【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

文字の大きさ
12 / 55

12

しおりを挟む


 ――宣言通り、その日から蒼嵐は毎日のように蓮歌山にやってくるようになっていた。
 最初の頃は初めて交流する龍族に慣れず、少々距離感をつかみあぐねていた春鈴だったが、日々のほとんどを家の長椅子でゴロゴロと過ごし、フェイロンたちと菓子の取り合いを繰り広げては、祖母にいいように力仕事等を頼まれ、しぶしぶ引き受ける――そんな飾るところも偉ぶるところも全くない蒼嵐に、すぐに慣れ、もうすでに蒼嵐が同じ部屋でなにをしていようと、どれだけ自分を眺めていようとも欠片も緊張しなくなっていた。
 
「あ、蒼嵐いらっしゃーい。 浩宇さん達には言ってきたー?」
 庭先で作業をしていた春鈴は、バサリと降り立った蒼嵐に気が付き、お決まりとなっている質問を投げかける
「……出てくると書き置きしてきた」
「んー……なら、来るのはお昼前、かなー?」
 春鈴は今までの経験から浩宇たちの到着する時間を予測し、頭の中で3人用の昼食の献立を組み立てていく。
「――俺の事などほっておけばいいものを……」
 そう呟きながら蒼嵐はギュッと眉間にしわを寄せる。
 好き勝手に動き回れないことに、決して少なくはないストレスを感じているようだった。
「……でも蒼嵐って勝手に里の外に出ちゃいけない、ちょっと偉い人なんでしょ?」
 面白くなさそうに顔をしかめる蒼嵐に、春鈴は少しだけ浩宇たちが気の毒になり、諭すように言った。
「――浩宇が言ったのか?」
 ピクリと指先を跳ね上げた蒼嵐は、さりげなさを装いながら誰がどこまで事情を口にしたのかを探る。
「えー? ばっちゃが多分そうなんだろうって……違ったー?」
 春鈴は保存庫から持ち出した梨や林檎を即席の棚に並べながら肩越しに答える。
 そんなのんきな春鈴に、蒼嵐は安堵のため息を漏らすと、再び顔にしわを作りながら口を開いた。
「……あの2人が心配症なだけだ。 王族でもあるまいし、里の出入りに許可が必要な龍族などそうはおらん」
「へー、違うんだー」
 作業を続けながらおざなりに答える。
 その興味のなさに少しだけ不満を持った蒼嵐だったが、それ以上にその雑さやこの距離感に心地よさを感じていた。
 
 ――王族でもあるまいし、里の出入りに許可が必要な龍族などそうはおらん。
 この言葉に間違いはなかった。 そして蒼嵐もその括りにはいる龍族ではなかった。
 ……無かったのだが、護衛である2人を里に置いて外に出ることが良しとされるほど、蒼嵐の身分は低くは無かった。
 
「……これはなにをしているんだ?」
 蒼嵐は春鈴が並べている梨やその足元の木箱に詰められた林檎たちを交互に見つめながら首をかしげる。
「これ? 氷梨や氷林檎の準備? ……準備って言ってもこのまま凍らせておわりなんだけどねー」
「――氷梨はもっと黒いし、氷林檎はもっと白いものだろう?」
 
 氷梨とは、冬の間、雪や風に当て凍らせた梨のことだ。
 凍らせてしまうことで、食べごろとされる状態のときには梨が変色し、真っ黒になる。
 林檎にも同様のことが起きるのだが、こちらは真っ白になるものだった。
 その味は、梨、林檎ともに格段に糖度が増し、組織が崩れた果肉はシャーベットのようにトロトロに変わる。
 そして庭で凍らせるため、保存食としても適しているこれらの食べ物は、この辺りのポピュラーな冬の甘味だった。
 
「それは出来上がりの色でしょ? 凍る前は普通の色だよ……見たことない?」
「……出来上がる過程は見たことがなかったな」
 春鈴の指摘に驚いたように目を見開いた蒼嵐は、興味深そうに目の前に並ぶ梨たちをしげしげと見つめた。
「……手伝っても構わないか?」
 その言葉に春鈴は少し考えてから口を開く。
「これが終わったら、たくさん貰った苔桃こけももの処理もしようと思ったんだけど……それも手伝ってくれる?」
「……なにをする?」
「え、お酒にしたり、乾燥させたり……あ、砂糖漬けも作ろうかな?」
「それは……」
 春鈴の言葉に、蒼嵐は答えにくそうに言葉を詰まらせた。
「……あ、蒼嵐は力仕事担当だよ? ビン運んだり、苔桃運んだりしてほしいの」
「――ならば出来そうだ」
 その説明にようやく胸を張って、自信満々に答える蒼嵐。
(え、今の作業が不安になるほど不器用ですか……? ――まぁ、本人が苦手だっていうなら、やらなくったっていいけどー)
「ん。 じゃあ、お昼ご飯は無料ね」
 春鈴はそう答えながら、手を挙げる動作をして、梨などが入っている木箱を持ち上げてほしいと蒼嵐に訴えた。
 いちいちしゃがまなくて良くなった春鈴は、先ほどよりも速いスピードで鼻歌交じりに並べていく。
 そんなご機嫌な様子の春鈴に、クスリ……と、笑顔を作った蒼嵐は、心地よさそうに胸いっぱいに山の冷たい空気を吸い込むのだった――
 
 梨や林檎を並べ終えた二人は場所を土間に移し、大きなたらいで苔桃を洗い始めていた。
 そして苔桃を手に作業を始めた春鈴に、どうにか群がろうとするフェイロンたちから苔桃を守りぬくーーそれが蒼嵐が請け負った仕事だった。
「――これはお前たちの餌ではない」
 ギューギューと不満げに鳴きながら、蒼嵐を掻い潜ろうとするフェイロンたち。
 しかし、その素早い動きやその力強さをもってしても、蒼嵐にはいともたやすく阻止されてしまう。
 騒がしく鳴き続けるフェイロンたちの声を背中に聞きながら、手慣れた動作で苔桃を洗っていく春鈴。
 傷んだものを見つけ、こっそりと口に入れると背後の鳴き声がひときわ大きくなる――が、やはり簡単に蒼嵐にいなされていた。
 そんなフェイロンたちからの抗議の声が、耳をふさぎたくなるほどうるさくなってきた頃、全ての苔桃を洗い終わった春鈴は、苦笑いをうかべながら、やれやれ……と立ち上がった。
 そして、苔桃を一つずつフェイロンたちの口に放り込み、そしてついでとばかりに蒼嵐の口にも押し込んだ。
 驚いて目を丸くする蒼嵐の様子に、イタズラ成功! とばかりにケラケラと楽しそうな笑い声をあげる春鈴。
 ーーそれはここ数日で、よく見られるようになった光景だった。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...