【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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 ――そんなことがあった数日後。
 意外なことに、春鈴たちの家には菫家からの正式な契約書が届いていた。
 そこには春鈴が魅音に同行するのであれば借金を帳消しにすること、それに伴い借金のかたに差し押さえていた蓮歌山も返却する用意があるという旨が書かれていた。
 ――しかし春鈴や美羽蘭は気が付かなかったが、サインや押し印が掠れていたり、所々文字が滲んでいたりしていて、正式な書類として成立するのか疑問の残る出来のものだった……
 
「――どうしても嫌なら、いかんでも構わんて」
 届けられた契約書を手に、美羽蘭は困ったように眉を下げながら春鈴に声をかける。
「行くよ。 だって好きな布を好きに織りたいもん! それに山は取り返さなきゃでしょ? 住むとこなくなっちゃうかも!」
「……辛くなったら、すぐにでも帰ってきたらいい」
 言いづらそうに言葉を紡ぐ美羽蘭。
 
 美羽蘭は春鈴が魅音を嫌い――そして恐れていることを知っていた。
 いくら煩わしい借金が帳消しになるといえ、孫にだけ我慢を強いなくてはいけないこの現状を心苦しく感じていたのだった。
 
「ええー? だめだよぉー。 私ちゃんと頑張っれるし!」
 祖母の心苦しさをちゃんと理解していた春鈴は、自分の気持ちを押し殺して微笑んで見せた。
 
 春鈴とて魅音の侍女など願い下げだったが、借金の帳消し――引いては苦手な均一な色の機織りをもうやらなくていいとなれば、話は別だった。
 そして借金を無くし、今住んでいる山を取り返し、自分たちの家を守るーー
 ほんの少しの間我慢していれば、それら全てが叶う……
 ならば春鈴に拒否などなかった。
 
「――契約書の内容には“同行するのであれば”とある。一緒に行ったならもう契約完了さね」
「……いや、そういうことじゃないような?」
(本当にすぐ帰って来たら、確実に裁判になるよそれ……? 間違いなくめんどくさいやーつ……)
「ふんっ いくら山を取り返すためとはいえ、可愛い孫をおとなしく差し出すような真似できるかいね」
 そういってムッと唇をすぼめて見せる美羽蘭。
 肝心な時に孫頼みにならなくてはいけない自分が情けなかった。
「ばっちゃ……」
「それにあの家には散々煮え湯を飲まされて来たんだ……そのくらいの意趣返しは当然さね。 侍女が一人いなくなる程度の嫌がらせで済ませてやるんだ、感謝して欲しい位さね」
(……あれ? まさか、目的は復讐のほうだったり……? ――違うよね? ちゃんと私を思ってのことだよね……?)
「……だから、そうなっちまったら安心して帰っておいで」
 美羽蘭は優しい眼差しを春鈴に向けてやわらかく微笑んだ。
「――ちゃんと最後までやり切ったら……ご褒美くれる?」
 春鈴は目をギラリと輝かせて美羽蘭との交渉に挑んだ。
「……なにが欲しい?」
「稀布! ばっちゃが織ったやつ!」
「――二反送ってやろう」
 優しい笑顔を浮かべながら胸を張る美羽蘭。
 確実に嫌な思いをして帰ってくるであろう孫に、少しでも多くの笑顔を送りたかった。
「本当⁉︎ あ、冬用の外套が欲しい! 保温性のふかふかのやつ!」
「稀布で外套を作る気かい? ……豪勢な子だねぇ……」
「いいじゃーん」
 春鈴は頬を膨らませ、わざと子供っぽい仕草で甘えるように祖母の顔を覗き込む。
「はいはい……分かったからシャンとおし!」
「えへへー。 やったぁー」
 美羽蘭はニコニコと上機嫌な春鈴の頭を撫でながら、少し悲しそうに微笑んで口を開く。
「……稀布なんていくらでも織ってやるから、無理はしないで、元気に帰っておいでね?」
「――大丈夫だってばー! 里には蒼嵐もいるだろうし。 それに私、龍族に受ける料理、たくさん作れるもん!」
(パオズだ……とりあえず、でかいパオズを食わせれば文句は出ないはず!)
「そうかい……じゃあこの婆からも、よーく頼んでおこうかね」
 美羽蘭はそう言うと、まぶしそうな眼差しを春蘭に向ける。
 そして、孫のことを蒼嵐たちによくよく頼むことを強く決意したのだった。
 
 こうして明明が龍の里へ同行することが決まったーー
 
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