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しおりを挟む「――いつから、うちは飲み屋になって、お前は女給になったんだろうねぇ……?」
夕方近くになり、ようやく帰ってきた美羽蘭は、居間で寝ている2人の龍族と長椅子にゆったりと腰掛け、春鈴に酒を注がせている蒼嵐を見つけて、盛大に顔をしかめた。
「あ、ばっちゃお帰りー! この人たち、お支払い全部勾玉でいいってー」
「――それを早くお言い。 春鈴、もっと良い酒を出しておやりな」
コロリと態度を変えた美羽蘭は、ニコニコと愛想を振りまきながら部屋の奥を指示す。
その先には、売り物ではない、両親や兄たちのためにとっておいた酒や食べ物が保管されている棚があった。
「……でももう、おつまみもないし……――あれは母ちゃんたちの……」
春鈴は言葉を濁し、眉をひそめながらながら、あれは売り物にしたくないと言外に訴えた。
「だったらなんだい? 酒が勾玉に化けるなら上等だろうさね!」
春鈴の訴えをその一言で退けた美羽蘭は、上着を脱ぎながらさっさとその棚のほうに足を進めた。
「でも……」
美羽蘭の背中に向かい、春鈴は寂しそうに呟いた。
(今年は上手に出来たってばっちゃが言ったから、みんなにも飲ませてあげたかったのにな……)
「――勾玉が手に入ったら、上等な火酒やライチ酒でも用意してやればいい……だろう?」
「火酒にライチ酒……」
美羽蘭が出したそれらの酒は、春鈴の両親が好んでいる酒で、たまの贅沢品と大切に大切に飲んでいるものだった。
「勝峰には、はちみつでも買ってやろうかね?」
「ふふっ 兄ちゃんは、ばっちゃが作るクルミ飴か月餅のほうが喜ぶと思う」
春鈴は下戸で甘党の兄の好物を思いながら口元をほころばせる。
「……では、たんと作ってやろうかね」
そう言いながら棚をあさり始めた美羽蘭の背中を見つめる春鈴。
しかしそこに先ほどまでの不満の色は無く(――お酒は毎年何種類も作ってるし、3人ともそっちのほうが喜びそう!)と考えを改めていた。
「……酒はもう充分なのだが?」
そんなやり取りを見て、苦笑いを浮かべていた蒼嵐は、長椅子に座りなおしながら美羽蘭に声をかけた。
「――なんだい? うちの酒じゃ酔えなかったかい?」
不満げに鼻を鳴らしながら振り返る美羽蘭。
もう少しで儲けられたであろう分の売り上げを思い、眉間にしわが寄る。
「……甘い酒はそこまで得意ではなくてな」
「そうかい? ……なら次来るまでに老酒か、白酒でも用意しておこうかねぇ?」
希望を口にしたということは、またここを訪れる気持ちがあるはずだと読んだ美羽蘭は、ニコリと愛想のいい笑顔を張り付けた。
「……勾玉で支払うゆえ、お手柔らかに頼む」
その笑顔に不穏ななにかを感じとった蒼嵐は、そちらの望み通り勾玉で支払う用意があると先手を打った。
そんな蒼嵐の言葉を聞き、美羽蘭は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
そして少々攻撃的な視線を居間で寝ている2人の龍族に向けた。
「――まっとうに商売してほしいなら、そこでたぬき寝入りしてる二人をさっさと起こして、さっさと支払いを済ませることだね」
美羽蘭の言葉に春鈴は驚き、目を丸くして二人組を見つめた。
(えっ⁉︎ たぬき寝入りだったの⁉︎)
「――さっさと起きろ。 俺は、お前らを運んで飛ぶつもりなどないぞ?」
「――たまには甘えさせてくれたっていいじゃんかー!」
蒼嵐どころか美羽蘭にまでたぬき寝入りを見透かされた浩宇は、やけくそのようにガパリと勢いよく跳ね起き、駄々をこねるように大声でわめいた。
「――ご婦人は人の気配に聡いと見えるな?」
優炎の方は、たぬき寝入りを見破った美羽蘭をまじまじと見つめながら声をかける。
自分たちは訓練を受けた軍人、相手は先祖返りとはいえ、訓練もしていないであろう人間――まさかこんな短時間で見破られるとは思っていなかった。
この二人は蒼嵐の部下であり、そして護衛でもあった。
そしてこの場所の話を蒼嵐にしたのも自分たちであるという自覚があった。
『蓮花山に人間だが龍族の先祖返りがいて、その先祖がえりは稀布の織り手。 注文すればいくらでも稀布を織ってくれるらしい』
――蒼嵐が急に姿を消したのは、そんな話をしたそのすぐ後だった。
どうしてそんな行動に出たのかは分からないが、そもそもこの人間たちが蒼嵐を害さないとは言い切れない。
――浩宇たちには早急に、春鈴や美羽蘭の本音を、そしてその人間性を把握する必要があったのだ。
……春鈴はともかく、美羽蘭には一目でバレてしまったのだが。
「寝たふり酔ったふりで料金踏み倒すやっかいな客を見分けられなきゃ、市に店なんか出せないさね」
「……なるほど、一理あるな」
呆れたように答える美羽蘭に、優炎は困ったように肩をすくめた。
訓練された軍人ではないだろうが、鍛えられた商人の目ならば、見抜かれても仕方がないか……と納得していた。
「納得したならさっさと妖力込めてお里に帰んな。 今日は店じまいだよ」
そう言って美羽蘭は、いつの間にか手にしていた袋の中から、特大の勾玉を龍族たちにいくつも差し出す。
「――いくらなんでもボリ過ぎでは……?」
浩宇は目の前に出された勾玉の大きさと多さに、ヒクリ……とほほを引きつらせる。
無言のままの優炎も蒼嵐も同じようにほほを引きつらせていた。
「嫁入り前の若い娘に給仕させたんだ。 安い位だろう?」
三人にグイグイと空の勾玉を押し付け、無理やり手渡しながらニヤリと笑う美羽蘭。
「――ちなみにあんまり強く否定すると角が立つと思いまーす……」
嫁入り前の若い娘である春鈴が、控えめに付け加え、反論の言葉を封じる。
「――くぅっ! 払ってやろうじゃねぇかぁ!」
答えに困った浩宇は、ヤケクソ気味に答え、手にした勾玉に力を込め始める。
「まぁ……久しぶりにうまい料理を腹いっぱい食わせてもらったからな……」
優炎もそう同意し、苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「組紐の値段も頼む」
蒼嵐が2本の組紐を美羽蘭に差し出しながら言った。
――のだが、その組紐の見事なグラデーションを見た美羽蘭はスッ……と目を細めて春鈴に鋭い視線を向けた。
「これは――ずいぶんと……?」
「き、気に入っていただけました!」
ビクッと震えた明明は居ずまいを正して、大きな声で答える。
「ああ。そうだな、他には無い色合いで気にいっている。 ――付いている守りも申し分ない」
そう答えた蒼嵐の目をジッと見つめ、本心であると確信したのか、はぁ……と一つため息をついて言葉を続けた。
「……客が満足しているなら、うるさく言うことはないがね……」
祖母の言葉にホッと胸をなでおろす春鈴。
しかし、美羽蘭はそんな孫をキッと睨みつけると、
「――布でやるんじゃないよっ!」
と、しっかりと大きな釘を刺したのだった。
「はいっ!」
ピシリッと、姿勢を正して返事をする春鈴の姿に、悪いとは思いながらもクスクスと忍び笑いを漏らす龍族たち。
美羽蘭はそんな三人組に向かってニコリと綺麗な微笑みを浮かべると、再び声をかけた。
「まだ力が余ってるならもう2、3個入れてくかい?」
「いや、ガメツ過ぎだろ……」
「それだけ飲んだんだ。今から帰って仕事――ってこともあるまい? ケチケチしなさんな」
「思ってた以上にたくましいな……」
浩宇に詰め寄る美羽蘭に、ポロリと本音を漏らす蒼嵐。
「これで明日のご飯が豪華になるね!」
「お前に新しい紅でも買ってやろうかね」
「本当⁉︎ やったー!」
春鈴は嬉しそう祖母に抱きつき、キラキラと瞳を輝かせて三人を見つめる。
「みんなありがとう!」
その笑顔は、紅が買ってもらえることを微塵も疑っていない、曇りなき眼だった――
「……つまり、紅のためにも入れていけと言うことか……」
「そりゃ孫だもんなー? 似るよなー……」
「……またあの肉パオズが食べたいしな」
3人の龍族は肩をすくめ合い、ぼやき合うと追加された勾玉に大人しく力を込めていくのだった。
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