【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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 ――庭も畑も一面が銀世界に色付いたある日のこと。
 夕飯を食べ終えた春鈴たちのところに、少し前に美羽蘭にからかわれた少々ガラの悪い男が再び菫家の使いとしてやって来ていた。
 
「――え、龍の里に行け……?」
「そうだ」
「……ただの人間が里で暮らせるとは思えないがねぇ?」
 美羽蘭はそう言いながら呆れたように首を傾げる。
(そりゃあねー……それが出来るなら、うちの父ちゃんたちだって、ずっとここで暮らせるわけだし……)
 春鈴は祖母の言葉を聞き、心の中で大きく頷きながら男を見つめ返した。
 しかし、その男はそんな春鈴たちの態度を鼻で笑うとバカにしたように顔を歪ませる。
「はっ! 魅音様は由緒正しき菫家の姫君だぞ? しかも国で一番の歌い手だ!
龍王陛下を癒すために是非にと慰問を求められたほどのお方と、その辺の人間と同じにすんじゃねぇ!」
(――確かに龍族は素晴らしい芸事も好んでるって話だけど、龍王様って病気なんでしょ……? そんな人が歌とか聞きたがる……? ――そもそも、お前が一緒にすんなって言った、その辺の人間に含まれてる、うちの母ちゃんと兄ちゃんは龍の血を引いてるけど? 引いた上で無理なんだけど??)
 そう思いながらも、春鈴は祖母に顔を近づけ、そっとささやいた。
「……もしかして歌い手って先祖返り並みの妖力があったり?」
「――里で暮らせると言うなら、そうなんだろうがねぇ……?」
 美羽蘭は肩をすくめて小さく鼻を鳴らしながら答えた。
 その言葉とは裏腹に、美羽蘭の態度は本気で言っているとは到底思えないものだったが、それを隠し男に話の先をうながした。
 さっさとこの話を切り上げて、目の前の男を家から追い出したいようだった。
「――お優しい魅音様は、お前をそれに同行させてやってもいいと、おっしゃっている」
 勿体ぶるようにニヤリと笑いながら、男は春鈴に言い放った。
「……普通に嫌なんですけど?」
 男に見つめられた春鈴は、キョトンとした表情を浮かべ首をかしげると、すぐさま断りの言葉を口にした。
 まさか断られるとは思ってもいなかった男は、春鈴がなにを言い出したのか理解できず、かすかに首をかしげながら再び口を開く。
「……同行したいのであれば」
「だから行きたくないってば」
 まったく同じことを言い出した男に、春鈴は顔をしかめて再び拒絶の言葉を口にする。
「――同行するようにとのお達しだ!」
「――お断りってできます?」
 何度も同じ事を言って来る男を、めんどくさそうに見つめながら、投げやりな態度で首をかしげる。
 目の前の男の、断られるという可能性を全く考慮していない思考回路が、春鈴には心底理解できなかった。
「魅音様が言っているんだぞ⁉︎」
「私あいつ嫌いだし。 一緒に生活とか絶対イヤ」
 春鈴の言葉にギョッと目を見開き、口をはくはくと動かしながら目を白黒させる男に、美羽蘭は呆れをにじませながらため息をついた。
「……まぁこう言っていることだし、この子はちっとばかり世間知らずでねぇ……連れて行っても足手まといだろうさ」
 困ったように笑いながら美羽蘭が取りなすように言うが、男に引くつもりは無かった。
「一緒に来るようにとお達しなのだ! くっ……報酬を出してもいい!」
 悔しそうに顔を歪ませながら言葉を紡ぎ出す男。
(あ、これ、うちに支払われる報酬ピンハネする気だったやつだ……)
 呆れる春鈴の隣で、美羽蘭の瞳がギラリと怪しく光った。
「報酬、ねぇ……? それでいくら出す? ああ……――金ではなくもの……例えば……そう、この山でもいいが?」
「はあぁっ⁉︎ なんでそんなに支払わなきゃいけねぇんだっ!」
 いきり立ち脅すような態度の男に、美羽蘭は鼻を鳴らして軽くあしらう。
「はっ! この山はもともと李家のもんさね。 それを勝手に押し付けた借金のかただと言って奪っていったのはそっちじゃろうて」
「言いがかりを言うなっ!」
 言いがかりのような要求を突き付けていたのは菫家のほうだったが、入ったばかりのこの男が、そんな真実を知ることは無いようだ。
「――これを連れて行きたければ、山を返して借金は帳消しさね」
 男の態度から、菫家が春鈴の動向を強く望んでいるのだと読んだ美羽蘭は、ここぞとばかりにそれに付け入った。
「おいババァ! 思い上がるなよっ⁉︎」
「――嫌なら孫は蓮歌山からは一歩も出さん。 ――そもそもこれがいなければ毎月の借金返済が滞るでな」
「そっれは……」
「――お前のその軽そうな頭でも、式の代わりぐらい出来るだろう?」
「なんだとっ⁉︎」
「グダグタお言いでないよっ! さっさと帰って本家にお伝えっ! 春鈴を連れて行きたければ山を返しなってね」
(……うちが借金してるのは知ってたけど……え、この山って元々うちのだったの⁉︎)
「っ黙って聞いてりゃいい気になりやがって!」
 額に青筋を立てて、再び腰に下げた剣に手を伸ばす男。
 それを見た美羽蘭は、男を挑発するように鼻を鳴らして春鈴に視線を流した。
「――春鈴、この男がまだ居座るようなら救命用の狼煙をお上げ。 今回は龍族様に助けていただこう」
「ぇ、わ……分かった!」
 美羽蘭に言われ、春鈴は慌てて棚に駆け寄った。
 そしてその奥にしまってあった緊急用の狼煙を持ち出し、近くの窓を大きく開け放った。
「――最近、うちの料理をご贔屓にしてくださる龍族の方々がいてねぇ? ……忙しいだろうに毎朝毎晩見回りまで……ーーまさか知らなかったのかい⁉︎」
 大袈裟な仕草で、男を煽るように話す美羽蘭。
 ついでとばかりに、ここの見張りでもある男を刺激する。
「っく……! バケモノ憑きどもがっ」
 美羽蘭にバカにされた男は、ギリギリと歯をかみしめ、顔を真っ赤にして一気に剣を抜き放った。
「春鈴焚きなっ!」
「はいっ!」
「っ! 覚えておけよっ!」
 興奮している状態でも、龍族は恐ろしいのか、美羽蘭の言葉と春鈴の行動にハッとした男は、そう言い捨てるとたたらを踏むようにあわてて家を出て行った。
 そして家から立ち上る狼煙の煙に一段と顔色を悪くして、一目散に山を下りて行った。
 逃げ去っていく男の背中を見送りつつ、美羽蘭は呆れたように春鈴に話しかける。
「――本気で焚くやつがあるかい……あれはただの脅しさね……」
 そして風の術を使って、空高く上ってゆく煙を拡散していった。
「ええ⁉︎」
(あんな勢いで「焚きなっ!」とか言ったのに⁉︎)
 春鈴は心の中でそう文句を言いながらも、祖母に習って煙を拡散していくのだった。
 
 ――が、結局、龍族に目撃されていて、不審に思った浩宇たちが様子を見に来てしまい、お茶とお茶菓子でもてなすことになったのだった――
「ごめんねぇ?」
「気にすんなって! こう言う時の護衛なんだからさ」
「こうしてうまい菓子にもありつけた。また呼んで欲しいくらいだな」
 春鈴はこの浩宇と優炎の言葉が、優しい気づかいなのだと理解して、くすぐったそうにはにかむのだった。
 
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