、助けてあげられなかった。
苦しいときも、つらいときも、慰めることができなかった。
――孤独を噛みしめていても、そばにいることすら、できなかった。
「片付ける前に、一応どのような状態か中を確認しておく」
「バージル殿下!? このあと会議が……」
一度考えはじめたら、いても立ってもいられなくなった。
バージルは執務室を出ると、足早に北の塔へと向かった。
その場所は、とても寒々しかった。
夏の盛りを迎えて、ウェストリンでも連日とても暑いのに、ここはまるで秋の終わりのような室温だった。
「空調なんて、気の利いたものなどありませんね」
「なにかの魔法でも、かかっているのか?」
バージルの後ろで、ピアースの咳払いがした。つまらない冗談は、聞かなかったことにしたらしい。
「この壁に貼られた石は、高山で採れる類のものです。室内の寒さは、これが原因かと。夏場は過ごしやすいかもしれませんが、冬はかなりこたえそうですね」
もしかすると、冬には命がつきるだろうと、わざとここに置いたのかもしれない。
バージルは、生きながらえてくれた彼に対して、あらためて感謝した。
部屋の隅に置かれたベッドは、まるで棺のような箱型で、側面には豪華な金のレリーフが刻まれていた。しかし金箔は剥げかけ、側面の塗装は色あせていた。
中に詰めこまれたクッションや毛布は、まるで先ほどまで使ってたかのように、粗雑に丸まっている。
バージルは震える手を伸ばし、そっと毛布をめくった。すると血痕のような黒いシミが点々と散る、古びたマットレスが現れた。
(こんな所で、眠ってたのか……)
不覚にも涙が出そうになった。
なにが起こっても動じず、己の身に降りかかる火の粉を冷静に払い落とし、連日の激務も淡々とこなし、身体的にも精神的にも強靭な体と心を持っていると自負していた。
そんな自分が、愛しい者の悲惨な過去の片鱗を目の当たりにしただけで、こんなにも動揺するなんて……。
「それが普通ですよ」
バージルの隣で、ピアースがポツリとつぶやいた。
「予想以上に、ひどい有様ですね。すべて処分してしまいましょう」
「ああ……こんな過去は不要だ。思い出す価値もない」
棺のベッドの周りには、読みかけの本が一冊置かれていた。ページの間に、しおりがはさまっている。
「……これは」
それは本ではなく、日記だった。
ページの冒頭には、四年前の日付が記されていた。
「これは貴重な記録ですね。妃殿下の、過去の容体が確認できれば、ガイヤが解毒剤を作る上でも参考になるでしょう。エンシオ王子……マリオンの体調と比較して、毒がもたらす影響を確認できれば」
「ピアース」
バージルの硬い声に、執務補佐官は言葉を切った。
室内に、重苦しい沈黙が落ちる。
やがてバージルが、ゆっくりと口を開いた。
「まずは、彼に確認してからだ」
二人は身分と名前を捨てて、それぞれマリオンとリカルドとして、新しい人生をはじめた。
マリオンは被験者として、ガイヤ医師の解毒剤開発に協力している。
もともと医学に興味を持っていたらしく、さいきんは助手として働き出した。真面目で控えめで、なにより一所懸命なところが、ガイヤに気に入られたようだ。医局室にもすっかり馴染んで、周りからも可愛がられている。
一方リカルドは、意外にも本人たっての希望で、ピアース執務補佐官付きの使用人として働きはじめた。
ピアースのそばにいたい理由は、なんでも彼に監視『してもらえる』から、という。あやしい行動を取れば、すぐに地下牢行きになることも了承済みだ。
二人が新しい生活に慣れてきたころ。
エドワードは、ウェストリン国王として、正式な書簡をヒースダインに送った。
そこには、エンシオ王子は病死し、付人だった宮廷医師は後を追った、という内容が綴られていた。
ヒースダインからは、今のところなにも反応がない。
あきらめたのか、予想どおりの展開だと納得したのか。いずれにしても、この件はあとから再燃するかもしれないから、引き続き彼らの動きを注視するしかない。
「ま、なにかあれば、そのときに考えればいいさ。今はガイヤのためにも、利用するだけすればいい」
エドワードは笑いながら、さらにつけ加える。
「不要になったら、処分すればいいだけの話だ。あとは二人の努力しだいかな」
ある晴れた日の午後。
バージルは、執務室にやってきたピアース執務補佐報告に、耳を傾けていた。
「……あの二人を、北の塔に住まわせるだと?」
「ええ。あの場所は、もとは貴族の罪人を幽閉するために使われてましたから、それほどひどい造りではないはず。それに以前、妃殿下がお住まいになられていたので、少し整えるだけで有効活用できるかと」
ピアースの説明に、バージルは少しばかり複雑な気持ちになった。
北の塔は、かつて最愛の妃が住んでいた場所だ。そこに、訳ありの男二人を住まわせるなんて。
たとえ家具を変えても、建物自体の構造は一緒だ。つまり、彼との思い出を一部、共有することにならないか。
「……いや、北の塔は駄目だ。代わりに南の塔を使うといい」
「南の塔ですか? あそこはたしか、前国王の『ガラクタ』置き場でしたが……まだ手付かずなままです」
ピアースが渋面を浮かべる。南の塔は、前国王がかきあつめた悪趣味な美術品コレクションの仮置き場でもあり、墓場でもあった。
「売れるものは売って、それ以外はすべて処分だ」
「しかたありませんね……これを機に片付けましょう」
きっと手をつけるのが面倒で、後回しにしていたのだろう。
「ところでバージル様。北の塔はいかがされます?」
「……壊してしまえ、と言いたいところだが」
金がかかる。
塔の解体料なんて、今のウェストリンの財政状態では、とても捻出できそうにない。
「中の家具だけ、片付けておきましょうか」
「そうだな……」
カシュアは、北の塔にすべてを置いてきたと言っていた。もしかすると、彼が大事にしていた物が、残ってるかもしれない。
(なんて言っても、四年も住んでいたのだからな)
バージルは、あらためてその年月の重みを苦々しく思った。
北の塔にひとりきりで、どんなふうに日々を過ごしていたのだろう。きっと不自由なことも、たくさんあったに違いない。
彼が困っているとき、助けてあげられなかった。
苦しいときも、つらいときも、慰めることができなかった。
――孤独を噛みしめていても、そばにいることすら、できなかった。
「片付ける前に、一応どのような状態か中を確認しておく」
「バージル殿下!? このあと会議が……」
一度考えはじめたら、いても立ってもいられなくなった。
バージルは執務室を出ると、足早に北の塔へと向かった。
その場所は、とても寒々しかった。
夏の盛りを迎えて、ウェストリンでも連日とても暑いのに、ここはまるで秋の終わりのような室温だった。
「空調なんて、気の利いたものなどありませんね」
「なにかの魔法でも、かかっているのか?」
バージルの後ろで、ピアースの咳払いがした。つまらない冗談は、聞かなかったことにしたらしい。
「この壁に貼られた石は、高山で採れる類のものです。室内の寒さは、これが原因かと。夏場は過ごしやすいかもしれませんが、冬はかなりこたえそうですね」
もしかすると、冬には命がつきるだろうと、わざとここに置いたのかもしれない。
バージルは、生きながらえてくれた彼に対して、あらためて感謝した。
部屋の隅に置かれたベッドは、まるで棺のような箱型で、側面には豪華な金のレリーフが刻まれていた。しかし金箔は剥げかけ、側面の塗装は色あせていた。
中に詰めこまれたクッションや毛布は、まるで先ほどまで使ってたかのように、粗雑に丸まっている。
バージルは震える手を伸ばし、そっと毛布をめくった。すると血痕のような黒いシミが点々と散る、古びたマットレスが現れた。
(こんな所で、眠ってたのか……)
不覚にも涙が出そうになった。
なにが起こっても動じず、己の身に降りかかる火の粉を冷静に払い落とし、連日の激務も淡々とこなし、身体的にも精神的にも強靭な体と心を持っていると自負していた。
そんな自分が、愛しい者の悲惨な過去の片鱗を目の当たりにしただけで、こんなにも動揺するなんて……。
「それが普通ですよ」
バージルの隣で、ピアースがポツリとつぶやいた。
「予想以上に、ひどい有様ですね。すべて処分してしまいましょう」
「ああ……こんな過去は不要だ。思い出す価値もない」
棺のベッドの周りには、読みかけの本が一冊置かれていた。ページの間に、しおりがはさまっている。
「……これは」
それは本ではなく、日記だった。
ページの冒頭には、四年前の日付が記されていた。
「これは貴重な記録ですね。妃殿下の、過去の容体が確認できれば、ガイヤが解毒剤を作る上でも参考になるでしょう。エンシオ王子……マリオンの体調と比較して、毒がもたらす影響を確認できれば」
「ピアース」
バージルの硬い声に、執務補佐官は言葉を切った。
室内に、重苦しい沈黙が落ちる。
やがてバージルが、ゆっくりと口を開いた。
「まずは、彼に確認してからだ」
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